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第二話 騎士が騎士であるために、触れられてはならないのに

目を覚ましたとき、彼の手はもう、離れていた。

けれど──あのぬくもりは、まだ私の中に残っていた。


胸の奥、ずっと凍えていた場所。誰にも踏み込まれなかった、過去と後悔の沈殿する場所。

そこが、彼の指先に、ふれてしまった。


怖いくらいに、あたたかかった。


◇ ◇ ◇ ◇


アリシア・ヴァレンティナは剣を握っていた。

だがその手は、微かに震えていた。


森の外れ、見張りの任務から帰還しようとする途中で受けた奇襲。

命を落としかけた自分を助けたのは、名も知らぬ“民間人”──どころか、昨日捨てられた召喚者だった。


(……彼の手に、癒しの力があるなんて……)


だが、ただの回復ではない。

あの瞬間、自分は確かに“泣いた”のだ。

肉体の痛みが和らいだだけではない。心が、ほどけてしまった。


それが、騎士として、何よりも──怖かった。


(私は、副団長……皆の前で、弱みなど見せてはならないのに)


「……ユウト。起きて」


アリシアは焚き火のそばでうずくまっていた青年の肩を軽く叩いた。


「っ……あ、アリシアさん……大丈夫、ですか?」


ぼんやりした目で見上げたユウトは、まるで何も分かっていないように、優しい目をしていた。


(そう、それがいけないのよ……)


純粋すぎる。無垢な優しさが、傷口を探るように深く染み込んでくる。


「さっきの……その、力のこと、なんだけど」


「あ、はい……あれ……自分でもよく分からなくて。ただ、触ったら……勝手に」


「……勝手に、か」


アリシアは腰を下ろした。目を逸らしながら、鎧の留め具に手をかける。


「……?」


「ここ。肩の傷……もう一度、見てくれない?」


カチリ、と金属音がして、アリシアの鎧が肩から滑り落ちる。

露出した肌はすでに傷ひとつなかった。だが──それは彼女が求めていることの、本質ではなかった。


「……うまく、言えないけど。もう一度、あなたに……触れてほしい」


「え……でも、傷はもう──」


「いいから」


その声は強く、そして少しだけ、震えていた。


彼の手が、再び彼女の肩に触れる。


その瞬間──アリシアは、息を飲んだ。


ただの皮膚感覚ではない。内側から、ゆっくりと何かが解けていくような感覚。

心の壁が、崩れていく。


……怖い。


けれど、止まらない。止められない。


「ねえ、ユウト」


「……はい?」


「さっき、私……泣いたでしょ」


「……うん、驚きました。すごく綺麗だった」


「……ああ、もう」


アリシアは顔を背けた。普段なら絶対に見せない、女の表情。


「騎士っていうのはね、感情を表に出しちゃいけないの。

戦場で、仲間を失っても、涙も見せず、凛と立ってなきゃいけない。

命令に背かず、感情に惑わされず、ただ守る。それが、騎士」


「……」


「でも、あなたに触れられると……なんだか、全部が緩むの。

剣も、鎧も、誇りも、役目も──いらないって、思っちゃう」


それは、“壊れる”ということだった。


「……壊れてもいい、なんて、考えたのは……あなたが初めて」


アリシアはその手を、自らの頬にあてがった。

自分で、彼の手を“当て直す”。


「……お願い。もう少しだけ、ここにいて。もう少しだけ、私のこと……必要だって思わせて」


ユウトは、その言葉に戸惑いながら、うなずいた。

そして、そっとその手を包み返す。


たったそれだけのことで、アリシアの目尻から、またひとすじ、涙がこぼれた。


この世界に、癒やしは存在しない。


──けれど、たったひとりだけ、それを与えられる男がいる。


◇ ◇ ◇ ◇


ユウトは知らなかった。

この瞬間、アリシアの心に芽生えた感情が、

“感謝”ではなく、“渇望”だったことを──

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