第十話 君が壊れる前に、私が壊れてしまう
夜。ユウトは、自室の扉をノックする音で目を覚ました。
──コン、コン。
間を置いて、再び。
──コン、コン。
開けると、そこにはリアナがいた。白い寝間着姿。肩口がほんのりと透け、儚さと色気が入り混じる。
「……夜分ごめんなさい。眠れなくて」
彼女はそう言って、扉の前で立ち尽くしていた。その声には、微かに震えがあった。
「入ってもいい?」
ユウトは何も言えずに、ただ頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇
部屋の中に入ってからも、リアナは何も言わなかった。
床に膝をつき、静かにユウトのそばに寄り添う。手が触れ合う距離。けれど、どちらも動かない。
「……ねえ、ユウト。わたしね、ずっと我慢してたの」
その言葉に、ユウトは肩を揺らした。
「聖女って、みんなの希望でいなきゃいけない。笑って、許して、癒やして……本当は、誰かに縋りたくても」
リアナは、ゆっくりとユウトの手を握った。
「あなたに、癒やされてから──我慢できなくなったの」
その声には、優しさも、寂しさも、欲望も混じっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「誰かを選ばなきゃって思わなくていいよ。わたし、独り占めしようなんて……思ってない。でも、今夜だけは……“わたしだけ”を見てほしいの」
ユウトの手に、自分の頬をそっと寄せる。
「壊れそうなの。わたし、きっとあなたに触れられなかったら、もう……壊れてしまう」
彼女の目には、涙が溢れていた。
「ねえ……“癒やして”」「壊れてしまう前に、わたしを」
◇ ◇ ◇ ◇
ユウトは、ゆっくりと手を伸ばした。その頬に触れる。指先が濡れたまつ毛に触れ、温もりが掌に伝わる。
「……リアナさん」
「いいの。名前、呼んで。もっと、優しく──」
ユウトは彼女の肩を抱いた。細く、震える肩。けれど、その奥には、必死に支えてきた“聖女”の強さと、女としての想いがあった。
「リアナ……君を、癒やすよ。全部、受け止める」
彼女は小さく笑い、ゆっくりと身体を寄せた。
唇が触れそうな距離。けれど、触れない。
ただ、互いの熱を感じながら、濃密な沈黙の中で──癒やしと欲望が、絡み合っていた。
◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、誰よりも早く、リアナはユウトの部屋を後にした。
扉を閉めるとき、一瞬だけ、微笑んだ。それは──誇らしくもあり、どこか、怖いくらいに穏やかな笑みだった。
(これで、私はもう戻れない)
彼女は歩きながら、小さく呟いた。
「……独り占めなんて、してないよ。でも、“最初”は──私、だったよね?」




