引越し(1)
今日もリモート会議だ。参加者は、私と、日本帝国総理大臣である。
「本日は、お時間頂戴頂き、誠にありがとうございます。総統。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。で、今日の案件は、何です。総理。」
「二つ、あります。一つは、質問があります。総統。」
「答える事なら、何なりと。」
「何故結婚なさらないのです。総統。」
そう言われればそうだった。総理とは、面と向かって会った事がある。
その際に、左手の薬指を確認したのだろう。
「私は、所謂『就職氷河期世代』の出身。女漁りをする金も時間もありませんでした。」
「いいえ、そうではありません。今なら可能でしょう。」
「理由が、二つあります。一つ、忙しい。」
「では、二つ目は何でしょう。」
「私は、結婚するだけで幸福を感じるような多感な時期を失いました。今更ですよ。」
「では、どのようなお相手なら、『幸福』感じる事ができますか。」
「いいですか、質問には返答しました。早く、本題に入って下さい。総理。」
「……………………分かりました。お願いが二つあります。一つ、護衛を付けて下さい。
二つ、皇居の近く、守りやすい場所に引っ越してください。総統。」
「護衛? そんなものより、『影』がいいでしょう。総理。」
「……『影』……ですか。何でしょう。総統。」
「私に体格の似た男に、整形手術を施した『そっくりさん』を作るのです。」
「ああ……『影武者』……ですか。」
「独裁者が、よくやる事です。北の某国の出来栄えは、いまいちです。
が、我が国の技術なら素晴らしいものになるでしょう。」
「それは、人選を選定しておきます。が、守り易く脱出路を完備した建物に移住して下さい。」
「『脱出路』ですか……ふぅむ、『城とはそう言うもの』でしたな。」
「『城とはそう言うもの』? ああ……『脱出路』の事ですか。」
「なぁに、他愛のない『迷言』ですよ。まずは、物件の下見をさせて下さい。総理。」
「はい。こちらの準備は、整っております。本日中でも構いません。総統。」
「では、本日午後より。お願いします。総理。」
こんな感じでリモート会議を締めくくった。
* * *
この日は、件の『物件』を下見に行く。防衛省から自動車と運転手と護衛を供出されてだ。
「よかった。警視庁からの護衛を断っておいて。」
「確かにそうですな。恐らく、白バイ軍団が、10台以上来るでしょう。」
「目立ち過ぎですよ。それは、テロリストの標的になるのが、関の山というものでしょう。
……そんな事より、今日は、宜しくお願い致します。三等陸佐(陸自少佐)。」
「はっ。では、どうぞ。総統閣下。」
こうして、三等陸佐のエスコートで、自動車に乗り込んだ。ハンドルを握るのは、彼の副官だ。
「総統閣下、宜しいでしょうか。」
「何ですか。三等陸佐。」
「本日は、こうして同じ車に乗っております。これも何かの縁。お話を聞かせて頂けますか。」
「君、『相伴衆』を知っていますかね。」
「……それは、『ご相伴にあずかる』と言う意味ですか。総統閣下。」
「ある意味近しいですね。その『語源』に該当します。
元を正せば、室町幕府の役職名で、要するに、征夷大将軍外出時の警護役です。
すると、『相伴衆』は、自分の家来を何百人も、時には何千人も動員して行列を作るのです。」
「何と言いましょうか……大名行列の様ですね。」
「その祖先とも言えますね。しょぼい行列では、恥をかくのは誰でしょう。」
「つまり、将軍様と自分のメンツの為に、豪勢な行列を作るのですか。総統閣下。」
「で、その際『相伴衆』は、馬で将軍様の御隣を進むこともできます。
将軍様のご都合次第では、会話も許される訳です。」
「つまり、将軍様と会話する『名誉』を『ご相伴にあずかる』と呼んだ訳ですか。総統閣下。」
「そう言う訳ですね。で、今日は、君が私の『相伴衆』で、構いません。三等陸佐。」
「では、三つお願いします。総統閣下。」
「……構いませんよ。答えられることであれば。」
「何故、この世界に足を踏み入れたのですか。動機をお聞かせ下さい。総統閣下。」
「その質問に答える前に、一つ質問があります。私は、様々な『改革案』を発案しました。」
「はい。お陰様で、生活が楽になったと評判です。総統閣下。」
「しかし、何故でしょう。こんな簡単な事、誰も思いつかなかったのは。」
「いえいえ。それこそ『コロンブスの卵』ですよ。不可能です。貴方だけです。総統閣下。」
「いいですか。『103万円の壁突破』は、労働者、現役世代だけが、嬉しい政策です。
故に、高齢者からは、支持されない。しかし、『物価半減』ならどうでしょう。
国民全員が、嬉しい。ついでに私も嬉しい。こういう観点で考えれば、簡単でしょう。」
「私には、さっぱりです。どうしたら『物価半減令』につながるのやら。」
「君、スーパーで割引きになった商品を購入したことはありませんか。」
「それは、お店が、『廃棄するくらいなら』と考えての事でしょう。」
「私は、大好きです。スーパーで割引きになった商品を購入する事が。
故に、毎日何時でも『半額』にして欲しいと考えました。
できないなら、補助金をつける。それも国家予算で。
後は実現に向けて逆算するだけです。そんなに難しいですか。」
「難しいです。半額の商品を買う事と、毎日半額ならいいと考えるのは、別ですよ。総統閣下。」
「恐らくそこですよ、私と諸君らの違いは、『知能』では、ありません。」
「では、何でしょう。総統閣下。」
「恐らくは、『固定観念』或いは、『思い込み』でしょう。」
「……『思い込み』ですか。」
「『足場と十分に長い棒さえご用意くだされば地球を動かす事も可能』とは、誰の言葉だったかな。
……アリ……アリ……アリ……アリスト……違う。……アルキメデス!
つまり、必要なのは、『できない』とか『難しい』と言った『固定観念』ではありません。
『鉛筆』……否、『爪楊枝をペキッとへし折るより簡単だ』と言う『思い込み』ですよ。」
「……『思い込み』ですか。それこそ『凡人』と『偉人』の差でしょう。総統閣下。」
「ネットで調べました。2024年の法人税収は、約五兆円でした。
法人税率を二割三分二厘として、法人の純利益は、約22兆円です。
なら、小売店と飲食店の純利益は、約六兆円でしょう。その半分ですから三兆円。
消費が過熱したとしても、二倍にはならないでしょうから、約五兆円で収まるでしょう。
消費税を3%減税するより安上がりですよ。」
「ですから、そんな『三分クッキング』みたいに言えるんです!」
「私に言わせれば、アルキメデスは、梃子の原理発明で天狗になっただけです。
しかし、それ故に、偉人に必要な思考法を獲得していました。
即ち、『爪楊枝をペキッとへし折るより簡単だ』と言う『思い込み』ですよ。
源頼朝が、何故征夷大将軍になれたのか。天下統一など『簡単だ』と言う『思い込み』です。
徳川家康、足利尊氏とて以下同文。恐らく、『簡単だ』と言う『思い込み』が必要なのです。
だからこそ、私の『思考法』並びに『思い込み』の強さを世に出さなければならない。
それが、動機です。」
「それで、憲法廃止に、新憲法発布、対米条約に、ベーシックインカム、他にも山程の改革……
凡人には、真似できません。では、二つ目の質問です。宜しいでしょうか。総統閣下。」
「はい。先程も言いましたね。答えられる質問で、お願いしますよ。」
「千年計画の最初が、何故『アフリカ連邦』なのです。総統閣下。」
「簡単ですよ。私が、最優先で欲しい物がアフリカにあるからです。」
「それは、地下資源ですか。総統閣下。」
「それは、三番目です。」
「三番目ですか! 地上の油田だけでも二十か所以上、海底油田も未発見多数と言われています。
金銀銅鉄、ダイヤ、ニッケル、コバルト、レアアースなど様々な地下資源が、三番目ですか?
分かりません。凡人には、分かりかねます。是非ともご教示下さい。総統閣下。」
「アフリカにある『世界一の山』です。時に、日本のロケット発射場は、何処にありますか。」
「種子島ですね。総統閣下。」
「正解です。では、何故『種子島』なのでしょう。」
車内に沈黙の空気が充満した。
「わたくしから宜しいでしょうか。総統閣下。」
そう言ったのは、ハンドルを握る副官だった。
「丁度、信号待ちですし、運転に支障の範囲内でお願いしますよ。一等陸尉。」
「はい。それは、ロケット打上の際、地球の自転によって生じる遠心力を、推進力に上乗せできるからです。よって、地球上で最も遠心力が強い場所、赤道に近い場所に設置したのです。総統閣下。」
「素晴らしい。百点満点の正解です。と言いたい所ですが、地球上で赤道は、二番目です。」
ここで、信号が変わり、前の自動車が発信するのに合わせて、自動車を走らせる副官だった。
「ここで、再登場するのが、アフリカにある『世界一の山』です。この山頂が一番です。
その山は、赤道から約六百メートル南に下った場所に存在し、標高は約六千メートル。
ここなら、赤道より遠心力が、強くなります。よって、赤道は二番目となります。」
「成程……それで、その山の名前は、何と言うのでしょうか。総統閣下。」
こんなもの……ガンダムマニアを自称するのなら、即答できなければならない。
「それは、『キリマンジャロ』ですよ。ちなみに、タンザニアの領土です。」
この場合、麓にロケット組み立て工房を、山頂まで鉄道を敷設。
山頂に、急な天候悪化に備えて、格納庫を敷設する。そんな所かな。
「では、三つ目の質問です。現状、『アフリカ連邦』にタンザニアは、入っていません。
加盟を促進するには、如何なるお考えがございましょうか。総統閣下。」
「『ゆっくり話す戦場カメラマン』の発言ですよ。『取材活動の過程で、現地住民と会話する事が多い。が、付け届けをしないと頓挫する。』だそうです。」
「……それは、そうでしょうな。で、お金を渡すのですね。総統閣下。」
「それは、いけません、そんな事をすれば、後に『日本人が買収工作をした』と言われます。」
「成程……では、どうなさいます。総統閣下。」
「こういう時は、『食料』です。『食料』なら食べれば無くなりますから、『買収』とは言い難い。そこで、最も食いつきがよい『食料』が、あります。外ならぬ日本製品です。」
「日本製品ですか……分かりません。一体何でしょう。総統閣下。」
「『〇ブルソフ〇』ですよ。それも、『今日中』に『生のまま』と念を押します。すると、必ず同じ反応を示します。『日本人はこんなに旨いものを食べているのか!』とね。」
「ああ……当たり前過ぎて分かりませんでした。上手くいきますか。総統閣下。」
「戦場カメラマン曰く『日本製のパン一斤で、現地住民は、必ず手のひらを返した』そうです。
まさに、『日本の常識は世界の非常識』ですよ。」
「……まさか、『日本製のパン』を、タンザニア国内で、配っている訳ですか。
『アフリカ連邦に加盟すれば日本製のパンを毎日食べられる。』と言い含めた上で。」
「ええ。一つ訂正する所があるとすれば、タンザニア『だけ』ではない事ですね。」
「まさかとは思いますが、武器も配ったりとか、なさらないのでしょうか。総統閣下。」
「失敬な。私は『死の商人』に非ず。そう言う事は、政府が国民に発砲するまで厳禁。」
それこそ『SeedやSeedDestinyかよ!』と指摘されそうだ。
「問題は、量産体制です。米国産のトウモロコシで、作れないか。試作品が近々仕上がるそうです。今車中にいる者には、試食させてあげましょう。」
「では、『ご相伴にあずからせて頂きます』。総統閣下。」
笑いに包まれる車中の空気だった。
* * *