かくれんぼなのに
パシャパシャと鳴り響いていたシャッター音。鳴りやまないと思われていたシャッター音。突如スンと止まるシャッター音。空気を読んでか何なのかは知らないが、美羽が扉を開けたと同時に被服部部員は皆一様にシャッターを切るのを止めた。スンと静まり返る教室内。被服部、すごい連携力だ。
パシャ。
おや? 今誰かが写真を撮ったな。が、これはどうか許してほしい。犯人である彼女は今、スマホに手が当たっちゃっただけなのだ。断じてわざとではない。いや、本当に。その証拠に冷や汗を流している。脳内では「後で先輩に怒られるなぁ」なんて考えている。
シーンという言葉が似合う程、教室内は静寂に包まれていた。空間そのものが水を打ったように静まり返る。やがてわざとなのかどうなのかは分からないが、その沈黙を破るように那由多が口を開いた。
「見つかっちゃった」
そう言ってテヘペロと舌を出す那由多。両手は軽く握りこぶしにして、顎辺りに持ってきている。所謂ぶりっ子ポーズというやつである。その仕草はとてもあざとい。那由多は今、不思議の国のアリスみたいな恰好をしているから余計にあざとい。因みに那由多が着ているこの服は、被服部が作ったものだ。
一応もう一度言っておこう。那由多は男だ。こんなにあざと可愛い男の娘が果たしてこの世に居るだろうか? いや、居ないな。居るはずがない。
ああ可愛い! どうか写真を撮らせて! 一枚! 一枚で良いからぁ!
そんなことを心の中で思う被服部部員一同の皆さん。だが決してそれを顔には出さない。何故ならそんな欲望に塗れた顔を、ゲーム部の皆さんにお見せするわけにはいかないから。一人も顔に出さないとは、流石の連携力である。訓練なんてしてないのに。さっき写真を撮ってしまった後輩ちゃんも必死に自分を抑えている。ぷるぷる、ぷるぷる。
「一応聞くが……何してたんだ?」
まあ見りゃ分かるが。そんなことを思いながらも取り敢えず口を出す崚太。
眼前には不思議の国のアリスのような恰好をしている那由多。さっきまで騒いでシャッターを切っていた被服部たち。もう見ただけで何をしていたのか分かる。分かっているのだが一応聞く。百聞は一見に如かずとは言うものの一応聞くのだ。話の流れ的に。
両手を下ろし、ぶりっ子ポーズを止める那由多。
「何ってそりゃあ、撮影会に決まってんじゃん」
那由多は「何で分かんないの? りょうくん」というポーズを取る。そのポーズはやれやれって感じだ。やれやれとは言っていないものの、そう言いたいのはポーズで伝わる。丁寧に顔もため息をつくような顔もしていた。その態度とその顔は傍から見ると、とてもうざったい。
その不遜な態度を受けて、崚太はこう思った。「何でお前そんな顔できんの?」と。
忘れているかもしれないが、今ゲーム部が行っているのはかくれんぼである。断じて美羽がただゲーム部部員を集めているわけではない。かくれんぼという名の真剣勝負のはずなのだ。
それを生真面目に那由多に対し説明する崚太。「いやお前、かくれんぼってこと忘れてね?」と。なんともまあ、優しいというか真面目である。こんな態度を取られたら普通イラァっとして説明しようとは思わない。
「そうだった! てへっ」
キラリーン。キャハッ。
そんな態度を取る那由多。今回もきちんとポージングをしている。今回のポーズはウウィンク&片手ピース。ピースは横向きにして目元に持ってきている。ご丁寧にまたもやチロッと舌を出していて、脚は内股で片足は膝を曲げ上げていた。キャピーンって感じだ。その言葉には、語尾に星マークが付きそうである。可愛い、可愛いのは分かるがとてもあざとい。
んんっ。可愛い! 可愛すぎる! 写真に収めたい! いやいや落ち着きなさい。ここで我を忘れるようなら女が廃るわ。
またしても心の中で悶絶する被服部部員一同の皆さん。だがやはりそれを顔には出さない。必死に自分の中で欲望と戦っている。
それはそうとどうやら那由多は、崚太に説明されるその時までかくれんぼということを忘れていたようである。何という記憶力。撮影に全ての意識が持っていかれていたようである。因みに先程「見つかっちゃった」と可愛く答えたのも、「見つけた」と言われたからである。特に意味などは考えていない。
その事実が分かって美羽は「はぁ」とため息をついた。如何にも呆れているご様子。
中々自分の表には出さない美羽だが、この時ばかりは被服部含め皆が美羽の心情を察することができた。
「何で撮影会をしていたのか聞いてもいいかしら?」
美羽さん珍しくちょっとキレている。崚太にパンツを見られ、挙句景に知らされた時程ではないが。本当にちょっとだけキレている。
「それはそのぉ……。被服部の皆がどうしてもって言うから……」
手をもじもじさせながら気まずそうに答える那由多。人差し指を胸の前でちょんちょんさせている。顔を逸らし、決して美羽と目を合わさない。目がとても泳いでいる。
シュバッ!
気が付けば景の隣に美羽は居らず、何故か那由多の泳いでいる目線の先に居た。
誰も気が付かなかった。美羽たちと対面形式になっていた被服部の皆さんでさえ。一人たりとも美羽の移動に気が付かなかったのだ。まさに瞬間移動である。
「本当のことを、言ってもらえるかしら」
そう那由多に告げる美羽の目は、獲物を前にした猫のよう。瞳孔がきゅっとなっている。那由多は蛇に見込まれた蛙のようになっている。
即座に体勢を変える那由多。その格好は当然のごとく土下座だ。
「ごめんなさい! 嘘です! ボクからモデルにしてって言いました!」
すいませんでしたぁ! それを身体全体で表す那由多。土下座という体勢なのにとても美しい。というか土下座が美しい。不思議の国のアリスのような格好だが。
「そう。……んっ」
いつの間にか美羽の後ろに移動していた景。美羽の頭をぽむっとする。因みに景の移動も当然のごとく誰も気が付いていなかった。まさに瞬間移動パートツーである。
無言で美羽を撫で繰りする景。その行動で一瞬にして美羽の怒気は収まった。
それどころかもっと撫でてと言外に甘える美羽。那由多の美しい土下座の前で、砂糖より甘い空間が形成されていた。
次回投稿予定は明日の同時刻です。