灯台下暗しって知ってる?
「誰も見つかんねーな」
不意に崚太が口を開き、そんなことを言った。
崚太が復活し、美羽たちに合流してからもう約七分が経過している。だというのに未だ誰も見つかってないのだ。崚太は思ったことをそのまま呟いただけである。
――もうかれこれ七分ぐらいも経ってるのに、その間ただ歩いてるだけだぜ。残り時間は大体あと二十分ぐらいだ。なのにまだあと四人も残ってる。藤城は全員見つけられんのか?
崚太は不思議に思っていた。美羽が焦っていないことを。残り二十分ぐらいしかないのに。まだあと四人も残ってるのに。
――もしかして藤城はこの勝負、負けてもいいと思ってるとか? 諦めてんのかな。いや、それはねーな。だって藤城ってああ見えて負けず嫌いだし。このかくれんぼも当然勝ちにきてるはずだぜ。だとしたらあれか? もう見つける算段はついてるとか? ……まさか!? 俺が気が付いてないだけで、もう誰か見つけてたりするのか!?
とにかく制限時間が迫ってきているというのに、美羽が微塵も焦っていないこの状況は、崚太からしたら不可解である。
崚太の何でもない呟きに答えるため、美羽は口を開いた。
「そうでもないわ」
崚太の前を歩く美羽はそう答える。
今歩いている順番は、美羽、その隣に景、後ろに崚太と加奈という順番だ。相も変わらず美羽は景の隣を歩いている。うん、いつも通りだ。景と美羽では身長がかなり違うが、景は美羽の歩幅に合わせるように歩いている。景はそんな気遣いが自然にできる男である。
「灯台もと暗しってあるじゃない?」
先程の発言から話を続けるように、唐突に美羽はそんなことを言った。何だろう? 何か目的があって喋り始めたのだろうか。それともただの世間話だろうか。それが景たちは分からない。心の中では「いきなり何だろう?」と思っている。
そんなことは露知らず、美羽はそのまま話を続ける。
「あれの灯台って海の岬にある灯台のことじゃないらしいわ」
海の岬にある灯台とは、海に明かりを灯すためのあの建物のことである。灯台とネットで調べたら、十中八九その灯台が出てくるだろう。必ず先頭に出てくるだろう。それ以外が先頭に出てくることは無いと言っていい。それぐらい有名なやつだ。
因みに、灯台もと暗しの意味は言わずとも分かるだろう。灯台の真下は暗いということから生まれたことわざで、身近な物事はかえって分かりにくいという意味のことわざだ。調べたらすぐ出てくる。多くの人が一度は聞いたり使ったりしたことがあるはずだ。
「そうなんですかぁ?」
誰かが美羽の発言に対し、相槌を打つ。決して無視しているわけではないのだが、美羽はその相槌を気にもとどめず話を続ける。反応するだけで面倒だ。
「灯台っていうのは、昔の室内照明のことらしいのよ」
あくまでここで言っている灯台とは、灯台もと暗しということわざの灯台のことである。
「そうなのか?」
知らなかったという顔をしながら、今度は崚太が相槌を打った。まあ知らなくても無理はない。これは一種の豆知識みたいなものだ。実際、灯台もと暗しの灯台は海に明かりを灯す灯台だと思っている人も多数存在する。
「それってどんなやつなんだ?」
少し興味が沸いた崚太は質問する。灯台って名前の室内照明? もしかして塔みたいな形してんのかな? そんなことを考える崚太。実に頭がちょっとあれである。
「燭台みたいな形らしいわ」
まあ実際、塔みたいな形と言えなくはない。長細い台の天辺にある皿の上に火が灯されているのが、灯台もと暗しの灯台だ。燭台のすごく長いバージョンだと言えば分かりやすいだろうか。まああながち塔みたいと言えなくはない。
「ちなみに崚太が思い浮かべたその灯台は、昔は灯明台と呼ばれていたそうよ」
とは言っても、灯明台と灯台では形やら何やらが少し違う。明かりを灯すという点では同じだが。灯明台と呼ばれる灯台は、簡単に言えば日本式の灯台。今現在日本で流通している海に明かりを灯す灯台は、西洋式の灯台だ。因みに灯明台とはかがり屋と呼ばれることもあったそうな。
美羽に心を見透かされているようで急に恥ずかしくなった崚太は、何気ない顔で少し話を逸らす。恥ずかしかったという自覚は無いかもしれない。
「で、藤城は結局何が言いたいんだ?」
確かに。美羽が皆に何かを伝えようとしていることは伝わるが、いまいちその何かが分からない。皆には伝わらない。結局美羽は皆にこの話から何を伝えたいのだろうか?
「そうね。ただ、皆で灯台もと暗しな経験を一斉にするとは思わなかったってだけよ」
そう言って美羽は立ち止まる。
美羽に反応して他の四人も立ち止まる。そして美羽の発言の真意が分からず、美羽以外の四人は疑問符を浮かべた顔をした。……ん? 四人?
「どういうことだい?」
景が優しい言い方で、優しい声で美羽に質問を返す。
様子を見るにこの中では崚太が一番、よく分かってないようだ。いやまあ、誰も美羽の発言の真意は分かってないんだが。ある一人を除いて。
「こういうこと」
そう言って美羽は髪をふぁさっと揺らしながら振り返り、いつの間にか真後ろに合流していた人物へと焦点を当てた。
「つぐみ、見つけた」
いつの間にかこの輪の中に入っていた人物、ゲーム部部員である黒咲つぐみへと。
次回投稿予定は明日の同時刻です。