どっから来てんだよ!?
二人分だけの足音が、この静かな二階廊下に響き渡る。
景を見つけてから経過した時間はおよそ五分。つまり、ゲームの残り時間は約三十五分といったところだ。だというのに美羽と景の二人は今、焦りもせずぴったり並んで二階廊下を歩いていた。客観的に見ても、焦った方がいいんじゃないだろうかと思えてくる。
勿論美羽と景は理由なくただぶらぶらと歩いているわけではない。美羽と景、二人の目的は未だ影も見せない残りのゲーム部の六人を見つけることだ。
見つけること……なのだが、美羽は迷っていた。ある二つを脳裏で天秤にかけて。
「美羽。次は誰を見つけるつもりだい?」
因みに景は何故、鬼でもないのに美羽に付いて来ているのか。その理由は簡単。それは、景がただ単にそうしたいからだった。捕まった人は鬼に付いて行かなくてはいけないというルールは無い。
「……そうね」
景の質問に対し、美羽は口ごもる。
何故なら先程も言ったように、美羽は迷っているからだ。それはもう真剣に迷っている。頭を悩ませている。……このまま他の誰かを見つけても良いものかと。
いや、勿論見つけるつもりはある。あるのだが、今すぐ見つけたいわけじゃない。何故かと言うとそう、美羽は景と二人っきりのこの状況も手放したくないのだ。美羽は今、ゲームの勝ちを取るか、景と二人っきりのこの状況を取るか、この二つを天秤にかけて迷っていた。それこそ景を見つけてからこの五分間ずっと。
――どうしましょう? 勿論だけどゲームには勝ちたいわ。でも景と二人っきりのこの状況も捨てがたい。うぅ、私しっかりして。早く見つけないと制限時間が……。ううん、景と二人っきりなんて滅多にないもの。もっと楽しみたいわ。いえ待ちなさい私。それって他の皆を置き去りにしてまで楽しむことかしら。
乙女心はなんとも複雑である。
「……」
一人分だけの足音が、この静かな二階廊下に響き渡る。……ん? 一人分?
「……? 美羽?」
いつの間にか美羽の足音がしない、というかいつの間にか美羽が隣を歩いていないことに気が付いた景は、振り返り美羽の名前を呼んだ。するとそこでは何かに気が付いた様子の美羽が真横にある中庭側の窓をジーッと眺めていた。
美羽の唐突な行動に景は頭の処理が追いつかない。
何も分からない、掴めていない状況であるにも関わらず、景は動こうとした。取り敢えず美羽の近くまで行き、もう一度声を掛けようとしたのだ。
だがしかし、それは叶わなかった。何故なら景が動くよりも早く、いきなり美羽がその眺めていた窓を全開にしたからだ。それも勢いよく。ズパシャーンって感じで。
またしても美羽の奇っ怪な行動に対し、景は頭の処理が追いつかなかった。なんならもうパンクヒート寸前だった。
そんなことは露知らず、というか気にもせずに美羽は窓枠に両手を掛け、窓の外に身を乗り出した。窓枠に右足を掛け、グッと力を込める。そして勢いよく窓の外である中庭へと飛び出した。
念の為言っておこう。ここは二階である。そして中庭というものは当然一階にある。注釈しておくが、中庭部分の一階と二階の間に足場などは一切無い。
「……ふむ」
景は美羽を止めもせず、飛び立つ美羽を眺めていた。頭の処理が追いついていなかったからだ。
景はその後、数秒間手を顎に当て考えた後――。
「よし」
景も美羽の後を追うように、二階の窓から中庭へと飛び降りた。
***
同時刻。一階廊下、男子トイレ前にて。
「ふいぃ。危なかったぁ」
深見崚太はこれから自分の目の前で起こることを微塵も警戒せず、呑気にハンカチで手を拭いていた。というか警戒しろという方が無理というもの。
崚太が先程言った危なかったというのは、トイレのこと。崚太は先程まで何とは言わないが、決壊寸前だったのだ。
何とか間に合いトイレへ直行。そしてすっきりして今トイレから出てきたというわけだ。
何故崚太は決壊寸前まで我慢していたかというと、今現在崚太たちはかくれんぼをしているから。隠れた場所から動いてはいけないというルールはないのだが、かくれんぼは隠れなければ見つかるリスクが格段に上がるというもの。要するに動けばその分、見つかるかるリスクが上がるのだ。だから見つかりたくない崚太は、寸前まで我慢していたというわけだ。
我慢していたものの、先程ついに限界へ。このままでは男としての尊厳、もとい人としても終わると思った崚太は渋々トイレへ直行したというわけだ。ここまで耐えてくれた膀胱に崚太は感謝の念を伝えたい。
バサッ!
崚太が呑気に自身の手をハンカチで拭いていると、突然崚太の目の前、窓の外の中庭に何かが落ちてきた。
崚太は思わずフリーズする。
それは人の形をしていた。それは見知った顔をしていた。そしてそれは、今一番出会っちゃいけない、出会いたくない相手だった。
「崚太、見つけた」
崚太の目の前の窓を外側から開けたそれは、氷のように冷たい声で崚太にそう告げる。
崚太は急いでハンカチをポケットにしまった。そして先程目の前の中庭に落ちてきたそれ、美羽に対しこうツッコミを入れる。
「うおぅ!? どっから来てんだよ!?」
崚太の言い分は御尤もである。そりゃあ上から人が落ちて来たら誰もがそう言う。「どっから来てんだよ」と。
「ん。二階」
美羽は冷静に、崚太とは正反対の態度で淡々と崚太に対しそう答えた。崚太は焦り、美羽は落ち着いている。何故二人の態度はここまで正反対なのか。それが分からない。
「ここ一階なんですけど!?」
付け加えると、二階と中庭の間に足場なんて無いんですけど!?
そう、今崚太たちがいるここは一階だ。美羽は一階の中庭に、二階からショーットカットして来たというのだ。そりゃあ誰でも焦る。崚太じゃなくても焦る。
「よっと」
美羽の次は、景が何の音もさせずに落ちてきた。景……お前着地の瞬間も、その前すら何も音が無かったぞ。どうやって飛び降りて、どうやって着地したんだ?
「うお!? 景もかよ!」
崚太は当然のように驚く。だって人が目の前に落ちてきたんだもの。本日二回も。
次回投稿予定は明日の同時刻です。