これはかくれんぼよ
突然だが、ゲーム部という名の部活はこの学校には存在しない。というかそもそも、美羽が先程言ったゲーム部とは部活動ですらない。では、ゲーム部とは一体何なのか。
美羽たちは偶に、自分たちのことをゲーム部と呼称する。そうしてその名目で遊びに興じるのだ。つまりはまあそう、ゲーム部とは遊ぶ時の美羽たちの集まりの名前だということだ。正式な部活では無いし、そもそも部活動ですらない。
さて、美羽たちゲーム部がこれから行うのは、かくれんぼ。総勢八人による真剣勝負のかくれんぼ。かくれんぼとはその名の通り、かくれんぼだ。
多くの者が子供の頃にやったことのある、万人がルールを知っているであろうあのかくれんぼ。そう、それで合ってる。さらに今回は、特殊なルールなどは一切無い。何の変哲もないただのかくれんぼだ。
美羽たちはそれを、その子供の遊びを高校生にもなってやろうというのだ。大人への一歩を踏み出しているはずの高校生にもなって。……まあ、それだけの元気があることは良いことか。うん、遊ぶのに年齢なんて関係ない。そうだな。鬼ごっこみたいなことやってるテレビ番組もあるわけだし。
「……ふぅ〜」
美羽は先程から興奮してしまっている自分の心を鎮める為に、教室の扉の前で立ち止まり一度深く息を吐いた。
――……よし。
落ち着き払い、ガラガラと教室の扉を開ける。そして廊下に飛び出し、まずは横断歩道を渡るときのように右と左をしっかりと確認した。
右、左、右、左と頭を左右に振る。よし、廊下に人影は無し。
今回美羽らゲーム部が行うかくれんぼには、制限時間がある。だって時間決めないと最悪の場合終わらないからね。
制限時間はどれほどかというと、次のチャイムが鳴るまで。だから時間にしてあと四十分ぐらいかな。美羽はそれ以内に七人全員を見つければ勝ち、見つけなければ負けだ。どうだ? 簡単だろう?
美羽は顎に手を当てて考える。さて、どこから探そうかしら。
――教室を一つずつ周って隈なく探す? いえ、それじゃ駄目ね。そんなことしてたら四十分なんてすぐに過ぎ去ってしまうわ。じゃあ全体を見渡すようにしながら時間をかけず雑に探す? ううん、それも駄目。だってこれはかくれんぼなのだから。当然皆は隠れてるはずよ。そんな大雑把に探してたら一人も見つからないわ。うーん、それじゃあどうしようかしら?
するとその時、美羽の脳裏に一つの妙案が思い浮かんだ。さながらこれがアニメなら、ピコンという効果音が鳴っているかのように。
――うんそうね、そうしましょう。皆の隠れている場所を予想し、当たりを付けて探す。単純だけど、これが一番効率的なはずだわ。
と、美羽はそう思ったものの……。
――でもそうなると、景はどこに居るのかしら。他の六人は大体見当が付くけど景だけ全く分からないわ。
その時、美羽は心の中ではこうも思っていた。できることなら、景を一番最初に見つけたい。そうしたら景と二人っきりの時間ができるから。
「……ふふっ」
景と二人っきりの状況を考えた美羽は自然と笑みを零す。再三言わせてもらうが、美羽が笑うことは滅多にない。だから明日はきっと雨が降る。うん、絶対そうだ。
笑みを浮かべた後、ハッとした美羽は一度考えるのを止めた。理由は単純。ここで時間を浪費するのは得策ではないと思ったからだ。
――ここでうだうだ考えていても仕方がないわね。あとは歩きながら考えることにしましょう。
そうして美羽は歩き出した。考えて立ち止まっていたのは時間にして約一分。探す時間はまだ全然ある。焦る必要はない。
――さて、どうしようかしら? 景を最初に探すとしたら、七人全員は捕まえられないかもしれない。かといって景以外を最初に見つけるのは嫌。だってそうすると、景と二人っきりになれないもの。
するとその時、ただの幸かはたまた神様のいたずらか、顔を俯かせていた美羽は何気なく顔を上げ今真横にある教室を見た。本当に何の気持ちもなく、何気なくだ。
美羽が見たのは、先程まで美羽が居た教室とは別の教室。美羽が先程まで居た教室のその隣の教室だ。そこには何故か、隠れず席に座って本を読んでいる彼の姿があった。
――……え? どうして?
美羽はゆっくりと彼が居る教室の扉を開ける。そして彼の傍まで真っ直ぐ歩いていき、彼にこう語りかけた。高鳴る胸の鼓動をそっと抑えて。
「景、見つけた」
美羽の声に反応して件の彼、如月景は本を読む手を止める。そして読んでいたページに栞を挟み、本をパタリと閉じた後、美羽に対しこう言った。
「見つかったか」
かくれんぼというゲームで見つかってしまったというのに、景は何故か悔しくなさそう。それどころか見つかることが予定調和のようだ。
「こんなところで何やってるの? 私たちがやってるのはかくれんぼよ」
その通り。美羽たちがやっているのはかくれんぼだ。だというのに何故景は隠れていないのか。美羽には疑問でならない。
「いやぁ。灯台もと暗し。近くに居れば案外見つからないと思ってね」
「……嘘。本当は?」
美羽は更に問う。それなりに長い付き合いからか、十中八九今の景の発言は嘘だと分かったからだ。
「うーん」
景は美羽の問いにただ答えればいいだけだというのに、何故か深く考え始めた。そして次はこう答えた。
「そうだね。この本の続きが気になったから、かな」
そう言って景は本を掲げ、美羽に表紙を見せた。そしてニコッと笑う。
「……そう。まあそういうことにしといてあげるわ」
今の美羽の発言、一体どういうことだろうか?
実は美羽は気が付いていたのだ。きっと景は美羽を独りぼっちにさせないよう、わざと見つかりやすい場所に居たのだろうということに。
次回投稿予定は明日の同時刻です。