つぐみって何者?
「さっきの、凄かった」
「うん、凄かった」
顔を、というか身体ごと向かい合わせにし、その場にしゃがみ込んで凄かった凄かったと言い合う西宮姉弟。なにやら興奮冷めやらぬといった様子だ。二人ともとても楽しそう。
「すごい凄かった」
「とても凄かった」
楽しそうなのは良いんだが、それはそうと崚太は先程から気になっていることがある。それは――。
――二人ともさっきから凄いしか言ってなくね?
いやまあ先んじて言っておくが、崚太は別にそれに対しとやかく言うつもりはない。実際にさっきのを見た崚太自身も純粋に凄いと思ったし。うん、凄いと思った……んだがそれはそれ、これはこれ。なんていうかその、そんな感じの頭の悪い会話に聞き耳立てて聞いている身としてはツッコみたくなる。仕方ない、これは生理現象の様なものなのだ。うん、仕方ない仕方ない。
――まあ二人がそれで良いんなら良いんだが……。
ツッコみたい……が、それをグッと我慢する崚太。何故ならさっきも言ったが崚太はそれに対しとやかく言うつもりはないからだ。さらに言うと、二人とも楽しそうなんだもの。これを邪魔するのは流石の崚太でも気が引ける。
と、崚太が無駄な葛藤を心の中でしていたその時――。
「崚太さ~ん! 大変ですぅ!」
切羽詰まった感じの間延びした声が後方から聞こえてきた。崚太は自分を呼んでいる人物に焦点を当てるべく、バッと振り返りそれを見る。
振り返った崚太の視線の先には先程の声の張本人であるつぐみともう一人、那由多がいた。だがしかし、何だか様子がおかしいのだ。
つぐみはまだいい。つぐみは不安そうな顔でオロオロしているだけ。問題は那由多の方だ。何だか遠目でよく分からないんだが、一言でいえば死にそうになっている、そんな気がする。
「どうした!?」
なんだか嫌な予感がして、心がざわざわして、崚太はすぐに二人の元に駆け寄った。そんな崚太に対し、すぐさまつぐみは現状を説明する。
「実はぁ那由多さんの呼吸が今とても浅くてぇ……。すぐにでもぉ崚太さんの人工呼吸が必要だと思うんですぅ」
おっとりながらも矢継ぎ早につぐみは説明してくれた。
「マジか! 待ってろ那由多。今助けてやる!」
つぐみの説明を受けてさらに焦った崚太は、すぐにそれを実行しようとする。崚太は友情に熱い男だ。その行動は必然。だがしかし、そこは思春期男子の崚太。人助けという名目でも他人と唇を合わせるのは流石に気が引けるというもの。
そんな自分に対し、崚太は心の中で叱咤をかける。
――しっかりしろ、俺! これは医療行為、これは医療行為だ。……ふぅー。那由多は今すぐにでも俺の人工呼吸が必要なんだろ!
決心がついた崚太は、今一度自身の顔を那由多に近づけようとした。そして――。
――……ん? 俺の?
何だか言葉に強烈な違和感を覚えて崚太はピタッと止まる。「何かおかしくね?」と。
その一瞬の心の動きによって崚太はやっと現状を冷静に見渡すことができた。そしてこう結論に至る。
――ああなんだ。そういうことかよ。
「なあ黒咲。那由多にはどうして俺の人工呼吸が必要なんだ?」
冷静になった崚太はつぐみに向き直り、つぐみに対しそう問う。
「え? それはですねぇ……先程も言ったようにぃ、那由多さんの呼吸がとても浅くてぇ――」
先程の説明を繰り返すつぐみ。その言葉を崚太は途中で遮ってこう言った。
「もう一度言うぜ。どうして俺の人工呼吸が必要なんだ?」
今度は「俺の」という言葉を強調してつぐみにそう質問した。
「えーっとぉ……」
つぐみは崚太から目を逸らす。それはもう全力で。だって作戦が崚太にバレちゃったんだもの。
つぐみの作戦、いや那由多が考えつぐみと共に実行したその作戦とはズバリ『りょうくんと口づけ大作戦』である。
『りょうくんと口づけ大作戦』。その概要とは、まず那由多が死んだふりをする、次につぐみが慌てたふりをして崚太を呼ぶ、最後に崚太を誘導して人工呼吸という名目で崚太に口づけをさせるというものだ。これは那由多が考えた馬鹿馬鹿しい作戦であり、つぐみは面白そうだからというしょうもない理由でそれに乗っただけである。
那由多は未だに真っ赤な顔で目を瞑り唇を突き出していた。先程の会話が聞こえていなかったのだろう。全くもって馬鹿である。
崚太はそんな那由多に口づけをする――わけはなく、那由多のその小ぶりな鼻を思いっきり力を込めてぎゅっと手で摘まんでおいた。
「ふがっ」
――馬鹿馬鹿しい。心配して損したぜ。
崚太は那由多の鼻を摘まんだ後、立ち上がり自分の持ち場に戻ろうとする。すると西宮姉弟の阿保らしい会話が聞こえてきた。
「つぐみはきっと超能力者」
「違う。つぐみはきっと宇宙人」
西宮姉弟が何故こんな会話をしているのか。それは先程二人が凄いと言っていたことに起因する。
ああ、先程から何故西宮姉弟が凄いと連呼しているのかだって? それは、ついさっきまで行われていたつぐみと那由多の応酬がそれはもう凄かったからだ。
つぐみと那由多の応酬は、それはもう凄かった。まあ多くは語らないさ。だが一つだけ語らせてほしいことがある。それは、特に凄かった那由多の最後の一球についてだ。
那由多の最後の一球。それは魂が籠った一球だった。そのボールからは火が出そうなほどの勢いが出て、音を置き去りにしたとこの場に居る全員が錯覚した。本来ボールを投げるときには音などほとんど発生しないのに。このときばかりは音が鳴ったと皆思ったのだ。それほどまでに凄まじい投球だった。
さらに、話はそこで終わりじゃない。つぐみに当たる時のボールの挙動が、なんというかこう、一言で言うとおかしかったのだ。ああ、ここで言っておくが那由多が全力投球したのは勿論つぐみに対して。そしてつぐみはその全力投球にやられたのだ。やられた……のだが、先程も言ったようにボールの挙動がおかしかった。どうおかしかったかというと、何故か那由多が投げたそのボールはつぐみを目の前にした瞬間急に減速したのだ。一体何故だろうか?
その減速したへにゃへにゃボールは那由多の思いが届いたのか、見事つぐみをアウトにした。そして力尽きた那由多はその場に倒れ、強制退場という措置になったのだ。いやまあへにゃへにゃボールになった理由は分からないが、そうなって良かったと思う。だって那由多の投げたそのボールは、常人が受けたら確実に即死していたような、そんな威力が出ていたから。何はともあれつぐみに怪我が無くて良かった。
とまあそんな感じでつぐみと那由多の攻防(?)は幕を閉じたのだった。いやはや二人とも凄かった。
西宮姉弟は先程からその二人の応酬を振り返り、凄かったと言い合っている。そして今は、つぐみの目の前でボールが急減速した理由について協議しているところだ。つぐみは超能力者だとか、つぐみは宇宙人だとか荒唐無稽なことを言い合っている。
「「むむむ」」
睨み合う西宮姉弟。何故睨み合っているのかって? そんなの決まってる。西宮姉弟にしては珍しく、双方の意見が食い違っているからだ。
睨み合って少しの時が経った後、やがて碧依が口を開いた。
「超能力者!」
緋音もそれに反撃するべく口を開く。
「宇宙人!」
どうやら二人とも譲る気は無いようだ。
「超能力者!」
「宇宙人!」
「超能力者!」
「宇宙人!」
「超能力!」
「宇宙パワー!」
そんな馬鹿な言い合いをする二人を見て崚太は思ったことがある。
――楽しそうだぜ。
次回投稿予定は明日の同時刻です。