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我らゲーム部!  作者: 春風 ほたる
かくれんぼ
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プロローグ

 いつもと代わり映えのしないとある日の放課後。

 時刻は夕暮れ時。茜色の日差しが降り注ぐ静まり返った教室の中で、一人ぽつんと佇む少女が居た。

 彼女の名は、藤城美羽(ふじょうみはね)。毎日という日々を自由気ままに過ごしているただの女子高生だ。


 そんなただの女子高生である美羽は今、さもつまらなそうに窓の外を眺めている。


「……はぁ」


 何となく心地よくもある外の喧騒が、窓の外を眺める美羽の耳に入ってはそこに留まることなく外へ流れ出ていく。


 皆言わずとも分かるだろうが、学生にとって放課後とは夢の時間だ。そうだろう? 授業という名の気だるいものが終わり、残りの一日に各々の自由が約束される、そんな時間だ。ある者は、家に直帰し自分の時間過ごす。またある者は、部活で青春の汗を流す。他にも友達と無駄とも言える最高の時間を過ごしたりするのが学生にとっての放課後というものだ。そのはずなのだ。だというのに、そんな夢の時間に美羽は一人静まり返った教室で何をしているというのだろうか?


 ふむふむ、この状況。教室には美羽しかおらず、また美羽もこれといって何かしているわけではなくただぼーっと窓の外を眺めながら自分の席に座っているだけというこの状況。現在進行形で青春を駆け抜けている高校生であるこの学校の生徒の目には、『これから告白する女の子』というシチュエーションに映ることだろう。きっとそうだ。もし美羽に呼び出されている男子が居るのなら、美羽から愛を告げられることを期待してもおかしくはない。


 だがしかし残念かな。美羽は別にこれから誰かに愛を告げるわけでも、ましてや誰かを待っているわけですらない。寧ろその真逆と言っていい。今の美羽は待たせている側、迎えに行く側なのだ。


 な・の・で、今廊下に居る冴えないそこの男子。この教室の扉の前で突っ立っているそこの男子よ。お前は別に、教室へ入るのに対して遠慮しなくていいのだぞ。躊躇う必要なんて微塵もない。だから普通に教室に入って忘れ物を回収するんだ。その教室に忘れた課題、明日提出なのだろう? ……あっ。おい、こら! 「明日の自分に任せよう」みたいな顔して教室を素通りするんじゃない! 任せてどうする。やれやれ、じゃないよ! 明日、先生に怒られるぞ!


 はぁ、閑話休題。話を戻そう。さらば、忘れ物した男子よ。


 先程『美羽は今、さもつまらなそうに窓の外を眺めている。』と言ったが、少し訂正しよう。訂正というか補足かな。確かに今の美羽は傍から見ればつまらなそうに映るのだが、美羽は別に現状つまらないわけじゃない。つまらないわけじゃないというか、寧ろ今の美羽の心はつまらないとは真逆の位置にあると言えるだろう。まるで童心に帰ったかのようにとてもワクワクしている。


 さて、ならば何故、傍から見ればつまらなそうに映るのか。その理由は単純で明快。悲しいことに、冷た~いこの表情が美羽のデフォルトなのだ。付き合いの長い人間でなければ、その表情の変化を読み取ることはできない。


「……はぁ」


 時折小さく吐くこのため息も、美羽がつまらなそうに映る要因の一つと言えるだろう。ああ、確かに『告白の為に緊張している女の子』にも見える。だが残念。それは不正解だ。これは美羽の癖なのだ。自身の心を落ち着かせる時の、美羽の癖。美羽は今、浮足立った自身の心を落ち着かせようとしている、ただそれだけだ。


 確かに緊張しているという意味では、それに近しいものはあるかもしれない。……いや、でも待てよ? この緊張はどんな緊張かと聞かれたら、子供の時の遠足前の緊張とも取れないあの気持ちに一番近いような……。告白とかの時の緊張とは違うような? まあいっか。とにかく美羽は心を落ち着かせようとため息をついているのだ。


 カチカチカチと時計の音が静かな教室の中に木霊する。


 バクバクバクと心臓の音が小さな美羽の中で木霊する。


「そろそろ……ね」


 何がそろそろなのだろうか? と、何も知らない諸君はそう思っただろう。その疑問に答えるかのように、美羽は自身の手元に目を落とした。そして手元にあるスマートフォンを確認する。そこにはきっかり十と表示されていた。


「あと……十秒」


 美羽の声色は、いつも通り酷く冷たい。まるで冷ややかなその声からは、周りの全てを凍り付かせることのできる冷気が放たれてそうだ。まさに絶対零度。成程、美羽がたまに『氷の令嬢』と呼称されるのも頷ける。


 だがしかし、その美しくも儚い『氷の令嬢』の声を聞いてもなお、美羽の手に持つスマホはカウントダウンを止めなかった。一切凍えることなく、十、九、八……と今にもゲーム開始の合図を鳴らそうとしている。


 そして――。


 ――ピピピ、ピピピ、ピピピピピピ。


 スマホのタイマーが零になったと同時にハンター(美羽)が解き放たれた。その目的(ミッション)は校内に隠れている残りのゲーム部部員の七人を見つけること。


 美羽はガタッと席を立ちあがる。


「……ふふっ」


 美羽は自然と口元に笑みを浮かべた。美羽が笑うなんて、珍しいこともあるもんだ。明日は雨が降るんじゃないだろうか?


 ああ、先程の忘れ物男子よ。残念だったな。お前が変に気を遣わずに忘れ物を取っていれば、今頃『氷の令嬢』こと藤城美羽の笑顔が見られたかもしれないのに。


 さて、忘れ物男子のことは忘れるとしよう。今から始まるのは何かと言うとそう、ゲームだ。美羽が鬼の、正式名称は『かくれんぼ』という名のゲーム。


 ゲームのルールは至って単純。鬼が一人に対し、隠れる側が七人の非対称ゲーム。鬼は、制限時間以内に校内のどこかに隠れている七人全員を見つければ勝ち。隠れる側は、制限時間以内に一人でも見つからなければ勝ち。そういう遊びだ。


 美羽はいつも通りのゲーム部の掛け声を、一人心の中で詠唱する。


 ――我らゲーム部! ゲームスタートよ!

次回投稿予定は明日の同時刻です。

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