私は美しいので、髪をのばすことにした。
ある辺境に住む"ハッピー姫さま"と、クール執事の日常のお話。
姫さまが髪をのばす決心をするまでの、ミニストーリーです。
恋愛成分はほんのちょっと香るくらいしかないです。
つたない文章ですが、2人のほのぼのエピソードを読んでほんわかを感じてくださると嬉しいです。
初投稿につき、ある程度はご容赦ください。
とある異国の辺境で名を馳せる大貴族の男には、一人の娘がいた。
名はミリアン・バーネットという。
今年6歳になる彼女は、自分の領地は首都であり己こそがこの国の姫と信じ込んでいた。
そして自身が最も美しいと本気で思っていた。
民衆や家族は親しみを込めて、彼女を"ハッピー姫さま"とよんでいた。
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「失礼いたします、執事のバロンにございます。
ハッピー姫さま、お茶のご用意ができました」
庭で花を観賞していたミリアンは、突然話しかけられたためか肩をビクッと震わせた。
「バロン!その呼び方はやめてと言ったでしょ。
まるで私が浮かれた愛らしいお姫さまみたいじゃない」
無論、皆には言葉通りの浮かれた愛らしいお姫さまに見えているのである。
何も間違ってなどはいない。
傍で花を摘んでいたミリアンの母のミーディナは、ふふっと笑みをこぼしている。
「では、姫さまはどのような呼び名をご所望でしょうか」
バロンはしれっとした顔で尋ねる。
思わずツッコミをしてしまいそうな危機的状況を冷静に対処できるこの男は、
齢14歳ながらなかなか有能である。
「そうね。"ビューティー・ミリアン"とか、"月も霞む美貌の姫"あたりがよいのではなくて?」
「姫さまは、つくづく名付けるセンスがございませんね。
よろしいですか、愛称とは名付けられた対象の特徴を捉えていなければなりません。
ですので却下」
「そんな言い草ひどいわ!もうバロンなんて知らないんだからねっ」
ミリアンは本気で提案しているのである。
美しい自分の特徴を的確に捉えているのに、と憤慨するミリアン。
バロンは優しげな見た目に反して、言いたいことをはっきり口にするタイプなのだ。
そしてミリアンはお転婆な見た目どおり、言いたいことをはっきり口にするタイプである。
黒髪をゆらしてからかうバロンと、金色の2つ結びを振り乱すミリアン。
この2人はいつもこんな具合で言い合っている。
他の臣下やミリアンの両親は優しい目で見守るのだった。
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こんなことでへこたれるミリアンではない。
いつも憎たらしい口をきくバロンに仕返しをする機会を、日々狙っていた。
そしてそのチャンスはやってきた。
それはミリアンがマナー講師の授業を抜け出した、夏の昼下がりのこと。
リクエストしたデザートを週に一度だけこっそり用意してくれる、
おじいさんシェフを探していたときだった。
不意に敷地外から澄んだ女性の声が聞こえてきた。
「もう、バロンったら。
会うたびに私のポケットにセミの抜け殻をいれるのはやめなさいと言ったでしょう。
今の貴方を隣の家のサーラが見たら幻滅しますよ」
「姉さまこそです。
これは遠い東の地に根付く風習で、家族間のコミュニケーションであると説明したではないですか。
サーラは家族ではないのでしませんよ」
「そういう問題ではないのだけれど……」
どうやら、バロンとその姉君のリターシャが話しているらしい。
バロンにはそんな子供っぽい一面もあったのか。
もっとバロンの恥ずかしい情報を集めてやろうと、ミリアンは耳をすませて集中した。
「それにですね、僕はあんなお子様に何を思われようが構いませんよ。
まだろくに髪も伸びていないではないですか」
「昔はあんなに可愛がっていたのに、バロンったら……」
バロン家の昔話が始まっているが、今聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
髪が伸びていないのはお子様で、きらきらロングヘアでないと大人ではないのか。
つまり肩辺りの長さのミリアンはレディではない、と。
ミリアンによる過大解釈付きの分析によって導き出された結論は。
「皆が私を美しいと褒めないのは、レディとして認められていなかったからなのね!
バロンも認めるきらきらロングヘアになれば、ビューティー・ミリアンの異名が広まるに違いないわ!」
ところで、隣の家に住むサーラとは3歳のリアルベイビーである。
当然赤ちゃんを一人前のレディ扱いするはずはないのだが、
そんなことをつゆほども知らないミリアンは
きらきらロングへの長き旅路を想像するのであった。
「それにバロンが私以外の女の子と仲良くするなんて許せないもの。
きっと、サーラより早くバロンからセミの抜け殻をプレゼントしてもらうわ!」
何も知らないミリアンは3歳児をライバル視するのだった。
やはり、"ハッピー姫さま"のあだ名は伊達ではない。
しかし、このようなアホ可愛い言動がミリアンの魅力なのだ。
以上がミリアンが髪をのばすことにした経緯である。
果たしてミリアンのへなちょこアピールが成功したかは、また別の話。