第三挿話 亡国の小公女 8話 どうにか成るさ
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馬車を停めたのは馴染みの宿らしくジャンガは右手を軽くあげただけで、挨拶も交渉も無しに奥へ進もうとする。
「今日はえらく上物じゃないかぇ? そりゃこの街には勿体ないよ」
「うるせぇんだよ。放っとけって!」
「何粋がってんだよ。ほれ、その年増なんざ、手前の嫁にするのがいいだろうにね。それとも今からウチでしっぽり過ごすのかい?」
「しねぇよ! 商売もんだぜ! ドコの馬鹿が手ぇ出すんだよ」
「ほぉんと馬鹿だよ。そりゃあ、あんたの商いで扱える物じゃないのは分かってんだろ。無理したって碌なこたぁ無いよ!」
初めて顔を合わせて以来ずっと軽薄なニヤケ顔が貼り付いていた面相に神経質な表情が垣間見えた。
エナレィシェ達を促して宿に入ったカチュアがその様子を眺める眇じみた目付と顰めた眉はどんな心情から来るのだろう。
「階段を上って一番奥の部屋だよ。アチキと同部屋だから変な気を起こしても無駄だからね」
カチュアが指図したのは、うらぶれた宿の外観からすれば格段に良い部屋に思える。
広くはないがちゃんとしたベッドが3つ並んでいて、何より雰囲気が清潔だ。
窓から見えるのは玄関前の広場で、乗ってきた馬車が裏手に廻されて行くところだった。
「ねぇ、私達を見張ってるなら少し話さない?」
「話す事なんかないよ」
「女なのに見張りをしてるのね」
「扱うのは女が多いからな。女が1人も居ないと却って大変なんだ」
「確かにね。カチュアさんが居てくれて、私達も助かったもの」
「女だからって弱い訳じゃないぞ。舐めんなよ」
「舐めたりしないよ。あぁそぅ、待ち合わせって聞いたけど、ここじゃないの?」
「こんな高いトコで待ち合わせる筈無いだろ」
「やっぱり高いんだね」
「商いには信用が必要だって、ジャンガは無理してもここに泊まるようにしてる」
「それなら待ち合わせの相手はどうしてるの」
「いつも街の外で野宿さ。そろそろジャンガが合流する頃だよ」
「売れ残りさん達もそこに居るのね」
「あぁそうだよ。なぁもういいだろぅ。折角いい部屋を取ったのに肝心の上玉が寝不足で見た目が悪くなったらアチキが責められるんだ。そんなのはゴメンだよ」
合流したジャンガの様子とか売れ残りの扱いとか知りたい事は色々あるけれどどうしても調べなければならない訳では無い。
カチュアが寝入ってから界送系視認跳躍とかで抜け出す手はあるけれど、そんな時分だとほとんど収獲は無いだろう。
「それじゃ、寝ようか。お休み、パラム」
「えぇ、お休み。エノル」
*
街の朝は早いようだ。
カーテンの無い窓から朝日が入り込む前に、外を行き交う人々の喧騒--と言ってもそんなに酷く騒々しいものでもない--が眠りの帳を引き上げようとする。
働く日は未明から深夜まで日がな一日坑道に潜り、休みには思い切り羽目を外す、そんな習い性が染み付いた街の朝は日の出を1時間以上追い抜いて始まる。
そう言えば昨日寝る時もまだ、表通りのざわめきは続いていた。
こんなに早く寝ないと寝不足になるのかと首を傾げたエナレィシェだったが、この朝を迎えて納得した筈だ。
「ふわぁぁ、何これ。外まだ真っ暗よねぇ」
「この街はそうなのさ。だからそろそろウチの商売も始まるよ」
「あっ見て、パラム! 向こうから何かゾロゾロやって来るわ」
2人が大通りを見下ろす窓に張り付いて様子を窺っていると、ざっくりと列をつくった一団が通りの向こうから姿を現した。
「あぁ、あれだね。今日ウチが扱う連中だ」
「まだ、暗くて良く見えないわね」
「パラム! そんなに身を乗り出したら私が全然見えないわ」
「あぁ、ごめんなさい。うん、近付いてきて少し様子が分かるように……。あらっ、思ったより皆身綺麗ね。やっぱり商品には気を使ってるのかしら」
「本当ね。これから奴隷に売られるとは思えない」
「奴隷じゃないからね」
「そう、奴隷じゃない……。えぇぇっ! 奴隷じゃないのかい?」
ぽろりとカチュアの口からこぼれた言葉に思わずパラメニィの声が半オクターブほど高くなった。
「でも【人買い】だって」
「アチキ等の故郷じゃ、人材斡旋業を【人買い】って呼ぶのさ」
「逃がさないとか、売るとか、そんな事ばっかり言ってたのに」
エネレィシェも納得できずに少し鼻を膨らませて詰問口調だ。
「アチキ等、道中で困ってるのが居たらよく拾ってくんだけど。だいぶ前に保護した女の子が、ふらふら馬車を離れてね。探してる間に襲われてそれは酷い目に遭ったのさ。あれ以来脅しつけてでもふらふらさせない様にしてるのさ。アンタ等、どうも浮世離れして危なっかしく思えたんだろうね。ジャンガも念を入れて脅しに掛かったみたいだよ」
「はぁ、それじゃ【人買い】っていうのもわざと」
「あぁ、地元の言葉で喋ってたらいつの間にか【人買いジャンガ】が渾名になっちまったからね。知らぬ者を脅すのにも便利だし」
「なるほどねぇ」
「でもね、ジャンガはアンタ等に期待してんだよ」
「期待?」
「そうさ。この辺りの斡旋料は相場が低くてね、扱うのはほとんど食い詰め者だからそれなりに面倒も見てやらないと駄目で掛かりも馬鹿にならない。それでお足が出ちまう事も多くて、大変なのさ。でもなんとか続けてかないと食い詰め者の行き場が無くなっちまう。アンタ等を貴族にでも斡旋出来ればかなりの上がりが見込めるからね。それがあれば一息ついて、やっていけそうだってね」
「へぇ、それはそれは。ご期待に沿わないと不幸になる人が沢山出そうと言う脅しなのかしら。怖いわねぇ、エノル」
「そう取ってもらっても構わないよ。まぁジャンガは絶対に言わないだろうから、脅しって言うよりアチキからの頼みになるかな」
「でもねぇ。あくどい奴隷商人ならそれなりの伝手も持ってるのだろうけど巷の斡旋業者に貴族や大金持ちとの繋がりなんて無いんじゃないのかしら。昨夜女将さんが何言ってるか分からなかったけど、これでようやく分かった。私達に見合った斡旋先を見つけるのは貴方達じゃ無理って言われてたのよね、あれって」
「…………」
「ねぇ、パラム。カチュアさんも難しいのは分かって言ってるのだろうし、ジャンガさんだって難しくても頑張るつもりなんだと思うわ。悪い人達じゃなさそうだし、無下にせずに当分は様子見でもいいのじゃない?」
「ふぅ、そうね。エノルがそれでいいのなら私は構わないけれど」
ジャンガが本当に悪辣な奴隷商人だったとしても恐れて言いなりになる積りなぞ毛頭無く、その場の対応で適当に切り抜けてしまう気だった2人だ。
斡旋業継続のために意に染まぬ相手先に身を置く事になったとしても、単に相手が変わるだけの話だから悩む必要も無い。
パラメニィにしても変に偽悪ぶったジャンガの態度が気に喰わないだけで、文句の1つも言えばすっきりしてしまうのかも知れない。
*
「やったぜ! 男爵家のコネが転がり込んで来やがった。格上の家からもらった年上女房が死んじまったから肩の凝らねえキレイな後添えを探してるそうだ。景気の良い家らしいから、上手く行きゃあエノルの事も売り込めるかもな。さぁ早速、目指すはアムメッテ男爵領だ!」
この街での人材斡旋はその朝のうちに片付いて、ジャンガはすぐにエナレィシェ達の斡旋先を探して走り回り出した。
安い部屋で良いと、2人も格下の宿に移ってジャンガの連絡を待っていたところだ。
2人共に斡旋の条件をつけていないからどんな話が来るかはジャンガ次第だった。
もちろんパラメニィには後添いに入る気なぞこれっぽちも無いのだが、別にジャンガに断わる積りはない。
武闘派の伯爵家などなら実力も伯仲するだろうが、男爵如きはパラメィニの相手にもならない。
ジャンガ達が斡旋料さえ手に入れれば、後は『どうにかなるさ』と思っているに違いない。
明日もよろしくお願いします!




