第三挿話 亡国の小公女 7話 めざめ
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「むむぅぅぁ」
今まで全く反応が無かったパラメニィが唸り声を上げた。
【人買い】と言う男が傍に居るので反応に困る。
「おっ、目が覚めそうじゃないか。お前さんの方が素材は良いんだが、何せまだ色気の出る年じゃねぇからな。そのお姐ちゃんなら文句なしに右から左に買い手が付くんだが、運んでも何の反応も無くて心配してたんだ」
そうか、【人買い】の目から見ると自分達はそんな風に見えてるんだなと思う。
パラメニィがほぼ死んでいた事を言ったところで意味がないので別の事を訊いてみる。
「ねぇ、この馬車はどこに向かってるの?」
「ふむ。教えたところでお前さんにゃどうにもならんがな。今はナクラ西部の山地を下ってる所でな、山を完全に下りきったトコでウチの者等と待ち合わせだ。俺あ国境直近の鉱山に飯炊き女を2人ばかり売って来たところで運よくお前さん達を拾ったって事よ。他の売り物はウチの奴等が連れて来るから、景気の具合を見て商売する街を決めようって算段だぜ」
「ふぅん。ご飯を炊く女が売れるのね」
「お前さんは知らねぇんだな。飯も作るが僅かな金で男の相手もするのを飯炊き女って言うんだ。おっと、心配はいらねぇ。お前さん達ならそんな売り方はしねぇよ。大金持ちか貴族相手に妾として売る事になるだろうから安心してていいぞ」
話を聴いて眉を顰めたのを『妾』の一言で安心させようとするのが【人買い】の常識なのだ。
そんな世界がある事も薄々は知っていたエナレィシェだが、こんな所で現実に関係者に出会うとは思わなかった。
今はまだ自分には何も判断できない。
【飯炊き女】も【妾】も個人的には触れたくもない事実だが、世の中に必要とされているから存在しているのも分かる。
この男も【必要悪】として許される存在なのか、違法脱法に手を染める悪人なのか。
それは今後の手口を見て判断する必要があるのだろう。
そんな事を考えていると男の視線の陰になるエナレィシェ側のパラメニィの手がピクリと動いた。
気付かれない様に手をずらして指先同士を触れ合わせるとパラメニィの指が指先を軽く撫でた。
先程の呻きの時に気が付いたものの様子が分からないので身動ぎせずにいたのかも知れない。
エナレィシェは意識して明るい声を出した。
「パラム分かる? エノルだよ! 急に気絶して起きなくなったからビックリしちゃったよ。今はね【人買い】さんの馬車なんだけど、山を下りたら私達お妾さんに売られるらしいわ」
「人買いって、なんで?」
パラメニィは寝たまま瞳だけでエナレィシェを見詰めて話す。
生創系魔法がごっそり魔力を吸い上げた分彼女の身体は完璧に回復している筈なので、まだ様子見の演技中という事なのだろう。
「おやおや、声も出たねぇ。安心したぜ。俺様は人買いのジャンガ。はじめましてって奴だなぁ、パラムさんよぉ。名前も判った事だし。これで人並に体が動けば誰にも文句は言わせねぇ。ちょっとばかしとうが立っちゃいるが、それを差っ引いても滅多にお目に掛かれねぇ上物だ。商売物に手が出せねえのが残念で仕方ねぇってもんだよ。こりゃあ、いい商いになる。安心しな。どこぞの貴族様かなんか、良い男を見繕って売ってやるからよ」
目覚めたのが分かって【人買い】が話しかけてきた。
皮算用が無駄にならずにご機嫌な様子だ。
「あぁそうだ。連れが目覚めたからって、逃げ出そうなんて了見は起こさない方がいいぜ。後の扉の外に2人、御者台の方にも2人見張りが付いててアリの抜け出る隙間もないからよ。俺達ゃ手荒な事はしたかねぇからよ、大人しく売られるのを待ってるがいいぜ」
勝手極まりない言い分だが、彼等にすればこれが常識なのだろう。
パラメニィは半身を起こして手足や背筋を軽く動かし、エナレィシェに軽く微笑んだ。
やはり体に異常は無いようだ。
「ほらよっ、パラム! ちゃんと食べて、見た目を大事にしないとな」
エナレィシェが食べているのと同じ大きな塊のパンが放物線を描いてパラメニィの胸元へ飛ぶ。
見た目が基準なのがやはり独特だが、商品と思われている間はそれなりの待遇を受けることができるのらしい。
パンを食べながら2人頷き合ったのは『売り場の手前まではこのままでいい』の確認なのだろう。
馬車は窓も全て閉め切られていて外の様子は全く分からない。
やはり商売柄それなりに手を加えて【積荷】を外から切り離すための工夫などをしてあるようだ。
『今何時?』と訊くと『それが夕餉だ』と返る。
細かな時刻はこの際どうでもいいが大まかな予定はどうなっているのか。
『今日はどこかに泊まるの?』には『いいや。こんな所に宿はねぇ』
『じゃあ野宿なの?』『もうしばらく進んで馬車を停めてこのまま眠るんだ』
『御者や見張りの人達は?』『いつも通り今の席で毛布を被って寝るよ』
『この馬車はどこまで行くの』
『明日の夕方にはウチの連中との待ち合わせ場所の街に着くぜ』
『その後は景気の良さそうな街に私達を売りに行くのよね』
『あぁ、そうだ。待ち合わせの街は手持ちの売れ残りを売りに行くんで、お前等を買うような客は居ねぇからな』
『ふぅぅん』
普通の感性ならば人の事を【売れ残り】扱いは酷いと思うが、それが商品なら当たり前のことなので気にしてもしようがない。
要は普通の値段で買い手の付かない【商品】が特売されるのを待つ者が居る場所がこれから行く街で、そこに富裕層や貴族は立ち入らないと言うことだ。
その街で売られる事はなさそうだから、宿でゆっくり休めるかも知れない。
やがて、『どぉぉぅ!』と御者らしい声が聞こえて馬車が止まった。
「さぁ、朝までここで過ごすんだ。お前さん等は起きたばかりで眠くないかも知れんが、大人しくしてるんだぞ」
「用足しに出たいんだけど駄目かしら」
初めてパラメニィが自分から話したのはエナレィシェが言い難いと思ったからか。
「そりゃあ、ごもっともだ。おい、カチュア! 女2人用足しだ!」
「あいよ!」
「ついてくのは女の見張り1人だけだが、他の見張りが遠巻きにするからな」
「真夜中の山で逃げたりしないわ」
「あぁそれでいい。女は素直なのが一番だ」
*
待ち合わせとやらの街に着いたのは次の日の夕暮時だった。
馬車を降りたのが宿屋の前で、用足し以外はずっと馬車の中だったからここまでの経路も土地柄も見ずにここへ着いた。
宿の周りはとても繁華で人通りが多いが、その雰囲気は上品とは言えない。
街往く人々とお店者の会話もあけすけに猥雑で、中にはエナレィシェには意味が解らない語句も少なくない。
人々の表情には活力が漏れ出ていて景気の良さが覗えるが、探究者の姿は見えないので魔窟の街ではないだろう。
人々が真っ当な堅気と異なる山師的な印象で少し下卑た風情を醸し出しているが、その辺りの世情に疎い2人にはそれ以上の事は推し量れない。
「ここは銀鉱の街だ。鉱脈自体はかなり掘り尽されてるが、まだ街の奴等が食べてくだけの量は出る。とは言え、贅沢が出来る量じゃないんだが、皆ぁ昔の景気が忘れられずに夢を追い続けてる。だからちょっとばかし量を掘り出すと、酒や女に注ぎ込んじまう奴が多い。まぁ、うちの【売れ残り】もそんなのが狙い目で売り出すんだがな……」
訊いてもいないのにジャンガが語り出したのは2人の目の『???』を見透かしての事だろうが、もう充分と思っても話は止まらない。
蘊蓄を垂れ流す相手を探すにはまだ若いように思えるけれど、きっと年に関わらず元々そんな性分なのに違いない。
明日もお待ちしております♪




