第三挿話 亡国の小公女 6話 カンパイ
本日もお読みいただきありがとうございます。
ギルマルトは困惑していた。
エナレィシェ公女の行方が掴めないのだ。
盟友ジュリアム・ヴァインストックはギルマルトと同じく公女の婿候補と噂された人物で、ヴァインストック伯爵家は偵察や諜報に長けた家門として公国中枢に知られている。
実際ジュリアムも前線の戦闘指揮ではなく偵察部隊の地域統括者として戦線に参加しており、遠方の独自調査が困難なギルマルトは彼にナクラ公国へ山岳越えの経路で向かったと思われるエナレィシェ公女について相談を持ち掛けていた。
その結果、国境山岳地帯で子飼いの使用人達と共にナクラの警備部隊に捕捉されナクラ側山麓の後方陣地に移送されたのはほぼ確実で、その際の事故で崖下に乳母と共に転落したのもほぼ間違いない。
断崖絶壁と呼ぶにふさわしい地形で『落ちれば死を免れぬのは火を見るより明らか』との事だが、王族級の公女がその事故で命を落とす可能性は極めて低いと思われた。
ナクラ軍ではそれが公女一行とは露も知らずに、戦時下に収容された一般異邦人の事故として碌な捜索もせずに済ませたらしいが、ジュリアムの配下が崖下を捜索しても2名の遺体は発見されず、その後の行方が杳として知れないのだ。
「一体全体、どこへ消えてしまったんだろうね。我等が公女様は?」
「お前の配下が見つけられないなら他の誰にも手の打ちようがないが。まぁ遺体が見つからなかったのが唯一の収獲だな」
「その中途半端な皮肉は真摯に受け止めさせてもらうが。うむ、少なくとも2人のうちどちらかが活動可能な状態で生き残った可能性は高い。能力からすればエナレィシェ様だと思われるが、あの性格だから『我が身を捨てて』等と言う事があり得ない訳でもない」
「そうだな。俺もそれが唯一の気掛かりだが、我々としては少なくともエナレィシェ様が無事である事を信じて活動を続けるしかない」
「ふむ。王族級の公女様だけでなく、乳母のパラメニィさんも子爵級越えの勇士だ。どちらかが無事ならば少なくとも一般兵の小隊程度なら歯牙にも掛けないからな。端から高位貴族目当ての特殊部隊が派遣されたと言う情報すら無い以上、拉致されたり何かを強要される可能性はそう高くないだろう」
「あぁ、国境付近で捕まったのは使用人達を庇ってに決まっている。彼等と切り離されれば遠慮は要らない。もし2人共無事なら我々クラスを集めた部隊が必要だが、そんな物は王国の親衛隊以外には存在せんな」
「ならば、自発であろうがなかろうが彼女等の意に染まない動きは排除して考えた方が良さそうだ。まず、とにかく避けたいのはセムリ公の配下やカンジュ中枢の手の者に発見される事だろう」
「おそらく当初の目論見は、身分を隠して逃げ延びてアルテ王国へ亡命する事だった筈。使用人達の足枷が外れたなら元の方針へ戻るのが普通だな……となると、潜伏か逃避行だが、そこが全く分からん」
「同じく。そこのところは崖下以降の状況次第でどちらにも傾いてしまうが、滅多に人が立ち入らぬ場所で当時の状況を知る術がないのだ」
無事昼間の任務を終えて陣営で2人遅い夕餉を兼ねての作戦会議だが、お互いに頭の整理は出来たものの何ら新たな進展は得られない。
折しもカンジュ大公国の攻略に目途が立ち次第ナクラ公国へ進攻する方針が発表されたばかりで、ジュリアムはナクラへの先乗り諜報活動に手を挙げた。
カンジュはともかくナクラとは全く敵対関係になかった筈で、そこへの進攻が妥当かどうかについてはかなりの疑問が残るが、少なくともエナレィシェ公女の捜索はかなりし易くなる。
セムリ公も表立って高位貴族に公女排除の意思を気取られる訳にはいかないので--表立たないところでは誰もが感付いてはいるが--ヴァインストック家にも公女に関する指令や要求は一切出されていない。
セムリ公子飼いの者達がその任に当たっているはずだが、少なくともそれらの者達に遅れを取っていない事だけは断言できる。
当面は進攻の為の諜報活動と並行して秘密裏に公女の情報を当る事になるが、セムリの裏耳目を自認するヴァインストック家にとってそれ自体困難な行為ではない。
但しその成果については公女の動き次第な面が否めず、盟友ギルマルト・ビアストールにさえ確約出来ないのが辛いところなのだ。
*
「なぁ、マシュニット」
「どうした?」
ギルマルトとジュリアムが夕餉の席で話し込んでいた頃、テンラァト・エピウズ男爵とマシュニット・グラァエン男爵も2人で食卓を囲んでいた。
いつもはギルマルトをはさんで3人、陽気に過ごす夕餉時も少ししんみりした雰囲気だ。
「俺達の若様だが、やはり公女様に未練があるのかな。いまだに『公女様は幸せになってほしい』って追いかけてるのは」
「未練って言うのは違う気がするな」
「ん? どう違うんだ」
「ギルマルト様は公女様に幸せになってもらいたいだけだと思うぞ」
「だから見つけ出して自分が幸せにしたいんじゃないのか」
「いや、その『自分が』ってトコが違うんだろ。先代公が亡くなって婚約が立ち消えに成った。その後シャフィメン侯爵令嬢との婚姻を受けた時から、その『自分』はきっとどっかに消えてしまったんだろう」
「あぁ、それで『幸せになってほしい』だけがずっと残ってるんだな」
「そうだ。あれは、ある意味厄介だよな。『自分が』さえ付いてれば、振られてしまえばそこでお終いなんだが。『自分』が消えてしまった若様にとっては公女様が幸せになったと納得できない限り終わりが来ないんだからな」
「それって、もし今回見つからなかったらずっと探し続けるって事だよな」
「そうなるだろうな」
「大変だな」
「うむ。大変なんだ」
*
「テンラァト! マシュニット! いよいよナクラ公国への進撃開始だ。父上に先鋒の許可を戴いたから、ナクラの防衛線を破って一気に突き進むぞ!」
「はぁぁ。ここでも掟破りの猪突猛進ですか」
「いゃあ、つくづく敵が可哀想ですなぁ」
「何を言ってる。早く準備をしないか。明日一番だぞ!」
「「はいはい」」
大公国と公国、5国が集まったこの地域だけでなく、戦いの序盤は下級貴族率いる一般兵部隊で攻勢された前線同士の小競り合いから始まるのが定石だ。
アシュバ・セムリ連合軍の快進撃が続いたのは、その常識を覆して序盤に高位貴族部隊を配して前線突破の後に各個挟撃と言う【非常識】な作戦を取ったからでもある。
それでもアシュバ軍の最高戦力は伯爵級なのだ。
王国になれない国々の中で公爵級近いギルマルトは確実に主将レベルの戦力で、その突進を止めるには最低でも伯爵級数名を繰り出す必要がある。
しかもその側には男爵でありながら伯爵級の力を持つ2人が付き従っているのだから、無理をすれば前線から敵の本拠地まで一気に駆け抜けてしまいかねない。
それをしないのは3人以外の部隊構成員が遅れるし、他の部隊が全くついて来れないからだ。
いくら突出できたところで、それを維持する戦力が伴っていなければ元の木阿弥で全て徒労に終わりかねない。
それを知りながらギルマルトが先頭に立って前線を押し上げ続けているのは、エナレィシェ公女の情報を真っ先に把握するために他ならない。
実際カンジュではそうして情報を得、公女との邂逅間一髪のところまで迫った実績もある。
カンジュ大公国侵攻が前線突破の後から勝利確定となるまでの期間、公女がナクラに向かったらしいと知りながら、盟友ジュリアムの諜報部隊に任せざるを得なかったのがとにかく間怠こしくて仕方なかったのだろう。
結果がどう転ぶかは別にして、自ら動ける局面に至ったのに気が弾んでいるらしい。
「おい。ありゃあ、きっと寝付けんに違いない」
「そうだなぁ。戦準備の前に酒の準備が要る」
自分達の主の事は良く分かっている。
「ギルマルト様! 景気付けに駆けつけ10杯ほど行っちゃいましょうぜ!」
「おぉお、気が利くな。景気付けならぐいっと甕ごといくぞ!」
「はい!」
「「「乾杯!」」」
明日もよろしくお願いします!




