第三挿話 亡国の小公女 5話 ダイジョウブ?
今日もよろしくお願いします。
荷台の上で転げたパラメニィが咄嗟の受け身からパンっと姿勢低く身構えたのはさすがだが、他の使用人達は荷台の隅に折り重なって呻きを上げている。
「おぉぉおぉい! 大丈夫かぁ!」
荷台の後ろで後退の馬を牽いていた御者が路肩から崖下を覗いて大声を掛けている。
横にいる衛士も無事だから落ちたとしたら別の者、御者席の向こう側だろう。
使用人達は転がされた身体を擦りながら荷台の囲い越しに谷底を覗き込んでいるが、エナレィシェはパラメニィへ頷き、2人立ち上がって御者台の背板の向こうを見下ろした。
そこには馬が1頭倒れており、騎乗していた筈の衛士の姿が見えない。
馬の横には一抱え以上もある大きな石があって、馬の首が変な方向に折れ曲がっている。
どうも崖の上から転がり落ちた大石が馬の首を直撃したようだ。
荷馬車に衝突したのは大石にぶっ倒された馬体で、衛士がその衝撃で崖下に投げ出された……そんな推量が脳裏で再生される。
『それは良いけど。あっちの方が危ないわね』
「危ないわよ! そんなに覗き込まないで後ろに下がりなさい」
パラメニィが5人がしがみ付いている荷台の囲いの方へ移動しながらきつく注意を呼び掛けるが、夢中な彼等は気付かない。
その時、『ガタムッ』と再度衝撃が馬車を襲った。
さっきの騒動でずれた荷馬車の車輪が路肩から外れ落ちたのだ。
車輪がずれ落ちただけだから馬車は無事だが、一番大きく身を乗り出していた小間使いが荷台から放り出された。
悲鳴も上げれずに馬車から飛び出す彼女にパラメニィが飛び付いて、その体を荷台の真ん中へ投げ戻す。
その試みは成功したが、その勢いでパラメニィが荷台の囲いを越えて背中から谷底へ落ちて行った。
「パラメニィ!」
エナレィシェはまだ御者台越しの様子を見ていて、振り返ったのは衝撃が走った瞬間。
目に映る光景を理解した時にはパラメニィが落ちていく最中で魔法の発動は全く間に合わなかった。
叫んだ後に躊躇なく荷台を駆けて崖へと飛び込むエナレィシェ。
自殺行為ではない、彼女は飛べるのだから。
そこに問題は無いが、飛んで追いかけても間に合わないものは間に合わないのだ。
そこに残った全ての人の目には、2人が続けざまに馬車から放り出されたように見えただろう。
放り出された軌跡と飛翔の動線の違いが判る技量の持ち主はここには居ない。
只、数人だけに分かっていたのは先に馬から転げ落ちた衛士と後の2人では結果が全く違うという事だ。
先の衛士は崖を転がってどこか近くで引っ掛かっているだろうが、後の2人はまさに墜落そのものでなまじの魔法が使えたとしても気休めにもならない。
そう、崖を転がるのならとにかく飛び出て見えない所まで落ちたとすれば、浮遊程度の魔法では到底助からない。
ここで言う飛翔や浮遊は後世での自由自在な魔法ではなく、この時代の呪文や陣図に縛られた不自由な魔法なのだから。
魔法を発動するまでに半分以上を落ちてしまえば、そこからの加速度を相殺するだけの浮遊では意味が無く、加減速が出来る飛翔が必要なのだ。
そういう意味で後から落ちた女性2名は誰が考えても助からないのだ。
そこに王族が居るなら話は別だが。
*
崖に飛び出たエナレィシェは飛翔の加速でパラメニィを追おうとしたが発動後では間に合わない事に気付いた。
無理に追いつこうとすれば減速が間に合わずにエナレィシェがパラメニィと地面に激突してしまう。
パラメニィは子爵級を超えているので浮遊が使える。
むざむざ自由落下で地面まで落ちて行くとは思えない。
浮遊で途中からでも速度が増えなければ即死を免れる可能性はあるのだ。
制御可能なぎりぎりの速度でほぼ垂直に切り立った崖の際を急降下して行く。
数十メートル手前で崖下に横たわるパラメニィの姿を確認する。
残るコンマ数秒を祈る様な気持ちで飛翔び、急制動で何とかその横に降り立った。
手足が変な方向に捻じ曲がっているのは目視で分かっている。
息か脈はあるのか。
無くても試す!
王族級の生創系をありったけの魔力で発動する。
末端の手足や骨盤の捻じれやズレは簡単に整形されるが本来はそれだけでも伯爵級では届かない魔力が必要だ。
『命を削ってもいい!』
これまで籠めた事の無い思いの全てが魔力になれとばかりに生創系へ魔力を注ぎ込む。
襲って来たのは脳裏を埋める無彩色の塵灰。
意識が朦朧とするのは覚悟のうちにも入らない。
知覚の全てを覆い尽した塵芥をものともしない意志の力が最後の一滴を振り絞った瞬間、『ゴボァ』っとパラメニィの口から血が吹き上がった。
朧に霞む認識がパラメニィの蘇生を理解してエナレィシェの頬が笑顔を形造る。
笑みを浮かべたまま、パラメニィの横にヅァサっと倒れ込んだ。
エナレィシェの生創系魔法で身体機能は完全復活しているが未だ意識が戻らないパラメニィ。
飛翔に生創系と王族級魔法の連発で完全な魔力枯渇に陥ったエナレィシェ。
2人の意識がいつ戻るのかは『神のみぞ知る』としか言い様がない。
*
「うぅぅうぅぅむぅぁむん」
「やっと目覚めたかぁ?! 中々起きないから心配したぞ」
「へぇぇ? ここはどこ?」
「おぉ、こりゃ俺の馬車ん中だ。昨日お前等を拾ってな。こりゃいい商売になるって、積んでくところだ」
「いい商売?」
「あぁ、俺ぁ人買いが仕事だからな。お前等2人ともおれの最高の商品になるんでよ。そりゃあ、いい商売になるに決まってるぞ。あぁ、言っとくが。こうして俺が拾った以上、もうお前等は俺の物だからな。逃げ出そうなんて考えんじゃねぇぞ! まぁ精々いい売り先を見つけてやるから心配すんな。俺あ良心的な人買いだって仲間内じゃあ有名なんだからよ!」
魔力枯渇から回復し気がついたものの、ここがどこでいったい何が起きているのか、想像もつかない状況にエナレィシェの目が点になっている。
『先に目覚めたのが私で良かった』と思ったのは、パラメニィなら男の言い分を聞いた瞬間に【鉄拳制裁】を行使するのが目に見えているからだ。。
分厚い絨毯の上に並んで寝転がされていた様で、意識の戻らないパラメニィがすぐそばに横たわっている。
規則正しい呼吸を感じてほっとする。
生創系はしっかり効いたようで、体のどこにも不具合は見られない。
気持ちが落ち着いた途端に『クユゥゥゥゥ』とエナレィシェのお腹が鳴った。
「ほらっよ!」
男が大きな塊のパンを放って寄越す。
『あぁそうか。見つけて丸一日寝てた訳だから目覚めれば食事が必要なのは当然なんだ』と分かるけれど、余計な事を言わずに放られたパンに何だか親しみを感じて『根っから悪い人じゃなさそうね』などと甘いことを考えてしまう。
とにかく食欲を満たすのが先決と、受け止めたパンに齧り付いたエナレィシェにミルクの入ったカップが差し出された。
『やっぱり優しいのか』と考えて目線を上げると、交わった視線の先の男の目が冷たく無機質に光った。
『あれれぇ。そうか。大事な商品だから餌もたっぷりって事も考えられるのよね』
どちらにしろ、エナレィシェの魔力、パラメニィの武技、どれをとっても太刀打ちできるようには見えない。
崖の上に残った5人は正体がバレても命に危険が及ぶようなことはないだろうし、2人とも死んだものと思われたまま移動できるなら、この【人買い】に連れられて行くのも悪くないのかも知れない。
パラメニィさえ回復すれば、いざとなったらいつでも倒せる相手なのだから。
明日もお待ちしております。




