第三挿話 亡国の小公女 4話 トオゲ
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「貴様等! こんな所で何をしているんだ」
反応が無い大樹下の一向に痺れを切らしたように兵装の1人が声を掛けてくる。
騎士の下でこの小隊を預かる下士官だろうが、パラメニィにすれば隙だらけの素人同然で何とでもなる相手にすぎない。
闘い自体はどうにでもなるにしても後が続かないのが辛いところで、ここで騒ぎを起こしては傍で寝ている5人を守って延々と闘い続ける羽目になるだろう。
呼び掛けに驚いたように若い小間使いがビクリと反応して目を開けた。
眠る前も騒げる状況でなかったのを憶えていたのかは分からないが、大人しく目だけで探したパラメニィが見つかって安心した様子だ。
2時間以上は眠れた筈なので多少は疲れも取れているだろう。
エナレィシェが傍によって耳打ちをすると、2人手分けして残り4人を起こしに掛かる。
全員がパラメニィの周りに集まったので『降参するよ』と囁き、全員が頷いたのを見て両手を挙げて立ち上がった。
「怪しい者ではありません! 抵抗はしませんので手荒な事は勘弁願います!」
パラメニィの科白に釣られる様に全員が諸手を上げて立ち上がる。
その様子を見て木立ちの陰から遠巻きにしていた兵士達が姿を現した。
「それでは返事になっておらん! どこの誰で、何をしているのかを答えないか!」
「あっ、はいぃ。我々はセムリの商家の家族と使用人です。カンジュとの細々とした交易を生業としておりまして、山麓の町に店を出しておりました。昨夕、店の表が騒がしくなりまして奥に引き籠りましたところ、主人や店の者達が捕まえられてしまいました。大慌てで奥の者だけで逃げ出して山に隠れようとしましたが、すぐに山狩りに遭いまして、逃れるうちに道に迷い今ここに居ります。昨夜から山中を彷徨って皆疲れ果てておりますので保護していただければ有難いです」
こんな時の為に口裏合わせの筋書きを用意して全員で共有している。
もちろん誰もが完璧に演じ切るのは難しいことも重々承知だが、当初だけでも破綻しなければ御の字だろう。
「保護の約束は出来んが、陣営で尋問しなければならんので連行する。大人しくしておれば手荒な真似はせんから安心するがいい」
「はい。只、何人かが足を痛めてまともに歩けない状態なので、お急ぎなら手を貸していただければ助かるのですが」
「何を甘えておるか。見れば皆五体満足ではないか。それしきの無理も出来ぬなら、この場で歩けぬ体にしてやろうかぁ!」
「ははぁ、滅相も無い。申し訳ございません! 皆ぁ、少しの辛抱よ。頑張りましょう」
疲労困憊を演じているエナレィシェも皆に合わせて無言で頷いた。
*
部隊の責任者は準男爵だろうか。
現場対応の判断は任されていても決裁権は無いらしく、パラメニィの話を聴いて即決で後方陣地への移送を決めた。
徒歩3時間程との事だが、それだけの距離を今歩くのは難しいと説明すると『補給物資の荷馬車を返すところだからそれに乗って行け』と案外に優しいところを見せてくれた。
馬車ならおそらく2時間程度、それならば簡単な聴取を受けても日付が変わらない内に留置所に放り込まれる筈だ。
女性一纏めならその時にエナレィシェと今後のことも話せるだろう。
大事な物資を運ぶものだけに粗雑な造りだがそれなりに清潔な荷台にほっとした様で、ここまで気を張っていたパラメニィも馬車の揺れに引きずり込まれる様に睡魔に落ちた。
まだ疲れがとれていなかったらしく使用人達も次々と眠り始める。
エナレィシェは先程の休息で僅かな疲れも抜けてしまったが、成長期の身体が空腹を訴えだした。
昼は干し肉や乾燥果実を口にしながら歩いたのだが、夕餉時に皆が寝入ったので食べず仕舞いだった。
それぞれの背嚢や手荷物は没収されずに一纏めに御者席に積み上げられたが検めが済むまでは手元に戻らないようで今は何もない。
『今夜は我慢できるけど、明日には何か食べられるだろうか』などとずいぶん気楽な事を考えてながら荷台の周りに目を配る。
荷が前へ崩れないように業者席の背板は高くなっていて、前方は見通せない。
左右と後方は低く囲われているだけだが、それぞれ騎馬の衛士が同行している。
騎乗してはいるが、騎士爵ではなくて一般兵から選ばれた衛士のようだ。
御者席の男も一般兵のようだったが、輜重部隊ならともかく荷馬車1台の輸送を貴族が担うことはまずないから、これはまぁ妥当な人事なのだろう。
ただ、まだ調べが済んでいない虜囚の移送を任せたのは明らかに判断ミスのような気もする。
エナレィシェには軍事の経験が無いので判断が付かないのだが、パラメニィはどう思うのだろう。
荷馬車が峠の隘路に差し掛かった。
急斜面に拓かれた道は馬車1台ギリギリとまではいかないものの騎馬が並んで進む幅は無く、左右の衛士は馬車の前に出た。
所々にすれ違いのために幅員を拡げた場所が設けられているがその間隔が長く、合間で出くわすとバックが苦手な馬車は立往生してしまう。
それを防ぐ為に次のすれ違い場所まで一騎が先行して対向の馬車があれば止めなければならない。
もう一騎居ればその間の状況を説明に戻れるのでより御者も安心できる。
その一騎が駆け戻って来た。
「商隊の馬車が3台、既にこの前方に入り込んでいた。こちらが下がるしかなさそうだ」
「なんだって、こっちが入る前に分からなかったんだ? こっちもかなり来ちまったから戻るのは大変だぞ。相手が3台なら、まぁ仕方ないが」
「済まん! 途中で崩れかけた所があって、その確認に手間が掛かってな。そこは大丈夫だったが、すれ違いの場所まで行くのが遅れてしまったんだ」
「さぁて! 一苦労だぞぉ、こりゃぁ」
本来後ろ向きに進む事を考えて作られていないので、馬車を後退させる時に方向を定めるのはかなり難しい。
前の馬を軛から外して留め具一式を取り去ったらしく、それを抱えた御者が馬車の横を抜けて後ろ側へ回る。
後ろの騎馬にハーネスを取り付けて、後ろ側に軛はないので荷台の枠の金具に結び付けたようだ。
後方の衛士と2人で馬を牽いて慎重に馬車を後退させて行く。
万一の事を考えればエナレィシェ達も荷台から降りておく方が安全なのだが、指示や許可が無い以上勝手な事はできない。
厄介事ではあるものの騒ぎになっている訳では無いので、パラメニィはじめ荷台の面々はまだ眠りの中にいる。
「どうも申し訳ありませんねぇ! うちの先触れは徒歩なんで間に合いませんでして」
ようやく真面に後退し始めたところへ、向こうから来た馬車が追い付いて来た。
先頭の御者がこっちへ大声で詫びを入れたのが耳に飛び込んだらしく、荷台の面々の寝惚け眼が開いた。
『何かあったのですか』と問うパラメニィに『隘路で向こうから来る馬車に遭ってね、すれ違い場所まで下がっているところよ。心配要らないから寝てて大丈夫』と答えたのが届き、安心したらしく全員また目を閉じる。
「こんな時期に商売もないだろうが、何を商いに行くのだ?」
「はい。砦の改修に建材が不足していると騎士団からの要請で山向こうまで板材の買い付けに参ります」
「おぉ、成程な。それは今ならではの大事な用件ではないか、しっかり安価で仕入れてきてくれよ」
「はい。このところ軍の増築改修が相継いで建材が高騰しましたので、とうとう山を越える事になってしまいましてね。不慣れな道で、皆さんにもご迷惑をお掛けしました」
「うむ、そういう事か。それならば仕方ない。そちらが謝ることでは無いぞ」
衛士と商人の会話を聞き流しながら『私も少し休んでおこうかしら』と首を垂れたエナレィシェの腰を荷台の床が『ドァワム!』と突き上げる。
荷馬車が大きく傾いて寝入っていた皆の身体がズレ転がる。
『ぐわぁぁぁ!』と馬車の外から絶叫が届いた。
明日もよろしくお願いします。




