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第三章 海路の探究少女  24話 ねらいうち

今日もお読みいただきありがとうございます。

「アルテの官僚たるこのヒェロゥム・スァンズが内密に行う使命を強引に明らかにさせようとし、それを拒めば使命の遂行を阻止する。それが個人でなく、船会社の総意であるとはなぁ。これは経営の根幹を揺るがす大事件となるぞ」


 言葉を失った航海士をしゃに見下して意気上がるスァンズ氏の後ろから気の抜けた声が掛かった。


「ちょっと邪魔なんだけど。退いてくれないかなぁ」

「何を?! むっ、何だ子供か。今は大事な話の最中だ。脇を通ればいいだろうが」

「なんだい、偉そうに。僕はこの船に船賃を払って乗っているお客様なんだ。見かけない顔だけど、ちゃんと船賃は払ってるのかい?」

「いや、私は別件でここに来ているのだ」

「じゃあ、僕の方が真ん中を通る権利がある。退いた退いた!」

「何を言うか! 子供だと思って甘い顔をすれば言いたい放題。これはしつけが要るようだな。君、私が許すから、この生意気な子供を懲らしめてやりなさい」

「はっ!」


 スァンズ氏が連れの男に声を掛ける。

ナビゲータにしてはずいぶん屈強な体格だと思ったら、どうやらボディーガード兼任みたい。

屈強と言ってもイクァドラット総統府の警備員達ほどじゃなくて普通の人に較べたらの話で、たぶん例の手紙に書かれてた【やられ役】まで兼ねてるからそこまで強そうだと信憑性が無くなるからかも知れない。

もちろん普通の子供相手には充分過ぎるくらいの強面こわもてなのだけど、本当に子供相手に乱暴する積りなのかしら。

その子は堂々と胸を張ってスァンズ氏を見上げていて、迫って来る【やられ役】のナビゲータなぞ歯牙にかける風もない。

ナビゲータが無造作に襟首を掴みに来た左腕の手首を取るとそれだけでナビゲータの顔が苦痛に歪む。

力任せに振り解こうとするのを、その引きに乗った少年の右ひざがみぞおちに決まってナビゲータが悶絶してしまった。

何が起きたのかも解らないスァンズ氏に少年が近寄って『ほぉらぁ、退いてくれないと貴男も酷い目に遭うかもね』とにんまり笑って見せる。

痩身長躯から見下ろす瞳に未知へのおののきを浮べてその笑顔を見下ろす表情から先程までの不遜の色は消え去る。

年端もいかない子供が彼の一番苦手とする【暴力】の使い手だとは露も知らず、関わってしまった事への後悔が滲み出した。

男子が微笑みを真顔に変えて話を続ける。


「アルテの官僚って言った? それって多分資格を持ってるお役人の事だよね。役人にも色々あるけど上から何番目くらいなの? ちなみに僕の姓はクラムザッツでね。父親はイクァドラットの総統なんだ。ほとんど大した権限も無いお飾りみたいな役職だっていつも自分で言ってるけど、アルテの官僚とどっちが偉いんだろうね。僕のことを手下に襲わせようとしたって、父に言ったら多分アルテに猛烈に抗議するんだろうなぁ。でも偉そうにしてる官僚様は総統ごときの抗議なんてビクともしないんだろう」


 顔に浮かんだ軽い後悔が大きな驚愕へと塗り替えられ、目に浮かぶ慄きは悲観へと色を増しつつある。


「この船会社ってずいぶん大きくて立派なところだって父が言ってたけど、そんな会社でもお役人は怖いんだね。でもさ、知ってると思うけれどイクァドラットの役人は全然違うんだよ。父もイクァドラットに大きな船会社が来て欲しいってね、かなり優遇するような話をしてた。アルテのお役人のせいでアテメアに居づらくなるなら会社ごとイクァドラットへ誘致するように連絡しよう。いやぁ、誰かの責任で優良納税企業が転籍したら、その誰かさんはどんな責任を取るんだろう。ねぇねぇ、愉しみじゃない?」

「これは、これは。クラムザッツ総統のご子息とは思いもよらず失礼いたしました。この度はご遊学でございましょうか。もしもアルテへお越しならばわたくしの伝手で便宜を図らせていただきますので是非ともご用命ください」

「いぇいぇ、お偉いお役人の手を煩わせるなんて後が怖くてとても出来ませんよ。それよりもこれを観て下さいよ。面白いですよ、アルテの官僚ヒェロゥム・スァンズさん」


 少年はもちろんフィリアス、スァンズ氏の眼前に展開した映像はマチアの【幻想】で、彼が命じてナビゲータがフィリアスの首筋を掴みかけたところまでが鮮明に再現されている。

フィリアスがその手首を極めたのはあたしが教えた数少ない技の1つ。

天地流に組み込まれた【合気】の基本技でちゃんと決めれば振り解こうなんて出来ない。

まぁそこが未熟なところだけど、それを利用して膝を蹴り当てたのはチャンク達が教えた武技の成果だね。

あたし等みたいな天地流に相性がいい者と比べるから大して強く見えないだけでチャンク達もちゃんとした探究者だし、それが真剣に教えたフィリアスの武技はかなり進歩している。

そこであたしが【講義】の合間に【合気】を教えたのは体格差をハンデにしない為。

この世界じゃ武技の体系にこの手の技は入っていなくて、個人的に似たような技に辿り着いた者以外にはとっても効果的なのよね。


「これは……」

「うん。スァンズさんの命令で僕が襲われたところだよ。その後僕が無事だったのは運が良かっただけだから、そこは見えなくても良いよね。要はアルテの官僚がイクァドラット総統の息子を襲わせた事実が判ればいい。でぇ、もしさぁ、今後僕や僕の知り合いがアルテの【お役人】から酷い目に遭ったりしたら、この映像がイクァドラットからアルテへ公式に送り届けられる事になると思うんだ」

「……。お知り合い全部に、役人全てですか?」

「そうだね。ちょっと範囲が広すぎるかな」

「はい」

「知り合いはこの船の会社を含めた関係者全員と乗客全員でいいや。お役人はスァンズさんと個人的な面識がある官僚全員だね。だからお友達には確実に根回ししておいてくださいね。お役人は根回しが得意って言うから大丈夫ですよねぇ。今言った僕の【知り合い】には万一何かあればイクァドラット総統府まで連絡するようにちゃんと伝えておくからさ」


 スァンズ氏の面持ちが驚愕や悲観を通り越して絶望に染められた。

官僚的な権威至上の彼の思考からしたらイクァドラットほどの国力を代表する人物に敵対することなんて思いもよらないだろうけど、それを回避するために上司から部下まで知り合い全ての官僚に根回しして回る行為はプライドを粉々にするだろうし、その対価はとんでもない負担になるに違いない。


「あれぇ、どうしたんだぁ。フィリアス」

「あぁ、チャンク師匠。なんだか、お役人と揉めちゃいまして」

「なんだって、大丈夫なのか! って、お前その横に伸びてるのは誰なんだ」

「えっとね。お役人の命令で僕を襲った手下だよ、ティリオ師匠」

「何よ。あんた襲われたの?」

「そうなんですよ、マチア師匠。だから父上に報告しようと思って」

「大丈夫だったの」

「運よく自滅してくれて助かったんです。エノラ先生」

「お前さぁ、弱いんだから無理しちゃ駄目だぞ」

「それで、お役人さんとはどうなってるんだ?」

「えぇ、何か用で来られたみたいですけど、それはもう良いんだと思いますよ。後はねぇ……」


 スァンズ氏に押し付けた条件をもう一度念押しする様にフィリアスがあたし達に話す。

会話に出た名前であたし達がくだんの探究者だと判ったらしいスァンズ氏は高い背丈を縮こますように、消え入りたい風情ね。

そこで打ち合わせていた通り、ティリオが彼に話し掛けた。


「ヒェロゥム・スァンズさんでしたかね。彼と同行している探究者のティリオです、よろしく。実は貴男を有能な官僚とお見受けしてお願いをしたいんですがね」

「はぁ、何ですかな」

「以前同僚のアイベルム・シャムリ氏が調査に来られた【海賊事案】なんですけどね。あれは単に海賊が無作為にこの船を襲っただけのもんじゃ無かったと我々は思っているんですよ。黒幕は別にいて、目的は海賊行為じゃなかったってね」

「ふむ。それで?」

「その黒幕の目的がこのフィリアスや我々のうちの誰かだとしたら、アテメアに着いた後おちおち寝ても居られなくなるんでね。黒幕や目的を見つけ出したいんだが、我々やギルドの目が届かない所も沢山あって、そんな所に詳しいのがまさにお役人だ。もし、この調査に取り組んでくれるなら、フィリアスが出した条件のうち【官僚への根回し】は保留してくれると思うんだ。調査で成果が上がれば取り消しも大丈夫なんじゃないのかな」

「はぁぁ。どうも私ははなから狙いうち・・・・されていたようですな」

「いぇいぇ、とんでもない。貴男が来られることは誰も予想できなかったから、それは無理ですよ」

「この件に関して、私に拒否権はありませんな。お受けするので【保留】についてはくれぐれもよろしくお願いしますぞ」

「大丈夫ですよ。それでは詳細について……」

明日もよろしくお願いします。

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