第三章 海路の探究少女 21話 ありがとう
今週もよろしくお願いします。
あれを虹色と思ったのはきっとあたしの感性がそう感じたかっただけなんだろう。
現実界と全く理の違う冥界というところは多分あたしの五感で認識できるものでは無いのだろうし。
異界への移動を可能にする魔法が強引に開けた風穴は狭く、そこを無理に抜ける抵抗感を不快と感じたのも同じ事よね。
あたしにとっての虹色空間を通る速度はずいぶんゆっくりで『いつ終わりが来るのか見当もつかない』と思いながらも『冥界移動に掛かる時間は滲みながら消え何も無い所に湧き出る、その数瞬だけ』なのを知っているから、焦り等は感じずに済む。
やがてまた現実界へ出現の違和感が訪れて、波の上十数メートルへ出たあたしは落下の間に浮遊を発動し、宙に浮かびながら腕組みをした。
西方向に数キロは移動させられた筈で、可能な限り早く戻らないと船だけじゃなくて皆が危ない。
光刃の刃渡りを最大にしてもクラーケンに致命傷を与える事は出来ないので、あたしが居なければマチアは魔法で対処するしかないんだけど、マチアの魔力でもあの馬鹿でかい体に有効なダメージを与えるのは数回が限度。
あたしが居なきゃ戦闘時間の引き延ばしなんてそうそう出来ないだろうから、クラーケンが交代する時間数回分があたしに与えられた猶予だと思う。
あたしの飛翔は瞬間的なブーストで速さを出す事はできるけど、それを続けるのは苦手なのよね。
あたしが今継続して最速を出せるとしたら空震鯱闘しかないだろう。
さっき船の傍でやった手順を繰り返して海に入り、心をシャチと化して最速を目指す。
取りあえず真東に進みながら【聞く】を広げて、見つけた方向へ転換するしかないかな。
*
時速70キロくらいで8分近く掛かったから10キロ弱はあったんだと思う。
肉眼で船の様子が伺えるココまで戻るのに全部で10分は掛かっていない筈だけど、皆は無事だろうか。
見たところ船は健在なので最悪の事態は起きていないと思いたい。
減速せずに十数秒進むと闘いの様子が間近に見れる。
肩で息するマチアがクラーケンに極致襲雷を放ったところだ。
「お待たせ、マチア! 代わるよ」
「ふぅぅ! 遅いよぅ。もう魔力ギリギリだわ」
轟雷を受けたクラーケンが海中に沈むのを確かめたマチアが甲板に戻りながら指を3本立てたのは3体倒したって事だよね。
『ご苦労様、ゆっくり休んでね』と呟いて空中に浮遊する。
3体は死んじゃったのかな。
魔獣ならどんだけ倒したって罪悪感の欠片も無いんだけど、クラーケンは魔獣じゃなくて動物なのよ。
もし殺し過ぎて繁殖できずに絶滅でもされたら寝覚めが悪くてしようがない。
聞いたところでは巣は他にもあるらしいから、ここであたしが何をしても絶滅はしないって事にしておこう。
遅いながらも船は風下に移動を続けているので、もう【巣】の真上からは外れているだろうけど、まだ警戒圏内なのかクラーケンは追って来る。
今回は【天鳴】に響いてる海底からの接近音がこれまでと違って複数聞こえる。
ひぃふぅみぃで、合計3体。
ひゃあ、大盤振る舞いだねぇ。
こりゃぁ鉢巻を締め直さないと駄目かな。
上がって来たのはこっちの左舷側に1体で、右舷側に2体。
両側に別れて暴れられると厄介だから、姿を現す前にこっちの1体を何とかしなきゃ。
総魔力量は負けるけど、飛翔とかじゃなくて攻撃魔法は苦手じゃない。
盛り上がり掛けた海面ごと絶零凍砲でカチンカチンに凍らせた。
死んではいなくても頭の半分ぐらいが凍ってしまえば、当分身動きできないんじゃない?
結果を見ずに船の上を飛翔び越えるついでに『アレが出て来たら冥界移動でよろしくねぇ!』とティリオに声を掛けておく。
チャンクはいざと云う時頼りにならないのがさっきの誤射で良く分かったもん。
その間に右舷の2体が起こした大瀑布の轟音が止んで、その異容が並び立った。
あたしは身にまとった空震甲冑を最大限に活性化する。
光刃を捻扱突打モードで突き出すと、そのまま飛翔に輸送系のブーストを掛けて左手前の1体へ突っ込んだ。
曲がる事も出来ない鉄砲玉みたいなもんだけど、威力だけは充分。
頭の上部に光刃が穿った表皮の穴を押し拡げて、最大活性の空震甲冑があたしごと突き進んでいく。
それこそ銃弾で打ち抜いたようなもので、まるで深層の甲虫魔獣になったような気分。
反対側から出たあたしは大きく旋回してもう1体を目指す。
横目に映る1頭目が死にはしないものの4本の触腕を意味なく振り回しているのは、半狂乱に陥っているのだろう。
2頭目はど真ん中の目と目の間を狙う。
こっちの方が急所に近い気がするのよね。
1頭目の様子を見て用心したのか触腕を窓ふきみたいに動かして防御しているつもりだろうけど巨体からすれば細い上に、あたしとの相対速度が違いすぎるから擦り抜けるのは難しくない。
『ブァフォッ!』と飛び込んで『ヴァシュッ!』と飛び出ると、明らかにさっきとは違う量の内容物が吹き出して惨たらしいかも。
防御に上げていた触腕もダラァと海面に垂れ、全身をヴィクヴィクさせながら徐々に沈んでいった。
痙攣してるから今は死んじゃいないけど、この後どうなるかは分かりようが無い。
船に戻って馬小屋に置いていた日本刀を取る。
上甲板に上がってチャンク達の傍で日本刀の鯉口を切った。
1体目の振り回す触腕が船に届くと危ないので先を斬り落としてしまいたいんだけど、マチアがみたいにヒラヒラ飛べないあたしが近づくと万が一があるかも知れない。
何だか久し振りな気がするけど震動空間を刀に纏わせて、触腕の先を狙って居合を抜いた。
空震飛斬を1つも外さずに斬り落とせたのはちょっと出来過ぎだけど、半狂乱に見えたクラーケンが少しだけ落ち着いたようにも思える。
頭を貫かれた激痛に身悶え続けたクラーケンに腕先の4つの疼痛が生存本能を思い出させたのか、先の欠けた触腕2本ずつで傷口を押さえて動きを止めた。
これ以上動けば死ぬ事を本能的に知ったのだろう。
その格好のまま徐々に海中へと沈んで行く。
最後に渦を海面に残し完全に視界から消えたのを確認して左舷の海原に目をやる。
あたしが凍らせた一帯は今の闘いの間にかなり後方に置き去られていた。
海底からの接近音は届かない。
そろそろ【巣】の警戒域から抜け出し掛けているのか、それとも戦闘要員のクラーケンが出尽くしてしまったのかな。
念の為に後ろへ飛翔んで、溶けかけた氷塊を一回り大きく凍らせた。
潮の流れがほとんど無い海域だから大きく流される事もないし暖流に洗われる事もない。
この船が完全に彼等の縄張りを出るまでは溶けてしまう事はないだろう。
あぁでも、やっぱり魔法の戦闘は気を使うからマチアに任せたい。
*
「ありがとうございます。お陰様で何とか安全圏に到達することが出来ました。それにしてもお二人は素晴らしい強さですな。エノラさんが冥界移動した時は正直もう駄目かと、目を閉じて清龍様に祈るだけでした。だが、それからのマチアさんの魔法の冴え、そして戻られたエノラさんの凄まじいまでの破壊力。さすがに深層に潜る方は想像を超える力をお持ちだ。かなり航程は遅れておりますが、しばらくすればこの航海唯一の寄港地フタリノ島に着きます。その際に我が社の支社に報告を上げてあなた方への報酬をお支払いしますので、それまでお待ちいただけますかな」
「私達は別にかまわないよねぇ、チャンク」
「あぁ、俺等は船を降りるまでに清算できれば問題無いぜ」
明日もお待ちしております。




