第三章 海路の探究少女 19話 どんな時も
今日もお寄りいただきありがとうございます。
「ねぇマチア。船長との交渉は任せてくれる?」
「いいよ」
「ありがと。じゃあ、行こうか」
「うん」
「なぁ、おい。魔具の確認に行くのに魔石は持ってかないのか?」
スタスタと操舵室に向けて歩きだしたあたし達にティリオが声を掛ける。
「大丈夫よ。深層魔石も超特大もいつもポケットに入ってるから」
「へっ? 常時持ち歩いてるのかぁ?!」
「ある程度は分散しないとね。後生大事にしまっておいて、まとめて盗まれたりしたらそれこそ目も当てられないじゃない。まとめて袋に入れてるのは半分くらいで残りは色んなトコに分けてあるのよ」
「なるほどぉ。そりゃあ道理だな」
馬場を越えて操舵室の裏扉でティリオに目配せする。
少なくともここであたし達が積極的なところを見せたくない。
ティリオが促すとチャンクはブルゥと頭を振ってからドアを開けた。
「ほら、船長! お嬢さん達を連れて来たぜ。あとは船長の話次第だ」
「むぅ……あぁぁ、はい。バクルットのお嬢様方、おはようございます」
「「おはようございます」」
流石のチャンクもあたしに言われて安請け合いを無かったことにする積りらしくて、船長はアテが外れたのか挨拶の前に少し口ごもった。
チャンクの言葉に乗っかる形であたし達が挨拶の後はダンマリを決め込むと、操舵室に気まずい空気が流れた。
「船長。あんたから直接彼女等に話した方がちゃんと伝わると思うんでね、俺等はざっとあらましを話しただけなんだよ」
ティリオの話しぶりを聞いてようやく船長はチャンクの安請け合いがあたし達の気に入らなかった事に思い当ったみたい。
訝し気な表情を客の食卓に同席する際の営業スマイルへ瞬時に切り替えて、あたし等に向き直った。
「どうもお呼び立てして申し訳ありません。いやぁ、緊急事態で気が動転しましてね。チャンクさん達のお話を私が取り違えておったようです。この船が今危機に瀕しておる事はお聞き及びと思いますが、この事態が解決するまでの間探究者の御二方にこの船の防護を船長として依頼したいのですが、いかがですかな」
「どうも、ご丁寧にありがとうございます。チャンク達からクラーケンと魔具の事は聞いております。『クラーケンはこの船の大きさに戸惑って様子見をしているのでは?』と聞きましたが、そのままやり過ごして逃げおおせる可能性はないのでしょうか?」
「クラーケンの習性として動かない相手には慎重というか攻撃的ではないのに、一旦動きを感じると急に襲い掛かった事例が少なくないのです。いや、停止していた船が逃げ出そうとした場合には漏れなく襲われている。少なくともうちの会社が入手したここ数百年間の記録ではそうなっていますね。嵐から逃れて未明に帆を下ろしたままにしていたので様子見の体当たりだけで済みましたが、帆を張って動きだせば忽ち襲い掛かって来るのは必定なのです」
なるほど、クラーケンを刺激しない様にしているからこうして話す余裕があるのね。
「潮に流されるのは大丈夫なの? それなら逃げ出せるんじゃないかと私は思うけど」
「そうですね。ただ残念な事にこの付近に潮の流れは皆無でしてね。少し帆走すれば乗れる海流もある筈なんですが」
ふぅぅん、そりゃそうよね。
逃げる算段が出来るなら航海の専門家が海の上で地潜りの探究者に頼み事なんてする筈がないもの。
なら、出来ることは『このままじっと船会社の救援を待つ』『誰かが抜け出して救援を呼んで来る』『今の戦力で防御しながら強引に脱出する』この3つぐらいかしら。
で、あたし達に用があるって事は3つ目の選択をする訳よね。
「救援を待つとか呼ぶとかの手段は取らないの?」
「それも考えたのですがね。この航路は寄港地が極端に少なくて次の寄港予定まで半月はあるし航程の遅れも付き物なので船会社が動きだすのは一月近く掛かるんですよ。それから捜索なんてしていたら救けが来るのは何ヶ月後か分からないでしょう。それに助けを呼ぶと言ってもねぇ。クラーケンを刺激しないような小舟でこの大洋を渡り切れる船乗りは居ません。 千キロ単位の冥界移動を使える魔導士なら問題はないでしょうがね。そんな方が乗船していれば私の耳に入る筈ですよ」
「うん。私だって短距離の界送系視認跳躍が精一杯だもの。少なくともイクァドラットの探究者にそんな人は居ないはずだよ」
「そうね。えぇ判りました、船長。それで短期契約を結ぶとして、あたし達は何をすればいいのでしょう?」
あたしがじっとその目を見上げると船長は少し困った様な笑顔を作った。
「ふぅぅぅ。海賊騒ぎで御二人が充分以上に強い事は理解しているのですがね、こうして顔や姿を目にするとどうにも無理なお願いをする気分になってしまうのですよ。貴女方からすれば馬鹿々々しい思いなんでしょうが」
「いぃぇ。あたし達が子供なのは事実ですから。ライセンスだけが取り柄で他には何もないね」
「あぁ、失礼。そんな風に聞えたならそれは私の舌足らずですな。御二人には何の問題も無い。これは私の心に根差した事柄に過ぎないのでお気になさらず。さて余計な話は措いて、話は契約内容についてでしたな」
どうやら船長があたし等二人の事を避ける様にしていたのは毛嫌いしていた訳ではなくて、胸のうちに湧く庇護欲めいた気分と現実とのギャップを受け入れ難かったのかな。
願わくばその庇護欲が無自覚なロリ▢ンじゃない事を切に願いながら船長の言葉に耳を傾けた。
「魔導具については聞かれたとの事ですから説明は割愛します。契約期間中はその魔道具を貸与しますが使用できる魔石は1回分です。この船が安全圏に到達するまで手段は任せますので船と乗客乗員を守っていただきたい。報酬はこの航海の純利益の5パーセント、これは船長権限で約束可能な範囲の上限です。但し、着日時や今後の積荷の状況次第で赤字になる可能性があります。その場合赤字分の5パーセントは請求しませんが、報酬はゼロになります」
唐突にビジネスライクな物言いだけど、分かり易くていいかも。
要は『守ってくれれば手段は問わない。報酬はお前の守り方次第だぞ』って事よね。
「報酬の件ですが。今回の件で積荷に支障が出ればあたし達の責任でいいけれど、その後別の原因で欠損が出たり、そちらの判断ミスや操船ミスで着日が遅れたりした分まで折り込まれるのは如何なものでしょうか」
「では、どのようにすればよろしいですかな」
「乗客全員が無事だった場合、御社の損得に関わらず我々4名の乗船料を払戻すと言うのはどうでしょうか」
「はぁ? それでは割に合わないじゃありませんか? 先程の条件で赤字になる可能性はほとんどありませんよ」
「この船を守るのは私達のためでもあるから金額にこだわっている訳じゃありません。確実に得られる報酬で正式に契約した形を踏みたいのですわ」
「なるほど。そちらからの押し売りでも賭け事のような報酬でもなく、確実な形で結ばれた契約で事に臨みたいと。判りました。それではその様に」
船長は事務戸棚から契約用に準備された書式を取り出した。
丈夫な紙にあらかじめ必要な様式が書き込まれていて、契約条件と署名だけを記入すれば契約書が出来上がる。
決めた条件は単純な物だから船長が書き込むのに時間は掛からず。
船長とあたし達4人の署名が並んで、あっと言う間に契約書が出来上がった。
船長は戸棚の横に据えられた武具庫のカギを開けて魔具を取り出す。
黄銅色の円筒に取っ手が付いた形に『榴弾銃みたい』と思うのは当然あたしだけ。
契約書を作製した操舵室中央の作業机に武具を載せてあたし達を見る。
「それで、魔石の準備はこれからですか?」
「魔石なら持ってるわ。どんなときも(・・・・・・)」
マチアがポケットから深層魔石を2個取り出すと船長は目ん玉が零れ落ちそうに目を見開いた。
それを見たマチアが頷いて、にこり微笑む。
「私達ならいつ始めても大丈夫よ」
明日もお待ちしております。




