第三章 海路の探究少女 18話 私達どうするの
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チャンクとティリオが状況を確認に操舵室へ走る。
馬小屋と馬場がある後部甲板の直ぐ前方が操舵室なので『走る』なんて距離ではないんだけど、もしクラーケンに襲われたのなら甲板をのんびり歩くなんて気にはなれないよね。
海の魔物と恐れられてるクラーケンは魔獣とかじゃなくて動物なんだけど、それは決して【普通】の動物って意味じゃない。
間違いなくこの世の中最強最大の動物で、世界中の船乗りの天敵とも言える存在。
その強さは地上最強の大型魔獣なんて比較にもできない程で、ベテラン上級探究者による推定じゃあ超大型魔獣よりも明らかに強いだろうって言われてる。
姿かたちは頭の丸いイカと言うか頭を引き伸ばしたタコと言うか軟体動物じみた形と動きなんだけど、何せ体長が100メートルを優に超える個体がいる時点でそんな分類学なぞで推し量れるような進化の道筋を辿って来たとは到底思えない。
この船はクラーケンに負けない程の大きさだけど、大型外洋船と言っても普通は六七十メートルが精々だから完全に大きさ負け。
どこかの世界みたいな鋼製船ならともかく、木造帆船なんてクラーケンの巨体の前には脆い木組みのオモチャみたいなものでしょうね。
あたしとマチアは超大型魔獣より強い深層魔獣を相手取って勝てるけれど、だからと言ってクラーケンに勝てる保証は無い。
だってここは大海のど真ん中で、完全に相手のホームグラウンドだもの。
しかも足場になるのはその頼りない木造船だけで、もし船が沈んで海中で闘うなんて考えたくもないのは皆分かってくれるんじゃないかな。
あたしとマチアがここに残ったのは何かあった時にフィリアスと馬達を守るため。
クラーケンが深層魔獣並みの強さだとしたらチャンク達は太刀打ちできないからね。
それに船長との付き合いは彼等の方が上手--って言うか年端もいかない女子と正面きって話すのが面白くないみたい--だから任せっきりなのよね。
そんな事を考えながら2人の連絡を待ってると、話が終わったのかティリオが操舵室の裏口に現れた。
別に辺りを窺う様子も無くチャンクと2人スタスタとこっちへ歩いて来る。
「おかえり。さっきはビクビクもので駆けてったのにずいぶん落ち着いてるじゃない。お得意の【探知系】がやっと効き始めたのかしら」
「まぁそう言うなって。俺達だってクラーケンなんて出くわした事ないんだぜ」
「探知系が無効って訳じゃないが、クラーケンの体に俺等のスキルで判別し難いような特性があるみたいでな。さっきまでは正直良く分からなかったんだ」
「船長達の話を聞くうちにちょっとずつ感覚が慣れて得体の知れない感じがクラーケンのものだって分かってきたんだよ」
「ふぅぅん、そんな物なの……って、それじゃやっぱりクラーケンだったのね!」
「あぁ、そうだ。船長達が海図で確認したらドンピシャで奴等の巣の上だってよ」
「じゃあ、さっきのは様子見みたいなものなの?」
「あぁ、エノラ。どうやら自分達と対等の大きさの相手と出会った事がないから用心してるんじゃないかってさ。」
「これだけ大きな船を造った狙いの1つはそれらしいな」
「それで、これからどうするって?」
「どうするもこうするも。この船にはクラーケンに対抗出来る武具が無い訳じゃないが、相手の数は1頭しか想定にないらしい」
「そうよね。こんな異常事態まで折り込んで準備していたら経費倒れで利益が見込めなくなるもの。それで、その武具って何なの」
「冥界移動を付与した魔導具だってよ。相手を殺す事は出来ないが10キロ程先まで強制移動させちまうそうだ。そんだけ離れりゃ逃げるのは難しくない。それに往き来の激しい海域じゃあ2次被害を考えないとダメだが、ここなら自分の船に気を付けりゃいいだけだ」
「へぇぇ。そんな便利な魔具があるならクラーケンが何匹居ても大丈夫じゃないの?」
マチアが言う通り、束になったのは一緒くたに飛ばしてしまえばいいし、順ぐりに襲って来るならその順に飛ばせばいいだけよね。
「それがダメなんだ。何故だと思う?」
「「???」」
「だろうなぁ。お前等には分からんかもよ」
「あぁぁ、そういう事。燃料の魔石が1回分しかないのね」
「そぅさ。付与魔法がデカすぎて超特大魔石以上でなきゃ作動しない。この船には他に大した魔導具が無いから予備の魔石は細いのばっかでな。虎の子の超特大を使ったらそれっきりなんだとさ」
「それだけじゃ無い。魔導具の照準を対象の中央に設定して作動させなきゃならんのだが、クラーケン相手の素人にそんな事ができるのか……ってな」
「それで、あたし達に丸投げしたいんだけど、ムシが良すぎて流石に直接は言えない」
「……で、アンタ達が引き受けてノコノコと戻って来たのよね!」
「あはぁっ。伝言は頼まれたが引き受けちゃいないぜ」
「当たり前でしょ! 勝手に決められちゃぁ堪らない」
「しかしなぁ。受けてやらなきゃ皆死んじまうかも知れんぞ」
「受けないとは言ってないけどね。そもそも船長達がなんであたし達が魔石を持ってることを知ってるのかが不思議なの。あたし達とフィリアスはほとんど乗員と話していないのに。ねぇえ、チャンク!」
「いやぁ話を聞いてるうちに、ついポロリと言っちまったんだ。悪い!」
言葉では『悪い』って言ってるけど、どこにも本気が感じられない。
チャンク達が今こんな話に付き合うって事は、今すぐクラーケンが襲って来る訳じゃなさそうね。
「あのさ、そんな魔導具があるなら取り返しが利くから今言っとくけど。貴男がもしこの船を降りてもあたし達と縁を切りたくないと思ってるなら、その軽はずみな口にちゃんとジッパーが掛かる様にしてくれないとダメよ」
「けどよぉ。結局やる事は一緒なんだろ?」
「馬鹿じゃないの?! アンタ独りの事なら好きな様にしていいけどね。そう言うのは話だけ聴いて『持ち帰って検討します』って言うもんでしょうが。アンタの事だからまた『普通じゃない奴だから大丈夫』とか言って安請け合いしてるに違いないと、私もエノラも思ってるのよ」
「安請け合いでも何でも結局しなきゃなんないなら一緒じゃないのか」
「チャンク。それは俺も違うと思うぞ。お前、自分が仕事受ける時にはそんな安請け合いしたことないだろう」
「当たり前だ。仕事だからな」
「2人が言ってるのはこれも同じだって事だ」
「仕事と人助けは違うだろうが」
「俺達にとっては別でも、そう思わない相手だって居るってことだな」
「そうよ。探究者にとっては正式な方法で受けたものだけが仕事だけど、世間知らずな相手なら探究者が請け合えばその全部が契約だと思うかも知れないし、そうじゃない事を知っていながら言葉尻を取って他人にそう言い触らす輩がいる事も考えておかないと。今回は船長から『魔石を買い取りたい』と言質を取って、実際の闘いは『緊急対応で止むに止まれず』って形にすべきだった。それが貴男の軽口で『魔石はあたし達の持ち出しで、闘いも進んでする』って思われてもしようがなくなった。無事クラーケンから逃げおおせれば魔石の損だけで済むけど、万一犠牲が出たら『しゃしゃり出て来た探究者のせいだ』なんて言われかねないのよ」
そう、これは素人集団の海賊の件とは話が違う。
人伝にしかクラーケンを知らないあたし達はこれから先にどんな結末が待っているのか確信の持ち様が無いもの。
あたしの言葉に珍しく俯いて押し黙ったチャンクが言われた事に納得してるかどうかは分からない。
でも言わなきゃいけない事は言ったから後はチャンク次第だね。
「まぁ。言っちゃったものは仕方ないわ。もう話は終わりにしよう」
「ねぇエノラ。それで、私たちどうするの」
「余り船長もやきもきさせて意地が悪いと思われたら嫌だから、そろそろその魔具とやらを見に行きましょうか」
明日もよろしくお願いします。




