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第三章 海路の探究少女  17話 絶体絶命

今季一番の寒気だそうです。

皆様ご自愛くださいませ。

 ヴィュンヴィュンと風の唸りが凄まじく船腹へ打ちつける波浪に甲板も大きく揺れる。

【天鳴】で聞く範囲を拡げていくと進行方向はゴァァァと雨風あめかぜ一体の轟音に満たされていて、今ここで目にする場景が本格的な嵐のプロローグに過ぎない事が良く分かる。

数十メートル先から向こうは雨に霞んでいるので、この船へもそろそろ降り出すだろう。

チャンクから船長に探究者任務優先を伝えたら『当然至極のお話ですな』と笑顔を返されたそうよ。

乗客退避の様な非常事態がやって来ない限りあたし達が手伝えることは何も無いので、今は5人とも後部甲板の馬場で待機中。

嵐に突入したら馬小屋に入って結界バリアを張る予定なのよね。


「ねぇ、ずいぶんと大きな嵐みたいだけど、ほんとに大丈夫なのかしらこの船」

「確かにな。【探査】でも俺等が今まで経験した嵐よりはかなり強い反応が出てるよ。まぁそれでも船が沈む様な事はないと思うが、船長達が手を焼くのは間違い無いだろうな」

「今でもかなりの揺れだけど、もっと酷くなるのね」

「あぁ。船に乗ったばかりの時でなくて良かったな。もうずいぶん揺れに身体が慣れたから船酔いの心配は無いだろう。足元も俺達には問題無いが、フィリアスと馬達をどうするかだな? まぁ、飼葉でも敷き詰めときゃ怪我はしないと思うが」

「そうだね。それじゃ今のうちにさっさとやっちゃおうか」


 馬小屋の端に積み上げていた飼葉を万遍無く敷き詰め終えた頃、唐突に猛烈な雨粒が甲板を叩き出した。

既に吹き荒んでいた風もいよいよ激しさを増して、ティリオの【探査】にはここから見えない海面が小山の様に盛り上がって押し寄せてくるのが分かるらしい。

この大きな船だから酷い揺れを味わう程度で済んでいるけど、並みの外洋船なら船ごと持ち上げられては引き落とされの繰り返しであたし達でもまともな動きが出来ないんじゃないかな。

馬小屋は甲板に固定されてはいるけど、後付けの造作は否めなくてこれだけの風だと本気まじに吹き飛ばされそうなので、予定通りにマチアが結界バリアを張った。

元々安普請で飛ばされなくても雨漏り必至だったから、これでやっと落ち着ける。

深層魔獣の攻撃を防ぐ訳じゃないからそれなりの強度で良いんだけど、これだけの風だとチャンク達の魔力じゃとてももたない。

あたしやマチアも嵐が治まるまでずっと維持するなんて出来ないから2人で交代の予定で、万一を考えればもうここを離れられない。

これで何かあれば他人ひとまで助るつもりだったんだから、所詮は自然の脅威を甘く見た子供に過ぎなかったって事よね。


     *


 それから半日間、船が嵐から逃れた頃には東の空が白み始めていた。

それはまさに『逃れた』が正しいんだと思う。

『突っ切った』でも『やり過ごした』でもない。

本来の航路は船の前を塞ぐ巨大な嵐のど真ん中に呑み込まれているし、やり過ごそうにもどこに居ようが逃れられる筈もない。

やはり嵐の外縁部の風を小さく畳んだ帆で斜めに受け流して外へ外へと逃れるしか手が無かったらしい。

広大な大洋で猛り狂う嵐のふちを際どく辿り続けた船長の指示と乗員の腕前は称賛に価すると思うけど、無事平穏な朝を迎えた船は大幅に航路を外れていたわ。


「嵐過晴天って言葉は無かったっけ? でもそんな感じよね」


 馬小屋を出て馬場で大きく伸びをした後振り向いたマチアが誰にともなく声を掛ける。

嵐を台風って呼ぶ習慣がないから台風一過って言葉がある訳も無くて、マチアが言ってるのは雨過晴天のモジリよね、きっと。

嵐に呑まれる直前にチャンクが船長の方針を聴いて来て、『時間や距離で損害をこうむっても安全を優先する』ので最悪の事態に陥る心配はまず無いと聞かされた。

あたしは馬小屋の事だけを考えていればよくて凄く気が楽になった。

でも夜半を過ぎても荒れ狂う暴風雨は一向に治まらなくて、交互とは言え結界バリアを維持し続けたあたしとマチアはクタクタになっていた。

3時を過ぎてようやく風の音が鎮まり出す。

チャンクとティリオを揺り起こして『雨漏りだけしなければいいから』と後を頼んで、飼葉の上へ気絶する様に倒れ込んだ。

未明には雨も止んでチャンク達ももう一寝入りしたらしく、ダフネ達のいななきで起こされたついさっきまで、5人共爆睡していた。

フィリアスは何をした訳でも無いけれど、やっぱり不安で嵐が治まるまで眠れなかったみたいね。


「嵐過晴天ねぇ。嵐の後の晴れ間って意味は分かるが、今回は『嵐が過ぎた』んじゃなくて『嵐から逃げ出した』が正解だな。で、問題は逃げ出したここが一体何処なのかって事だが。船長達は六分儀か何かで精確な位置をつかんでるんだろうが、俺の読みだと数百キロは東へ流れてきた筈だ。嵐過晴天は良いが、またピタリと風がんじまったらこの遅れは取り返せない。船長達も今は疲れて寝てるだろうが、頭が痛くなるのはその後だよ」

「そうねぇ。確かにまたピッタリ風が止まって。ほら、あの煙だって1ミリもたなびかずに真っ直ぐ……って! あの煙っていったい何なの!?」

「こんな所にあんなに盛大な煙を吐く煙突があるわきゃない。ありぁあ多分火山島の煙だな」

「火山島か。確か航路のかなり東に火山活動が連なってる場所があった筈だ。その中の1つじゃないか?」

「あぁ、俺も聞いたことがあるが。何だったか覚えちゃいないが『気をつけろよ』って言われた気がする」

「あんたねぇ。気を付けろって言われたんならちゃんと憶えておきなさいよ。とんでもない事だったらどうすんのよ!」

「仕方ねぇだろうが、忘れちまったもんはよぅ。まぁ、こうして見ていりゃあ、そのうちちゃんと思い出すよ」

「はぁぁ。ほんといい加減な性格、なんとかして欲しいわ」


 ティリオ相手だとそうでもないのに、チャンク相手のマチアはまるで笑えない【漫才】か【コント】を見てるみたい。

まぁ、2人共相手が根に持たないタイプなのが分かっててやってるんだから周りが気にするだけ損なのだけど。

チャンクもちゃんと思い出してから言えばいいのに


「それってひょっとしてあの話か?」

「ティリオも知ってるの?」

「あぁ。おれは完全に忘れてたが、チャンクの話で思い出しちまったよ」

「何だか奥歯に物が挟まったみたいに。思い出したんじゃないの?」

「そうなんだが。言うとホントに成るような気がしてな」

「あぁぁ! 俺も思い出した! あれだ、アレ! あの……、うおぉぉ!」

「ひゃぁぁぁ!」

「でひゃぁぁ!」


 あたしもビックリしたけど何とか叫ばずに済んだ。

ティリオも声は出ていないけど目が真ん丸に飛び出しそうだ。

大きな衝撃が船を突き上げたと思った瞬間船体が大きく傾いた!

この船は昨日の嵐でもこんなに傾かなかった。

ダフネ達は大丈夫だろうか?


「おい、ティリオ! 言わなくてもホントになったじゃねえか!」

「おいおい、俺の所為せいかよ! 元はと言えばお前が言い出して……」

「どっちでもいいから教えて! これは何の騒ぎなのよ」

旧南海領地サウスアイランズの東南域の海底火山群はクラーケンの巣なんだ!」

「エッ? 今なんて言ったの?」

「だぁかぁら、ク・ラ・ア・ケ・ン、だって言ってるだろ!」

「何ですって! それって、まさかあの・・クラーケンの事なの」

「あのもそれも、クラーケンはクラーケンだよ!」

「ちょっと待って」

「どうしたエノラ?」

「さっきクラーケンの後に『巣』って言わなかった?」

「言ったよ。クラーケンの幼生は高い水温を好むから海底火山の火口付近に幼生を集めてその周りを親達が守ってるんだ」

「えぇぇ! だって話で聴くクラーケンはだいたい1匹だけよ」

「生殖期間を終えたクラーケンは群れを離れるんだ。でかい図体して子供も作らないなら飯泥棒みたいなもんだからな。だから巣にさえ近付かなきゃ出会っても1匹だけなんだ」


 海賊騒ぎなんて目じゃない。

正真正銘、絶体絶命の大ピンチだよ!

明日もお待ちしております。

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