第三章 海路の探究少女 16話 アラシ
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島に降りて確かめるかを訊ねるとブルルゥと大きく首を横に振って『いや、上空からでも現状は具に見て取れる。当人が同行しているのだから当時の状況を説明してもらえばそれで充分だろう』なんて理屈を捏ねるシャムリ氏だけど、海賊の中に入るのが怖いだけじゃないのかな。
もちろんそんな事で嫌がらせをする積りもないから必要な事はちゃんと話してあげた。
特にメモをとる様子もないけど、多分その手のスキルを持ってるんでしょ。
探究者に向いてるスキルがある様に、役人に向いてるスキルも色々ある。
メインスキルには心許ないかも知れないけど、必要な事を記録分類するスキルとかは持って損はないよね。
確認のために訊いて来る内容も的を得てるし理解も早い。
現場に出向いた役人として充分に職責を果たす能力はあるし、仕事振りも真面目よね。
初めの印象でどんな嫌な奴かと思ったけど、役人の既得権益にどっぷり使ってはいても、根っから悪い人では無いみたい。
逆に言えば環境次第でごく普通の人間が無意識に他者に酷い扱いをするのがこの世の中なんだろう。
孤児の頃は虐げられる心配しかしなかったけど、ライセンス持ちになったんだから逆の立場に成らないようにあたしも気を付けないとダメだよね。
貨客船を出る時に買って来たソーセージパンを遅い昼餉代わりに齧りながら、もう一つの島へも飛びシャムリ氏の頭に情報をインプットし終えて貨客船へ戻る。
積載量とかの問題もあるけど飛空艇は確かに便利よね。
あたしは海の上なら空震水流で小舟を走らせればいいんだけど、数百メートルの高さまでは陸の上もそのまま飛べる利点は大きいし、何より他の人に操縦を任せられるのが良い。
アテメアで拠点が決まったら手に入るか探してもいいな。
だけど魔力干渉は困るから利かない様にする事はできないのかしら。
こんな時旦那様みたいな【練成】系があれば重宝するんだけどね。
飛空艇の機動力のおかげで夕方には船に着いて、何とかチャンク達がフィリアスの鍛錬をみる時間も取る事ができた。
軽い食事しか取っていないので早めの夕餉に誘うと『帰って今日のうちに報告をまとめたいので遠慮しておく』だって。
誘われると思っていなかったみたいで、シャムリ氏はちょっと面食らってた。
こんな感じでお役所の視察は一旦終了。
無事完了って言いたいトコだけど、それは蓋を開けてみないと分からない。
お役所の既得権益体質の根は凄く深そうだから、役所に戻ったシャムリ氏が別の手を打ってくるかも知れないし、ちゃんと報告を上げたとしたってその上司が何をするか予想もつかないからね。
アテメアとイクァドラットで役所や役人にだいぶ違いがあるのが解った分だけ、向こうのギルドがどんな風でイクァドラットから来た仮ライセンス探究者がどう扱われるかもちょっと心配だけど、チャンクとティリオを見てる限りそう心配しなくていい……、今はそう思うしかないんだよね。
*
お役人様騒動から数日、平穏な日々が過ぎてフィリアスの鍛錬も順調に進んでる。
マチアとあたしは武技の鍛錬の合間に魔法関係--主に魔力量を伸ばす方向--の面倒を見てるんだけど、最初あんな事があったから少し身構えてたのに、びっくりする位の素直な努力家で本当拍子抜けなのよね。
只まぁ、両方とも真面目だから成果が大きいとは限らない分野なのが難しいところなんだけど、武技も魔法も人並よりは伸びてるからいいんじゃない?
アテメアに着く頃には一般人の間でなら何をとっても引け目を感じないレベルには到達できるでしょ。
実はあたし達の魔法指導を見たチャンク達が隠れて鍛錬してるのにマチアが見つけた。
あたしは【天鳴】で様子を聞いて先に分かってたんだけど『あいつら何してたと思う?』なんて何だか嬉しそうに言って来るから知らない振りで聞いてあげる。
一通り『うんうん』と聴いた後で『茶化しちゃダメだよ。多分真剣なんだと思うからさ』って釘を刺しておいた。
今の流れのままアテメアでも一緒に行動する可能性がゼロじゃないんだから、その時はもう少し強くなっていないと困るのよね。
フィリアスなんだけど、魔法鍛錬の合間に訊くと『アテメアで何をするかは行ってみないと分からない』ってあたし達と同じような事を言ってる。
でも『商いに興味はあるんだ』って言うからちょっと経理について教えてみると、これがまぁ。
武技や魔法みたいな真剣そのものじゃなくて聞き流してるだけなのに、砂地に水が浸み込むみたいに身に付いてくのよ。
『これはバクルットの特別なやり方で一般の商家では通用しないから、使い方に気を付けて他人には伝えないでね』って念を押して教え続ける事にした。
こっちはバクルットで教えた範囲をアテメアに着くまでに確実に越えてしまう。
相場とか投資とかこっちの世界に合わせた実践問題を考えるのが大変になりそうだわ。
*
北の空が酷く暗い。
今まで凪状態が続いて運行が少し遅れている以外は快適な航行が続いてきたけど、どうやら嵐が来るみたい。
「ねぇ、ティリオ。あたし、海の嵐に遭った事が無いんだけど、この船は大丈夫なの?」
「そうだな。この船なら波風に逆らわずに操ればどんな嵐でもまず心配はないだろうが、何から何まで風任せ波任せじゃ大きく航路を外れてしまうよな。積荷の中には時期が限られる物もあるから、大きなズレは避けたい筈だ。船の安全を図りながら、出来るだけ航路を維持する。その辺りが船乗りの腕の見せ所なんだが、さぁてその腕前の程はどうなんだろうな」
「黒い空はまだ先なんだから迂回するとかは出来ないのかしら」
「今はまだ凪から抜け出せていないし、僅かな潮の流れもあっちへ向いてるみたいだから大幅な進路変更は無理だな。大きな嵐に近づくと引き込まれる様に風が吹くから、望みがあるとすれば嵐が向きを変えてくれる事くらいだけど、どうも段々と近づいてるみたいで望み薄だろうな」
なるほど、低気圧に向けて風が吹くのは当たり前だもんね。
風以外に推進力が無い船が逃げ出すのは至難の業で、風を斜めに受けて外縁部を周回するような操船をするのが精々だろうけど、きっとそれじゃどんどん航路を外れる事になっちゃうのよねぇ。
嵐が治まって凪が復活したら航路のズレを取り戻すのもちょっとやそっとの事じゃない。
船長達もさぞかし頭が痛いでしょうね。
「ねぇエノラ。万一の時はどうする? 私達は大丈夫だろうけど、フィリアスと馬達は助けが要るよ」
「そうね。馬小屋まわりの甲板をあたしがぶった切るから、小屋ごと3人で海に下ろしてよ。空震水流で嵐の外に逃げ出すわ」
「私は引っ繰り返らないように支えとけばいいのね」
「俺等は小屋の中でフィリアスと馬達の面倒を見よう」
「そうだ。フィリアスにこの辺りの海図を覚えさせとこう。あいつ物覚えが良いからな」
「念の為に飼葉を馬小屋に積んでおいてくれる? あたし達はパンかおにぎりを調達しておくわ」
「あいよぉ!」
まず心配は要らないだろうけど、念には念を入れておくのが探究者の心得なのよね。
他には何もなかったかしら。
馬小屋周りの甲板の構造はだいたい分かってるけど、今の内に下側の柱とかも確認しておく方が良さそうね。
「他の奴等はどうするんだ?」
「あたし達が逃げ出すのはギリギリ最後の最後で、それまでは乗員や警備員の作業を手伝いましょう。でも他人よりはフィリアスの安全が優先よね。探究者としての契約は守らないと」
「そうよ。エノラのスキルで嵐の中を安全に動かせる物の大きさは限られるんだから、最後は割り切らないとしようがないわ。そんな事が起きない様に願うけど」
明日もよろしくお願いいたします!




