第一章 商都の孤児少女 8話 月がとっても青いので
今日もお読みいただきありがとうございます。
男の子5人にかこまれたまま【ヤマ】に置いて行かれてしまった。
あれがおやしろまで行けばお祭りの【練り歩き】はおわりで、そのまま置き場に向かうはず。
その頃にはタリアンさんがお嬢さまを送ってくるから、あたしも置き場にいなくてはいけない。
例の武技を習いはじめてまだひと月ちょっとだけど何だかすごく相性がいいみたいで、魔法が使いやすくなったし体の動きだってとってもなめらかになった。
なによりカザムさんたちと比べたらこの子たちはあんまりにもスキだらけで1対1なら武技だけでカンタンにあしらえそう。
2人あいてでもダイジョウブな気もするけど5人いっせいに飛びかかられたらまだまだ無理なのも違いないし、もしもあたしが1人で勝ってしまったらどんなウワサが立つか考えなくても分かる。
たぶんスキルで失神させるとかも『触れもせずに』なんて尾ひれが付きそうな気もするから、どうしたものだろう。
【ドラ息子】のほかは少し背も低くて右がわにいる2人は動きもにぶそうなので、あの間をぬけてしまえば目立たないかな。
5人がいっせいにつかみに来るのを、よけきれないのはヒジや手首で分からないようにハジいてその2人の間からかこみをぬけた。
こんな時体の小さいのはベンリだけど、それからがタイヘン。
走りだしたけれど【ドラ息子】の足がはやくてすぐに追いつかれそうだ。
人気のない所まで行けばスキルでなんとかできると思うんだけどダメみたい。
息があがる前に立ちどまって振りかえった。
「しつこいですね。あたしの言うことが本当だったらどうするの? バクルットをおこらせておうちのほうはダイジョウブなの?」
「うるさい! バクルットはお前なんか雇わないって言ってるだろう!! 孤児のくせにその生意気な言い方が気にくわないんだ! 泣いてあやまるなら真っ赤になるまで尻を叩くくらいで許してやる。さあ『わたしは噓つきのドロボウです』って泣いてあやまれ!」
わざわざウソを言わされて泣いてあやってもお尻をぶたれるのね。
しかもお尻の色が見えるように下着までずらされそうだわ。
もしあとでこの子らがしかられたって、あたしの気持ちはどうしたらいいの。
もうこんなバカに付きあっていられない。
『子どもあいてだと、どのくらいのスキルで気をうしなうのかしら』なんて考える。
「バクルットがどうしたって」
その時あたしの背中のほうから声がかかった。
声がわりしていない少年の声だけど、落ちついてしっかりとした話しぶりだ。
「誰だぁ、お前?!」
「たまたま通りがかったら知った名が飛び交ってたんでね。子ども同士だから僕が入ってもいいだろう?」
「バクルットを知ってるだって? この辺りじゃあ知らない奴なんて一人もいない。ドロボウネコにかまうとケガするぞ。引っ込んでろよ!」
あたしとドラ息子とを三角に見れるところに立ち止まったのはドラ息子と同じくらいの背たけの男の子だけど、着ているのはお嬢さまのと変らない【あつらえ】。
あららぁ、ドラ息子と違って本物の【御令息】だわ。
「ねぇ、君。 バクルットの奉公人って本当かい?」
「はい。でも、本当はバクルットではなくてメルノア様の小間使いです」
「ほぅら。バクルットじゃないって白状したぞ。嘘つきはお仕置きだぁ!」
「「「「おぉ仕置っき! おぉ仕置っき! おぉ仕置っき!」」」」
今までドラ息子の言う事をきくだけだった4人がいきおいづいて、声をあわせる。
それを気にもせずに御令息があたしのほうへ近づいて片手を上げた。
「やぁ、やっぱり君がそうか。真っ赤な頬がリンゴみたいだって手紙にあったからそうじゃないかと思ったよ。メルノアは元気かい?」
「はい、お元気ですが……どなたですか?」
「あぁ、それより今はこいつらが先だ」
彼はあたしを背にドラ息子たちに立ちふさがった。
「孤児と知り合いなんて、お前もロクな奴じゃないな! お前からコテンパにのしてやるから、覚悟しろ!」
「ふぅぅ。バルクットを知っててメルノアを知らないなんて困ったもんだな。のされる積りはないけど、やる気なら相手はするよ。誰から来るんだい?」
そう言ってかまえた姿がカザムさんとダブる。
あぁ、この人もあの武技を使うんだ。
それならまちがいなくバクルットの身内だ。
あたしは安心して彼の背にかくれることにした。
ドラ息子が思いがけないダッシュで彼にせまり殴りかかった。
やっぱり足だけはそれなりだけど、体の使い方がなってなくて足と手がバラバラ。
あれじゃぁ、当たるわけがない。
軽やかな足の運びだけで、5人が振りまわす手足も体当たりも何ひとつ届かない。
きっとこのまま彼らがヘトヘトになって動けなくなるまでかわし続けることもできるんだろうけど、今はあたしを守るのが一番なのよね。
かわされ続けてあたしの方を何とかしようとこっちを見はじめているのに気づいて、5人を倒しにかかった。
でも、けったり叩いたりするわけじゃない。
ふらついてきた彼らの足元を軽くはらうだけで、相手はズテンと受け身もとれずに倒れてしまう。
あっと言う間に5人は地ベタに倒れこんで動けなくなった。
「さぁ、行こうか。もうすぐ【仕舞い】が始まるよ」
「はい! ありがとうございました」
倒した相手のことなんて気にするようすもなくスタスタと歩きだしたのについていくのがやっとのあたしは、生まれてはじめて守られた事にとまどっていた。
カサエからの帰りに追いはぎから守られたのはあたしじゃなくてメルノアさまだったから、あたしをだれかが守ってくれたのは本当にはじめてだ。
守られたことがないからってひねくれてしまうようなバカじゃないけど、この気持ちはたしかに悪くない。
なんだか体の中からじわっとあったかくなるみたいで、忘れていたものを思い出したような気持ちになるわ。
『そう、忘れ掛けていた……ね』と似あわない思いまでうかびかけてブルっと頭をふるわした。
よけいなおしゃべりに時間をかけなかったおかげでまだ【置き場】の前に立ちあいの人はそろっていない。
ほっとしたところへタリアンさんに連れられたメルノアさまがやってきた。
あたしが動きだす前にツカツカと近づいたお嬢さまが、となりの彼の前に立つ。
「へぇ、来るとは聴いていなかったけど。どうしたの、ジュラネル」
「久しぶりだね、メルノア。会えて嬉しいよ」
「ふん。それで、何故私の小間使いと居るのかしら」
「助けていただきました!」
口をはさめるような感じじゃなかったけど、言うべき事はちゃんと言わないとね。
「はぁ? 余計に訳が分からないわ。今は時間がないけれど【仕舞い】が済んだら説明するのよ!」
あたしもジュラネルさんのことを話してもらいたかったので【仕舞い】がすむのが待ち遠しい。
*
「成程ね。それで知らない同士が出会うことになったと……。エノラ、貴女本当にうちの家系に縁があるのかも知れないわね」
「改めて自己紹介するよ。 僕はジュラネル・バクルット、メルノアの1つ下の従弟だ。親父が本家の旦那様の弟でね。教都店の責任者なんだ」
「どうせこの子がエノラだって当たりをつけて悪戯でもする積りで近づいたのよね」
「ひどいなぁ。もうイタズラが楽しい年じゃないのはメルノアも分かってるだろ。まぁ、彼女がエノラなのが僕には一目でピンときたよ。だってその服はメルノアのお下がりだし、手紙通りの真っ赤な頬だからね」
『へぇ、すごい。それだけであの人ゴミからあたしを見つけたんだ』
「はいはい、名推理はそのくらいにして」
「あぁ」
「それで、これからどうするの? うちに来る?」
「いや、宿はいつもの部屋を押さえてあるんだ。それより折角の月夜だし、久しぶりにこの町の祭りを楽しみたいんだけどエノラに案内してもらってもいいかな?」
「そうねぇ……。また同じような事が起きないとも限らないから貴方が一緒の方が安心ね。エノラ、今夜は彼といなさい。ジュラネル、遅くならないうちにちゃんと送り届けるのよ。いいわね!」
『とんでもないことになった』と思ってもお嬢さまにはさからえない。
いつの間にか暗くなった空にとってもキレイな小の月がうかんではいるけれど、それと『せっかく』は関係ないんじゃない!
明日もよろしくお願いいたします!