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第三章 海路の探究少女  14話 きみをのせて

お読みいただきありがとうございます。

 高度を落としつつ舳先へ近づいて来た飛空艇から自動巻き伸ばし機能のもやい綱が伸びる。

甲板監視の乗員が駆け寄ってロープを取り固定具に結び付けた。

伸びたロープが巻き取られて飛空艇は更に甲板に近づく。

さっき見えた赤系の色は先端部分だけで、それ以外は上から下へ少しずつ薄くなる青色のグラデーションが塗装されてる。

先端の赤紫は海と空に溶け込んで見失わない様に付けられたカバーの色らしく、隠密行動時はたぶん外すのよね。

艇側のハッチが開き斜め下への階段になって、開け放たれたハッチに人影が現れた。


 かなり背の高いその男性が身に着けたオーソドクスな型のスーツは形に似合わぬ明るく派手な配色で、当人の強烈な個性を主張している。

ハッチから甲板を見渡した彼は『ふむ』と小さく頷いて階段を下り始めた。

最後の段から40センチ程の隙間を『よぉっ』と飛び降り甲板に降り立つと、右手を日に翳してシニカルな笑みを浮かべた。


「君達、ちょっといいかな?」

「なんでしょう」

「あぁ、この船に凄腕の探究者が乗っているらしいんだが、君等は知っているかね」

「うん。知ってるよ」


 眉間から抜け出るようなちょっとかんに障る声で妙に滑舌良く話し掛ける男に、マチアが酷く幼い素振りで応えた。

どうやら様子見の三文芝居を打つ気らしいので、あたしとチャンク達は知らんりを決め込む事にした。


「彼等がどこにいるかは分かるかな?」

「彼等ってどんな人のこと?」

「どうだったかな。凄腕と言うのだからきっと渋いベテランに違いない」

「今そんな人達はここに居ないよ」

「おぉぉ、そうか。居ないのだな。それは何よりだ」

「おじさんは誰なの?」

「私かい? 私はアイベルム・シャムリ。アルテの役所勤めをしておる」

「偉いお役人様なのね」

「そうだ。この船を襲った海賊を凄腕の探究者が捕らえたと聞いて海賊の現状を視察するのだが。その折の対処に不手際がないかをこの船へ確認に来たのだ」


 どうやら海賊の件を聞きつけて何がしかの余禄を手に入れようと勇んでやって来たらしいけど、あろうことかあたし達4人の事を確かめもせずに飛び出して来たみたい。

海賊を手も無くあしらった事だけから相当な手練れのベテランだと思いこんでいるのね。

そう聞かれれば『そんな探究者は居ない』って返事は何も間違っていない。

このまま勘違いをしてくれればあたしとマチアが知らない【高級官僚の手口】を洗いざらい披露してもらう事もできるかも。

ちょっと楽しみな展開を期待してもいいのかしら。

そう思っているとチャンクとティリオが『どうも、どうも。それでは船長を呼んでまいります』なんて腰低く手刀を切るようにして操舵室の方へ後退あとずさって行く。

あれはきっとあたし達の事をバラさない様に船長達を言い含めに行ったに違いない。

こんなところだけはあたしと比較にならないくらい達者なんだものねぇ。

甲板の乗員達が【凄腕探究者】と【お役人様】の因縁の邂逅かいこうに固唾を飲んで動けないでいるのがちょうど都合良かったんでしょう。


 程無く船長と航海士が尻に火が付いた様に駆け寄って来た。

チャンク達はまだ来ないけど、船長等2人も飛空艇から降りた【お役人様】の前にマチアが突っ立っているのを見て、一瞬息を呑んで固まってしまう。


「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でございましょうか」

「船長だな。シャムリだ。先般の海賊撃退時の対応について取り調べを行う」

「はっ、さようでございますか。全てお話いたしますので何なりとお聞きくださいませ」


 あららぁ、急に随分横柄なんじゃない?

なんで被害者への聴き取りが【取り調べ】なのかしら。

『カチンッ』と来たけど今声を上げたらダメなのよね。


「何故海賊に襲われた時通報しなかったのだ!」

「はい。上級探究者が乗船して居られまして」

「何だとぉ! 官庁より探究者風情を信頼するとは! これはもう市民として有るまじき通報義務違反に相当するぞ」


 えぇぇ、ちょっと待って。

『通報義務違反』なんては何て法律の何条に載ってるのかしら。


「いや、しかし。そうは申されましても、私共は探究者の指示に従っただけでございまして」

「ふん、それこそが貴様の罪に他ならん! そもそも探究者なんぞに従う必要が何処にあるのだ。所詮は魔窟なんぞと言う地の底を這う蛆虫どもだ。あんな者共が居るからこの世が乱れるのではないか。万一このまま反省が得られぬ様であれば、お前等の運行状況に疑念ありと上申するがそれで良いのかな?」

「それは……」


 どうやら【探究者】が絡んでるから余計になんだろうけど、難癖のつけ様があまりに酷くて開いた口が塞がらない。


「ついては、この供述書に署名をするが良い。そうすればお前達に塁は及ばん。だぁが! 断わればどの様な事態ことるか船長を勤める程の分別があるなら、よぉく判るだろうなぁ」

「と……、言われましても」

「どうしたぁ? そうか貴様、共に働く仲間が路頭に迷おうが意にも介さぬ卑劣漢であったか! そんな輩が働く職場ならば即刻跡形も無く消し去ってしまわねば、世の中に申し訳が立たんなぁ。さぁ、さぁ。どうするんだぁ? 別に私はどうでもいいのだぞ。選ぶのはお前だ。仲間の運命を決めるのはお前だからな。全てはお前のその指先に掛かっているのだ。ほぉぅら、お前が仲間を路頭に迷わすのかぁ? 皆を飢えに苦しませるのはお前なのだ! ふむ。そうでないと言うならこれに署名するのだ! ほぉぅら、ほぉぅら。今決めんと、もう機会はやって来ないぞ」

「せめて文面を読ませていただければ」

「お前が読んで何の意味があるのだ? お前達全員が途方に暮れるかわりに、船会社が長きに渡って負担をしてくれると言うだけの事だ。良い話だ……そう思わないか?」

「ひえぇぇ! そんな話が知れたら私はクビになってしまいます! ご容赦下さい」


 なんとも船長のおののきは真に迫ってる。

チャンク達が大丈夫だと言い聞かせただろうに余程お役人様の怖さが身に染み付いているのか、それとも玄人跣くろうとはだしの演技派なのだろうか。

どっちにしろアイベルム・シャムリ殿は手口をだいたい見せてくれたみたいなので、そろそろ【三文芝居】の幕も引き時じゃないかしら。

マチアの方をチラッと見ると視線だけの頷きが返る。

二人芝居の間近な観客だったマチアがすぅぅっと近寄ってシャムリ氏の手から供述書をかすめ取った。

手中から消え失せた書面に慌てて取り戻そうとするけど、しもじもから掠め取るための知的スキルがメインに違いない役人が天地流の使い手に敵う訳が無い。

マチアは遊び気分でけ続けながら文面に目を通す。


「こらぁ! オモチャじゃないのだ。さっさと返さないと親族一同行き場を失う事になるぞ!」


 子供だと思って脅すなら、もっと子供に効く言い方をすればいいのにね。


「へぇぇ、どれどれぇ。『私○○はシャムリ様作成別紙の記載通り供述しました事をここに証明いたします』って、すっごいねぇ。後付けでなんとでもできる万能供述書だよぅ、これって。こんなのに署名させようなんて、お役人様の御威光はやっぱり大したものなのねぇ」

「ぶはぁ 、ふぅ、はぁ……。お遊びはそこまでだ! これ以上は子供相手でも容赦はせんぞ。一生涯を台無しにされたくなければ、それを渡して全てを忘れるのだ!」

「なんで?」

「私のさじ加減一つでお前の全てが決まるからだ!」

「ほんと?」

「当たり前だ!」

「無理だと思うけど」

「何が無理だ!」

「だって、これ見てよ」


 マチアがシャムリ氏の目の前にライセンス証を突き付ける。

その瞬間に固まったのは高級官僚らしい理解力なんだろうね。

これまでの子供らしい表情を消し去ったマチアが【幻想】で船長とのやり取りを映し出すと彼の目は張り裂けそうに見開かれた。


「あとでこそこそ何か細工でもしたら、これが探究者ギルドの公式見解として公表されるからね。ギルドと戦争する積りならいつでもおいでよ」


     *


「何してるの。さっさと行くよ! 折角、君をのせて・・・・・やるんだからね」


 2つの無人島に海賊の視察に行くのが本来の役目の筈なのにそれは船での聴き取りで済ませるつもりだったらしい。

何で判ったかと言うとナビゲータが無人島の位置を知らなかったから。

あたしが書いた報告書に署名させたっていいんだけど『せめて自分の目で見て書けよ!』と連れてく事にした。

あたし達4人の搭乗は確定事項。

だって飛空艇に乗る機会なんて滅多にないと思うもの。

明日もよろしくお願いします。

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