第三章 海路の探究少女 10話 どうする?
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あたしはスタスタと斜面を上って海賊の集団に近付いてく。
マチアが動かないのは本当に万一の備えのつもりなんだろ。
声を上げた男の5メートルほど手前で立ち止まって、ニコッと微笑んであげた。
仲間の後ろに隠れないのは感心だけど、それ位はしないと荒くれ者を束ねるのは無理だもんね。
30人程の海賊たちが戸惑ってるのはマチアが動かないからかな。
こんな時にわざわざ離れた意図を考えてるのかも知れないけど、まさか何の畏れも感じてないなんて想像もしないよね。
2人一緒なら『皆で取り囲んで袋叩き』なんだろうけど、これは想定外らしくて誰かの指示が無いと動きづらいみたい。
待っててもしようがないから笑みを絶やさずにゆっくりと前に出る。
全身にまとった震動空間の可聴域を越えた唸りが【天鳴】に心地良く響く。
空震甲冑は空創系着装結界と違って物理的な衝撃限定だし効果も限られるけど、その分身にまとっても全く違和感がない。
想定外の魔法攻撃とかには障壁や結界を含めた使い分けが必要でそれにはまだまだ鍛錬が足りないんだけど、この相手ならそんな心配は要らないでしょ。
元々相手の攻撃を受ける気はないから、空震甲冑を起動したのも使うのに慣れるためなんだよね。
躊躇なく近付くあたしに気圧されたみたいに正面の男達がじわり後ずさる。
【聴く】の範囲を狭めて感度を上げてるから周囲直径50メートルほどは響きで全て把握できる。
緊張を堪えきれなくなったのか右端に居る男が投げナイフを飛ばす。
精確に頭を狙ったナイフをゆらりとした動きで避けたのが合図のように、全員が雪崩を打ってあたしに襲い掛かって来た。
物見台の人達が息を呑む響きを感じながら、あたしは動いた。
深層の甲虫魔獣に比べれば誰も彼もスローモーションそのものだし、天地流にとって対人戦は魔獣相手より御手の物。
30人もいるので一つ一つの動きを描写するとキリがなくなっちゃう。
痛い目に遭って貰うと宣言したから、全ての攻撃を見切って手当たり次第に関節を外して行く。
最後の方は逃げ回るのを追い込む時間が要ったけど、両肩や肘を外されて全員が這い蹲るのに5分と掛からなかった。
全員両腕が使えないので自分で関節を入れる事もできない。
ヒィヒィと呻き声が溢れる中にやせ我慢で1人こっちを睨みつけてるのは『ガキンチョ』扱いした男みたい。
無理して首だけ擡げて視線を投げるのに近寄って話し掛けた。
「どう? 少しは懲りたかしら」
「なんでぇ。殺さないのかぁ? お優しいこった。ふん! やっぱりガキのお遊びじゃねえか」
「そのガキに手も足も出ない気分はどう?」
「へっ! ガキだから勝てると思ったのはとんだ勘違いだったが、凄腕の探究者になら負けても当たり前だから何とも思わねぇよ」
「へぇぇ。あたし達の事知ってるみたいね。一体誰に聞いたのかしら?」
「俺が聞いたのはウチの親玉からだが。その先は知らねぇ。俺等は言われたまましてるだけだからよ」
「確かにね。放っとけば2日ももたないのに、わざわざ貨客船の情報を教えた上に抜け出したのまで見逃すんだもの。ここだけの事考えてたら馬鹿々々しくてやってられないわよねぇ。うん、知らないならまぁいいわ。今から関節は嵌めてあげるけど、外す時に筋が伸びてるから当分痛くて悪さは出来ないよ。大人しく、島の人達に捕まるのね」
海賊船3隻に30人は少なすぎると思ったんだけど、やっぱり今島に残ってるのは1隻だけで、残りは【親玉】が率いて島を出たと言う。
それ以上は本当に知らないみたいで何も聞き出せなかったけど、狙いはあたし等が乗ってた貨客船しか考えられない。
此処に居た海賊船以外にも多分貨客船の動向を見張ってた船がいる筈だから、あっちにはかなりの戦力が向かってるよね。
ただ、海賊の狙いは島の救出にもっと多くの人数が割かれる事で、あたし達が2人きりで向かったのは大誤算だった筈。
なので元々の警備員達は丸ごと船に残ってるしチャンクとティリオも居るから、脅しや多少の攻撃にはビクともしないだろうけど、早く戻る方が良さそうだわ。
あたしとマチアが海賊の関節を嵌めると、その端から住民が縄を掛けていく。
別の住民達が村に行って食糧の確認をし、取り急ぎの食べ物を持って来た。
食糧は海賊たちが食い散らかした物以外は手付かずで残っているし、金品もほとんど持ち去られていない。
そうこうする間に例の少年が浜に着いたので、あたし達は巡遊艇で一旦貨客船に戻る事にする。
戻りはイルカの先導も無いので空震水流の最大船速ですっ飛ばす。
住民がくれた乾パンを齧りながら往きの倍以上のスピードで真東より少しだけ北寄りに突き進んだ。
*
巨大な貨客船を4隻の外洋船が取り囲んでいる。
もう昼を少し回ったけど、彼我どちらも昼餉を食べれずにいるだろうね。
貨客船の甲板には大勢の警備員達が盾を持って並んでいて、操舵室の外壁に何本か燃えた矢の痕が見える。
『よかった』どうやらまだ弓矢や投石攻撃の段階で接舷には至っていない。
思っていたより警備員の人数が多いから遠距離攻撃で人数を減らしたいのでしょうね。
乱戦になる前に着くことが出来て、飛ばして来た甲斐があったわぁ。
マチアと頷き合って、空へ舞い上がる。
操舵室の上甲板にいるチャンクとティリオが手を振るのでその横に降り立った。
周りには2人が断ち切った矢が散乱している。
わざと目立つところで矢の的になってたみたい。
「よう、思ったより早かったな!」
「うん。碌なのが居なくてね。あっと言う間にエノラが終わらせちゃったわ」
「ここも早く終わらせよぅ。ねぇ、ティリオ。相手の首領はどの船にいると思う?」
「あぁ、それな。頭は海賊船の1隻だと思うんだが」
「どうした、ティリオ?」
「エノラ。お前も出掛ける前に見張りの小舟に気付いてたろ?」
「ふむ、あれね」
「あれを出した船と海賊船は命令系統が違う様な気がするんだ」
「どう云う事?」
「見ろよ、マチア。矢が刺さってるのは?」
「あれ? 船の左側ばっかじゃない」
「そうだ。左舷側に後から来た船。その前から居る偵察艇を回収した方の2隻が右舷なんだが、攻撃してくるのは左の2隻ばかりなんだよ」
「なんで?」
「さぁ、なんでだろうな。何故かは俺には分からん。でも、後から来たのが島から来た海賊船なのは間違いないだろう。それじゃあ、もう2隻はどこから来たんだ? それがどこかで答えが変わってくる様な気はするが」
「あのさ、ティリオ。その命令系統が違うってどんな感じなの?」
「海賊船は頭がはっきりしてて、その命令一下2隻がすかさず動いてる感じだが、右舷の2隻はそれに従う素振りも見せない。しかし、全く連係が無い訳でもない。現にこの船を4隻で取り囲んで逃げだせない状況を作ってるんだからな」
「それって別々の集団が1つの目的のために結託してるってこと?」
「目的が全く同じならやる事もそう変らん筈だろう。ティリオの言い方だと、標的はこの船で一致してるが、目的は微妙に違うって感じじゃないか?」
「きっとそうよ。で、もしそうだとして、これからどうするの? エノラ」
「もう1つ質問。あの4隻ってこの凪続きの海域でどうやってここにやって来たの?」
「海賊船はお前等が行った島からここまで時間を掛けてきたんだろ。北に行くのと東に向かうんじゃ使える海流も違うからな。別の2隻はずっとこの船を一定間隔で追いかけてたんじゃないのか。偵察艇を出すくらいだからな。同じ風でも船体の大きさや形状からしてこの船よりは船足は早そうだから追いつくのも無理じゃないし、あの大きさなら手漕ぎや魔力で増速するのも短時間なら何とかなるよな」
「じゃあ、不利になったらここから逃げ出す事もできるんだね」
選択肢が多いのに判断材料は乏しい。
島の事だって放ってはおけない。
さぁて、どうする?
明日もよろしくお願いします。




