第三章 海路の探究少女 6話 ポーラースター
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まぁ海賊にしろ、悪天候にしろ、大海獣にしろ、確率の問題だけでどの船にでも起きる事だし、あたし達が身を守れないようならどんな船に乗っていてももう諦めるしかない。
深層を単独制覇するような探究者が乗り合わせていれば別だけど、そんな人は護衛なんて引き受けないだろうし、客同士として顔を合わせるなんてまずあり得ないよね。
とにかくこんな豪華な船に乗る機会なんてそうそう無いんだから反対する理由は見つからない。
と言っても船代が全部ただになる訳じゃない。
元々4人共アテメアに向かうのは決まっていたから、クラムザッツさんが負担するのは標準的な船代との差額とチャンク達への受講料だけだ。
それでもかなりの金額には違いないし、もしこの船を選んでたら全部自分で出すんだから有難い話だわ。
ちなみに貨物料金は他の船とほぼ同じで、馬は貨物扱いだから差額は無い。
もちろん餌代もね。
食事は豪華な分だけ割高であたし達の出費は多くなるけど、それが自己負担なのも当たり前ね。
出帆は明後日と言うことなので総統公邸に戻り、チャンク達がフィリアス君の鍛錬を始めて、あたしとマチアは暇潰しにそれを見学する事にした。
それなりの家柄なら最低限の武技と魔法の鍛錬はしてきた筈だけど、どうやらお勉強中心の教育方針だったらしくて、どっちもその最低限に近いみたい。
変に癖が付いていないから天地流を教える事も出来るんだけど、半日観ていてあたし達やカザムさんのような相性は持ち合わせていないのが分かった。
これじゃ船旅の期間だけではどうにもならないし、その後に関わる気もないから鍛錬は完全に彼等に任せる事にしたわ。
まぁ魔法野の鍛錬で魔力量を上げる位は出来そうだから、それは彼の心掛け次第で教えて上げてもいいかな。
鍛錬中にティリオが聞き出したスキルは【算定】と【管轄】で、役所の部門責任者や中規模の商家程度なら問題無くやっていける筈。
彼等の言う通り、意志を貫くだけの体力と精神力が鍛錬で培われればいいのであって、それは何も天地流でなくても構わないのよね。
時間潰しと言いながらあたしとマチアはかなりの上機嫌だ。
昼餉を外食して公邸に戻ったあたしにクラムザッツさんから連絡があって、『ご迷惑をお掛けしたので何かお詫びをさせてください』と申し出があったので、冷却系の魔具を買える店を紹介して欲しいと頼んだら、『それなら、ウチにある冷暖両用のを差し上げますよ』と二つ返事が返ってきたのよね。
『小型で嵩張らないのに効果は高い優れものなのですがね、その分燃費は余りよろしくないのですよ。でも探究者さんなら魔石に不自由はしないから大丈夫ですよね』との事で、願ったり叶ったり。
魔石なら大きな振り分け袋にいっぱい持ってるし、行く先で魔窟に入れば手に入るんだから不自由しないどころか有り余ってるのよね。
*
「ねぇ、貴方達! いつまでもあたし達の部屋でゴロゴロしないで出て行きなさいよ。いくら大きめの部屋だって4人も居たら息が詰まるわ!」
「そう、言うなってよぅ。俺達もいつの間にかイクァドラットの気候に慣れちまったみたいで、この赤道域の暑苦しさが堪らないんだ。なんとかあと二日ここに居させてくれよ」
「駄目ったら駄目! まさかあたし達の部屋に泊まる気じゃないでしょうね。そんな事できる訳無いじゃない! フィリアスだって同じ魔導具を持って来てるんだから、彼を貴方等の部屋に呼べば済むことでしょうが!」
「だってあいつ魔石が惜しいからって、ここみたいにかけっ放しじゃないんだよ」
「そうだよ。総統府は上より暑いから我慢できるってやせ我慢しやがって」
「もう、何で探究者が魔石くらい持ってないのよ! 情けないわね」
「魔石はあるけどありゃあ万一の戦闘用だからこんなとこじゃ使えない」
「わかったから。ほら。3日分の魔石あげるから、出てって!」
マチアが背中を蹴飛ばす勢いで2人を追い出した。
クラムザッツさんとツムタット氏の見送りで出帆して半日もするとどんどん気温と湿度が上がってきた。
あたしとマチアが堪らなくて部屋に籠って魔導具を使ったのを鼻で笑ってた2人が夕餉の後部屋に雪崩れ込んできたのよね。
河口に達した船の周りは完全に赤道直下の茹だる様な暑さになって、多分気温は体温とほとんど変んないような気がする。
船は一気に北を目指して3日も経てば暑さは和らぐらしいけど、それまでが大変だ。
2人共さっきまでの元気はどこへやら、部屋に入ったら梃子でも動かなくなっちゃった。
食堂には冷却水の魔導具があるからそれで水分補給して体力さえあれば乗り切れる筈なんだけど、『生きていれる』のと『我慢できる』の差は大きい。
でもさ、『体力と精神力を培わせる』役目の2人がフィリアス当人より堪え性が無いのはかなり問題よね。
もしかすると『やせ我慢』って言うのが正解で、チャンク達がウチの部屋に逃げ込んで魔石をせしめて来るのを当て込んだ三文芝居に引っ掛けられてるのかも知れない。
まぁそうだとしても、それならフィリアスを褒めてあげるべきかな。
これから1人で生きていくんだから、その程度の知恵は回らないとやっていけないだろうし。
「それじゃ、行って来るね」
「あぁ、頼んだわよ」
あたしは客室を出て甲板に向かった。
ダフネ達、あたし等の5頭の馬は同じ馬小屋にしてもらったんだけど、あたしとマチアは交互にそこへ数時間おきに顔を出してる。
何をしてるかと言えば氷結で馬小屋の天井奥に氷柱を作ってるのよ。
馬だってこの暑さは大変で、病気になられたら困るもの。
自分の部屋は魔導具で馬小屋が魔法なんて本末転倒な気がするかも知れないね。
馬小屋は氷が溶け出して床が濡れても平気だから氷柱を作るだけで済むけど、船室を水浸しには出来ないよね。
氷じゃなくて冷却とかで部屋の温度調節だってできるけど、ずっと魔法を使い続ける事になる。
それって結構気が疲れるので誰もやりたがらないのよ。
これだけ暑いと微冷じゃ気休めにしかならないしね。
*
相変わらず照りつける陽射しは強烈でとても暑いのは確かだけど、とにかく何とかあの蒸し風呂の様な不快感からは抜け出せたみたい。
3000メートルの絶壁が続くイクァドラットの威容について語る人が少ない理由が分かった気がする。
乗員たちは河口から出た瞬間から北へ向かう事に全力だし、乗客は暑すぎて甲板に出て景色を楽しむ余裕なんてどこにも無いのよ。
あたしとマチアは馬小屋に向かうのに甲板に上がって夜目に黒々と立ち塞がる絶壁を見たのだけど、余りにも大き過ぎて現実味が無かったのと早く用を済ませて船室に戻りたい一心で、翌朝になってほとんど何も憶えていない事に気づいた。
朝餉の後に艫側の甲板に出て南を眺めると確かに見える。
海上に障害物は無く巨大な断崖がくっきりと見えているのだけど、離れた距離がすでに150キロ以上。
その距離の何倍もある東西の長さはこれくらい離れてはじめて実感できたけど、高さを仰ぎ見るには余りに遠かった。
それにまだ暑さが変らないので、またそそくさと船室に戻っちゃった。
その翌朝にはもうイクァドラットは全く見えなかった。
標高3000メートルのものが水平線の上に見えるのは多分二百数十キロまでだろうし、霊山の山頂は小さくて見付けられなかったんだと思う。
こんなに速く北へ進めるのは赤道域に吹いている強い偏東風を真横に受けて進むからで、3日目の今はその風域を抜けて船足が随分と落ちている。
ここからは海流とその時々の風を掴んで北へ向かうんだけど、この世界にも極星があって夜間は当分その星を目標に進むみたい。
さあ、ここからが長い船旅の本当の始まりみたいなもの。
暇に飽かせてこの世界の星座でも調べて見ようかな。
明日もよろしくお願いします。




