第三章 海路の探究少女 5話 若いって素晴らしい
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静かな部屋にパチパチと拍手が響く。
クラムザッツ総統がにこやかに一人だけ精一杯の拍手を打っている。
「いやはや、何ともお見事な手際。これでエノラ殿の腕前の程は充分過ぎる程に証明されましたな。ウチの警備員共は震え上がって降参も出来ずにおりますが、これ以上続けるのは弱い者虐めになりかねません。こら、お前達もエノラ殿が手を休めて下さるうちに、とっとと退散せんか」
うん、いいタイミング。
あたしはもうノルマを果たしたから、これ以上何をする気も無い。
公邸の主の声を受けて警備員達が武具の欠片を拾い集めて、そそくさと部屋を出て行く。
警備員と入れ替わりに使用人数人が出てきてテーブルを元の位置へ戻しに掛かる。
あたし達の4人の席はそのままで、クラムザッツさんの所に椅子が2つ。
どうやら呆然自失のフィリアス君もここに残るらしい。
扉の向こうからとてもいい匂いが漂って来て、あたし達は鼻を膨らませた。
*
「……と言う事で。いかがでしょう、護衛の件は引き受けていただけますかな」
あたし等4人が欠食児童と化して無言の時がしばらく流れ、ようやく落ち着きを取り戻した頃合いでクラムザッツさんが本題を切り出した。
「そうですね。先程の流れは別にして、私達の様な年の近い女子に守られるのが嫌だと言う気持ちは理解できるし、総統の親心も良く分かります。なので、護衛の任務はこちらの男性2人として、バクルットはその後見をすると言うのはどうでしょう」
「おぉ、それは素晴らしい。それならば、なぁフィリアス」
「いぃや。それはどうでしょうねぇ。確かに我々が護衛に就いてこの2人が同行すれば目的地まで安全確実に着くのは間違いないでしょうが、それが本人の為になるんでしょうか? なぁどう思う、チャンク」
あたしの提案に喜ぶクラムザッツさんをティリオが遮り、チャンクがその後を継いで話しだした。
「そうだな。いくら親戚が成功してるとは言え、新天地に1人で乗り込んで身を立てようとしてるんですよね。その身内がフィリアスさんを甘やかすのも問題だし、逆に理不尽に虐める可能性が無い訳でもないでしょう」
「…………」
「そう。とにかく立身するには自分の力が一番で、それが無ければいつ元の木阿弥に返るか分かったものではありません。だから、フィリアスさんには船旅の間にその力を培ってもらいましょう」
「????」
「ご子息には我々の弟子として同行してもらいましょう。我々は護衛としてご子息を守るのではなく、弟子の身の安全を図りながら武技や魔法を鍛錬する。当然いただくのは護衛代でなく受講料になりますね。探究者は無理でも、こちらの警備員に劣らぬ程になれば大概の難渋は凌げるでしょう」
へぇぇ、こうした世情に通じた策ならあたし等よりずっと気が回りそうね。
まぁ、アテメアまで長い旅になりそうだし、何一つ答えを急ぐ必要なんてどこにも無い。
何と言っても今のあたしとマチアに時間は掃いて捨てるほどあるんだ。
『本当若いってすばらしいわぁ』ってぽろっと漏らしたら『何言ってんの?』なんてマチアに理解不能の表情で突っ込まれてしまった。
「いやぁ、確かに若さは素晴らしいですなぁ。その様な提案をしていただけるとは思いもしませんでしたぞ。たしかにこの長い船旅はフィリアスにとって大きなチャンスになるやも。私の石頭では思いもつかない提言をいただけるとは今夜は素晴らしいご縁になりました。なぁ、フィリアス。お前が何と言おうが私はこちらの御二方にお前を預ける事に決めたぞ。お前はそのつもりで出立の準備を済ませなさい」
「うん。僕は年の近い女の子の護衛が嫌なだけだし、強くなれるなら大歓迎だよ。えぇっと、ティリオさん、チャンクさん。よろしくお願いします」
えぇぇぇ!
一体全体何だってのよぉ。
あんなに世間知らずのわがまま坊やだったフィリアス君が、なんでそんな良い子になってるの?
あたしが馬鹿にされたことも、完璧にリカバリーを決めた事も、完全に無かった事にされてんじゃないの?
はぁぁあ、マチアじゃないからいじけて拗ねたりしないけどねぇ、どうも顔には出てたらしいわ。
「嫌がられたからって虐めちゃ駄目よねぇ。私も我慢するからエノラもなるべく穏やかにね」
マチアに心配されるなんてあたしも救いようが無いのかな。
*
翌朝、あたし達は4人で水路の1つに向かった。
寝ている間にかなり雨が降った様で地面は濡れてるけど、荷扱いの都合のために港湾区域は全て石畳で舗装され排水も考慮されているから足元に不安は無い。
東の空は明るいのでたぶんもう雨の心配は要らなそう。
チャンク達がフィリアス君の乗る予定の船を聞き出したので今から下見に行く。
結局昨日は総統公邸の部屋を用意してもらったのでチャンクとティリオはここぞとばかりにタダ酒を楽しんでいた。
あたし達がそれに付き合ったのは酒癖を見ようって魂胆もあったんだけど、酒がかなり進んでも陽性の明るい飲みっぷりだったから酒乱の心配はなさそうで一安心。
総統親子は食事が済むと席を外したので、そこからはざっくばらんに話しあった。
2人の酒のせいもあって話のタネは色んなとこに跳んで取り止めも無かったけど、それなりに楽しく過ごせた。
数少ない決め事の1つが年や強さは措いて対等に付き合おうって事で、もう1つは今朝のこの予定なのよね。
「凄いねぇ。初めて近くで見るけど、こんな大きな船があるんだぁ」
「本当。遠目でも大きく見えたけど、これは想像出来なかったわ」
「あぁ。外洋船はどれも大きいが、このクラスは特別にデカいからな」
「基本はどれも貨客船で、船の甲板下数層が客用、その下は全部貨物庫だ。普通の外洋船は人のスペースが多くても3層までなんだが、こいつは4層ある」
「へぇ、それって多いの?」
「甲板面積も広いから客用の空間が他の船の倍は下らない」
「乗客定員はほぼ同じだから、単純に1人当たり倍の広さを使えるんだ。客室も広いが、長い船旅での退屈や運動不足の解消に客用の甲板を広めに開放してるし、別に乗馬場まで在る」
「至れり尽くせりね」
「そうだな。その分料金は高いから乗れる人種は限られるがな」
「快適なんだが、問題が無いわけじゃない」
「なに?」
「問題は積荷の殆どが船会社の持ち荷って事だ」
「それがなんで問題になるの?」
「船が大きい分だけ警備要員も多目には配備してるんだが、他の船みたいに貿易商の持ち込み貨物を積んで無いから個人的な護衛の人数が圧倒的に少ないし、質もな」
「あぁぁ、なるほどね。警備要員って、昨日エノラがやっつけた人達のレベルって事ね」
「あぁ。余裕のある貿易商なら虎の子の荷を守るために探究者を雇うが、船会社に常雇いされるような探究者はいないからな」
「あとは言わずもがな。どうしたって海賊の目標になり易い。自分達と同レベルの警備しかない上に乗客は皆金持ちだ。海賊も知恵が働いてそうそう人は殺さないし、船も沈めない。海賊船に詰める貨物量なんて高が知れてるから船会社としては貨物の損失は折り込み済みで、海賊の狙いも乗客の私財だな」
「ここんとこの人的損失は接触時の警備要員と抵抗した乗客がほとんどだが、嫌な話もある」
「「???」」
「見た目の良い女が嬲られるのは当たり前みたいになってるから、絶対に格上の護衛が必要なんだよ」
「へぇぇ。でも、私等みたいな子供は大丈夫よね」
「いいや、あんな連中は悪趣味を隠そうともしないからな。もっともお前等に勝てる奴なんて居る訳ないが」
「ふん、当然よ。それで、そんな事が私達の問題になるの?」
「俺等2人なら自分と自分の客の安全だけを守ってりゃ事が済むんだが、お前等は他の客の事も放っておけないんじゃないか」
「あぁぁ、確かにね。でも大丈夫だよきっと」
「お前等の事は心配しちゃいないさ。ただな、海賊も元は食い詰めた貧乏人がほとんどだから、殺したりすると寝覚めが良くないんじゃないかと思ってな」
明日もよろしくお願いします。




