第三章 海路の探究少女 4話 ちがう、そうじゃない
今日もよろしくお願いします。
クラムザッツ総統の顔色が変わってる。
世間知らずの次男坊と違って要職にある彼が世の中の常識を知らない筈がないのよね。
うん、探究者は面子をとっても大事にする。
それは個人的な自負や矜持に関わりなく探究者と言う職業自体を守るためのもの。
強さそのものが存在意義の探究者は見縊られたら御飯の食い上げなのよ。
なので探究者同士の諍いや軽口で貶し合うのは全く問題ないんだけど、一般の人が探究者そのものの価値観を損なうような発言や行動をとるのを決して許さない。
逆にそのような態度をとる一般人は探究者からいわゆる制裁を受けても仕方ない。
もちろん殺すなんて事はあり得ないけど、半殺し程度は良くある話なのよね。
これは探究者にと言うか世間全般に通じる不文律で、総統なんて高い地位にいるクラムザッツさんが子供みたいなあたし達に対等の物言いをしてるのもそれがあるから。
もちろんその逆も真で、探究者が引き受けた重要案件に失敗すれば多くの場合はライセンスの取り消しにまで事が及ぶし、理不尽に一般人を虐げた事が判れば取り消しどころか社会的に抹殺されてしまう。
探究者試験の筆記や面接の大半はこの手の内容が網羅されていて、成人受験者はそれが充分理解出来ていればライセンスを手に入れることが出来るのよ。
ただし、ライセンス入手後直ぐに魔窟に潜って第1層を越える事を義務付けられていて、4度以内にクリア出来なければ即時ライセンスは取り消されてしまう。
それにその義務を乗り越えても素の実力で中層に辿り着けない者は探究者としてやっていけないから副業を持つことになる。
魔薬や魔具や他人に頼っていたんじゃ、低層の実入りだけだと赤字確実だもの。
なので、ライセンス取得間もない者や副業を持つ者を半人前呼ばわりしても【探究者】全体を馬鹿にした事にはならないんだけど、【仮ライセンス】の意味を取り違えると痛い目に合うんだわ。
前にも言ったとおり【仮ライセンス】は年齢を基準としたもので、それだけに審査が厳しくて確実に中層に達する強さを認められた者にしか発行されない。
【仮ライセンス】はそれだけでギルドが強さを認めた探究者の証なのよね。
チャンクとティリオが年端もいかないあたし達を対等の探究者として扱うのもそのお蔭なんだけど、その2人が面白そうにあたし達を見るのがちょっと腹立たしい。
【仮ライセンス】ならではの厄介事はあたし等自身が解決するしかないんだもの。
相手は子供だし、まさか親馬鹿総統の目の前で半殺しにする事も出来ないんだけど、ここで下手に出たんじゃ【不文律】を破ってギルドの威信を傷付ける事になっちゃうのよね。
「ちょっと、あんた! 私達が何だって?! まさか、仮免許で弱っちぃなんて言ったんじゃないよね。言い直させてあげるから、謝るんなら今の内だよ」
マチアが勢い良く言い放つ。
そうだよね、相手が謝ればそれで済むんだけど。
「はん! なんで僕が謝るんだ? お前等みたいな半人前、うちの警備員達の足元にも及ばないぞ。お前等こそ、さっさと尻尾を巻いて出てけよ!」
あぁあぁ、言っちゃったぁ。
マチアも二の句が継げずに目を見開いて固まってしまう。
「分かったわ。あたしが相手してあげるから、君の御自慢の警備員達を連れておいでよ。何人いても構わないからさ。武具があるんならそれを使ってもいいし、魔法が使えるんならそれもいい。あたしは魔法は使わない。武技とスキルだけでやるから」
「言ったな! よぉし、待ってろよ!」
フィリアス君が入って来た扉から駆け出していった。
クラムザッツさんは口を出せずに困惑するばかりだけど、本人に危害が及ばなさそうで少しほっとしているみたい。
警備員達には可哀想だけど、誰かが犠牲にならないと収まらない。
これもお給金のうちだと諦めてもらうしかないわね。
チャンクとティリオが手早くテーブルと椅子を片してしまう。
流石に荒事には事欠かないみたいで手慣れたものだわ。
手持ち無沙汰なんであたしは手刀に震動空間を纏わせた。
ブゥゥゥンとごく低い唸りが【天鳴】に心地良く響く。
「おぉ怖ぁ。ありゃあ、怒らせない方が良さそうだな」
「あぁ、とんでもないな。素手で超大型を打っ壊しちまいそうだぜ」
あの後私は色んな物に震動空間を纏わせるのを試し続けて、もちろん体にだって使えるようになった。
どうやら2人にはあたしの手刀の物騒さが分かるみたいで、小声で耳うちしたのがスキルに響く。
強さは大した事なさそうだけど、感知とか探知系とかが凄く優秀なのかも知れない。
そうこうする内に奥の扉の向こうに幾つもの足音が響いて来た。
「ふん、逃げ出さずにまだ居たな。どうだぁ、これがウチの警備員だ。恐ろしければ降参してもいいんだぞ!」
自分の強さでも無いのに踏ん反り返ってるのが滑稽だけど、まぁ確かに見た目だけは立派なのが揃ってるのは確か。
ひぃふぅみぃよぉ、全部で5人。
全員2メートル前後の長身であたしやマチアは見上げるしかないし、100キロを越えるだろう体重の大半が筋肉なのも見れば分かる。
でもそれだけ。
大体警備員とか用心棒になるのは低層を越えられなくて探究者を諦めた者がほとんどで、しかも知恵やスキルで他に潰しが効かなかった連中が多い……ってのはカザムさんの受け売りだけど、一般人の間では強面でも探究者の相手にはならないのよね。
さぁて、どうしようかな。
うん、あたしが言った通りちゃんと刺股とか突棒とかで武装してる。
本人達が悪い訳じゃないのに痛い目に合わすのは気の毒だから、まずあれからよね。
「行け! 弱っちくても相手は探究者だ。どんな目に遭わせたって大丈夫だから、思う存分やってやれ!」
酷い事言うのねぇ。
確かに一般人にやられましたって訴え出る探究者はいないだろうけど、そんな弱いのはまず居ないのよ。
チャンクとティリオは面白げに見ているけど、マチアは自分の毛先や指先を見詰めて退屈そうにしてる。
『探究者』と聞いて一瞬尻込みしかけた者も、1人が長い突棒を振り回して打ち掛かるのに触発されて全員が襲い掛かった。
天地流で転がすのは簡単だけど、転がすだけじゃ多分終わらない。
かと言って彼等を痛め付けるのも酷だから、先ずはこんなところから。
「これ見てまだ闘うなら褒めてあげるわよ!」
打ち下ろされたり突き出されて次々と迫る刺股や突棒を、あたしは左右の手刀に纏った震動空間で切り刻む。
警備員達は目と口を大きく開けて動かなくなった。
そりゃそうよね。
警備用の武具って頑丈なだけが取り柄で彼等みたいな筋肉の塊がどんなに頑張ったて毀したり出来ないように作られてるんだもの。
それが素手で微塵切りみたいにバラバラにされちゃったんだから、我が身に置き換えてみれば竦み上がるのが当たり前。
「卑怯だぞぉ! 魔法は使わないって言ったじゃないか!!」
フィリアス君だけが事の深刻さを理解していないみたい。
「あら? 魔法なんて使ってないわよ。これはあたしのスキルだもの。逆に訊くけど、君は魔法でこれをできる人を知ってるのかしら?」
「…………」
世間知らずでも良家の子弟なら魔法の勉強はしてる筈。
こんな細々した動き一つ一つに武具を切断するだけのエネルギーを付与する魔法がどんなに大変な事か、落ち着いて考えれば直ぐに分かる。
どっちにしたってあたしの強さを認める事にしかならないのよね。
「いやはや、これ程凄い威力とはね」
「あぁ。打っ壊しそうとかじゃなくて、超大型を確実に瞬殺だな」
「違う、そうじゃないよ。それじゃ、貴方達もお坊ちゃんと五十歩百歩。エノラの凄さは、5つの武具の攻撃を見切って躱しも受けもしないでまとめて処理できる武技の冴えにあるの。私なら最初に一旦全部避けるか、最低でも2本は受けないと無理。まっ、貴方等より綺麗に捌けるのは確かだけど」
エノラに言われて、2人はただ首を竦めるしかないみたい。
明日もお付き合いくだされば幸いです。




