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第三章 海路の探究少女  3話  こまっちゃうな

お読みいただきありがとうございます。

 正直、こんな所でバクルットの名が出るとは思わなかったので驚いた。

あたしとマチアが顔を見合わして首を傾げると紳士は表情を緩めて言葉を繋ぐ。


わたくし、エンリット・クラムザッツ総統の元で執事を務めておりますツムタットと申します。本日はクラムザッツからお二人にお話がございまして、お迎えに上がりました」


 執事と聞いてまたびっくり。

大昔は多くの国が貴族社会だったから、名家と呼ばれる家には家宰とか執事と呼ばれる役回りの人がいるのが普通だったらしいけど、今はもう社会の仕組み自体が変わってる。

昔の王族とか大貴族の末裔で成功している家門にそんな役目の人がいるらしいって言うのは聞いたことがあるけど、イクァドラットは社会の仕組みが変った頃に出来た国で、元々王族や貴族なんて家系は無い筈なのよね。

ひょっとしたらクラムザッツ家ってアテメアの大貴族の末裔とか、なのかな。


「この後のご予定は既にお決まりでしょうか? 差し障りが無いようでしたら、晩餐にご招待するようことづかっております。ご都合はいかがでございましょうか」

「それはご丁寧にどうも。わたくしはエノラ・バクルット、こちらが従姉のマチアです。失礼ですが、ご用向きはバクルットの者として、探究者として、どちらの立場でお聞きすればよろしいのでしょうか」


 国家元首ではないとしても国を代表する立場の人からの招待を無下には出来ない。

マチアに任せると不躾な口を利きかねないので、ここは機先を制する事にした。


「はい。お二人のご都合につきましては探究者ギルドからの紹介と聞いておりますので、探究者としてのお話がおもになるかと存じますが」

「あぁ、それならば。探究者の連れがあと2人おりますので、同行をお許しいただけるなら、こちらは何の不都合もございませんわ」

「左様でございますか。当方もおっしゃる通りで問題は無いと存じます。馬車の用意もございますが、皆様騎乗の方がご都合良さそうですね」

「はい。こちらでも話をしておきたいので、馬車の方で少しお待ちいただけますか」

「承知いたしました。それでは表でお待ちいたします」


 探究者4人がどれ程の戦力になるかはイクァドラットの者なら想像出来る筈。

無いとは思うけど、万一悪意を向けられているとしてもチャンクとティリオが一緒の方が向こうにも対応が難しいと思わせることが出来るんじゃないかな。


「ねぇ、何だか厄介事の臭いしかしないんだけど」

「でも無下にはできないでしょ。総統府権限とかで足止めを喰らったら、それこそ厄介じゃないの」

「うぅぅん、確かにねぇ」

「おいおい、俺達はおいてけぼりかよ」

「まぁ、タダ飯にありつけるなら俺は構わんけど」

「うん、ごめんね。2人より4人の方が相手も用心すると思って」

「ティリオの言う通り、俺も別にいいけどよ。総統府へのご招待って堅苦しそうだな」

一端いっぱしの探究者なら公式の場の礼儀作法くらい知ってるわよね」

「あぁ。好きじゃないがね。チャンクも俺も晩餐会やパーティの経験は積んでるよ」

「じゃあ『タダ飯』とやらをいただきに行きましょ。招待の理由は話を聴かないと分からない。そこは臨機応変にね」

「「「了解」」」


     *


 騎乗で馬車の後について街の奥へと進んで行くと、やがて大きなお屋敷の前に着いた。

門番がいるみたいで馬車の到着に合わせて大きな鉄柵の門扉が開く。

馬車はそのまま屋敷の敷地内に進み、あたし達もそれに続く。

勝手に燐光ライトを使うのも失礼だから庭の様子は暗くて良く分からないけど、玄関前の馬車回しまで数十メートルはあったので広い手入れの行き届いた庭園なんだろう。

2階建ての家屋も玄関周りの様子からするととても立派な建物のようだ。

『きっと総統公邸よね』と並んで進むマチアの囁きに頷きを返した。

玄関前でツムタット氏が馬車から降りたので、あたし達も馬を降りてシルファから荷物を取った。

玄関で待っていた使用人とおぼしい男性2人に馬達を任せて玄関を入る。

『どうぞ、こちらへ』とツムタット氏にうながされて廊下を進み、かなり奥まった所に在る大きな扉をツムタット氏が開いた。


     *


「やぁ、いらっしゃい。私がエンリット・クラムザッツです。急にお呼び立てして申し訳なかったですな」

「ご招待ありがとうございます。エノラと申します」

「マチアです」

「チャンクです」

「ティリオです」

「早速、食事と言いたいところですが。今急ぎで人数分を拵えているので、少しだけお待ち願いたい」

「勝手を言ってすみませんでした」

「いや。こちらが無理を言ったのでお気になさらず。どうぞ、お掛けください。先に飲み物を用意しますが、お嬢さん方は未成年ですね」

「「はい」」

「男性はアルコールも大丈夫ですかな」

「その方がありがたいです」

「それじゃ、皆さんの分を頼むよ、ツムタット」


 静かに頷いたツムタット氏が奥の小さな扉から出て行った。

大きなテーブルの片方に並んだ席をあたし達4人に勧めて、向い側の中央にクラムザッツさんが腰を下ろした。

大柄で気さくな小父おじさんと言った感じの人物で、ぱっと見はツムタット氏の方が余程出来るように見えるけれど多分その見た目は当てにならないんだろう。


「じゃあ、食事が来る前にお呼び立てした用件についてお話ししましょうか」

「あら、よろしいんですか。それなら是非お願いします。お食事はやはり落ち着いていただく方が美味しいですものね」

「では手早く済ませてしまいましょうか。ふむ。私には子供が3人いましてね。男2人と娘が1人で、長男と長女は成人しているのだが末のフィリアスはまだ11歳です。実は私はマジャン国の旧公爵家の血筋でしてね。ここで総統などと祭り上げられたのも、アテメアとのそうした繋がりを期待されての事。それなりの自負心もあるし、子供の行く末も案じている。とは言え、世襲でもなんでもない公職に就く身では子供にしてられる事は限られて、次男ともなればそれはもう無いに等しい。皆さんからすれば親馬鹿の極みにしか見えんでしょうが、私は彼にも人の風下に立たぬ道を歩ませたいのですよ」

「はぁ、それは素晴らしい親心ですね」

「おぉぉ、その年で親心を理解されるとは何とも素晴らしい。流石はイクァドラットで名にし負う商家、バクルットの身内だけの事はある」


 てっきり最初はあたし達を惑わせようと戯言ざれごとを続けているのかと思ってたんだけどそうでもないみたい。

この人は自分でも自覚している通りの極度の親馬鹿なのかも知れない……と言って、それが分かったところで、あたしに何ができる訳でもないのよね。


「幸いマジャンの親族はいまだ大した勢いを誇っていましてね。フィリアスにはあちらを頼らせようと思うのだが、何しろアテメアは遠い。旅路の最中さなかに何かあればと、これがもう不安でしようがないのですよ」

「あぁ、なるほど。それで護衛をお探しでしたか」


 ここまで来てようやく話の中身が見えてきた。

答えたのがティリオなのは護衛の経験が多くて交渉にも慣れてるから。

でも残念ながら彼の答えだと50点なのよね。


「でも、得体えないの知れない護衛を頼むの不安だから、氏素性がはっきりした探究者がタジフにやって来ないかをギルドに問い合わせていたのですね?」

「おぉ、その通りだよ。だから是非とも依頼を受けて貰いたくてね。イクァドラットでバクルットほど安心のできる取引相手はそうそう居ないのだから」


 そう悪い話でも無いし『受けてもいいかな?』と考えていると、さっきツムタット氏が消えた奥の扉がバタンっと開いた。


「だから父さん! そんな僕と年も違わない仮免許の護衛なんかゴメンだって言ってるじゃないか。どう考えたってウチの警備員達の方が強いだろ!」


 あらぁぁ、半人前扱いされちゃったぁ。

『どうしようか?』ってマチアと顔を見合わせるのを、チャンク達が笑いを嚙み殺した表情で見てる。

さぁ、どうしようか?

正直な話、とっても『困っちゃうな……』ってねぇ。

明日もよろしくお願いします。

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