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第ニ挿話 その5  硝子の少年

今週もよろしくお願いします。

挿話は一旦ここで一段落し、

明日から本編が再開、第二章が始まります。


「お久し振りです」

「お元気そうで、よかったわ」

「貴女達もね。元気が一番だぞって、社長も言ってるんじゃないかしら」

「ふふっ。……あらぁ、なんて可愛いのかしら」

「噂の梓ちゃんとはるちゃんね。はじめまして江西です」

「私は中馬なかまよ。よろしくね」

孤宮こみや梓です」

はるです、「はじめまして。よろしくお願いします」」

「まぁ、挨拶もお揃いなんて、まるで双子みたいね」


 平成9年8月、【社長】の訃報が届いて訪れたお通夜の席で久し振りに江西と中馬に会った。

2人は役員になる事無く四五しご年程前に前後して定年退職している。

前に会ったのは一昨年で、唯一異性の部下だった当時の若手社員が『部長に昇進しました』と3人を食事に招いてくれた時だった。

心臓の不調を理由に引退した【社長】は、その後も東京でお手伝いを雇って一人暮らしを続けていたのが、3年前に次女の嫁ぎ先に近い高原の療養施設に入るのを見送ったきりになってしまった。

近県ではあるが東京から新幹線に乗る距離の通夜は訃報の翌日で、たまたま梓と華が通う小学校が休日の第二土曜日にあたるので宿を取り、2人を伴ってやって来たのだ。

梓と華に手が取られたのは事実だが、それを理由に不義理をしたのが心残りだと漏らすと、『子育て中の母親に不義理なんて言葉はありませんわ。もしそんな事言うならを天国までお灸をすえに行かないと』『そうですよ。私なんて孫の相手だけでも大変なのに。そのお年で2人同時に育てるなんてそうそう出来る事じゃないんだから、そんな事言っちゃ駄目ですよ』などと窘められてしまった。

会社や業界の関係者も来る筈だが、遅れているのか本葬だけにするつもりなのか顔を合わさない。

会えば話が長くなりかねない。

梓と華がいるので今夜は早く宿に戻ろうと焼香だけ済ませて早々に葬儀場を後にした。


 宿を取った市中からはそこそこの距離だが、葬儀場はJRの駅からは歩ける距離だ。

5人で歩きながら話して、2人の宿も同じ市街のホテルだと分かる。

お互い新幹線の中で軽食をとっただけなので、少し遅くなるがホテルの近くで夕食にしようと話がまとまった。

『それにしても2人共驚く程可愛いですね。まさか見た目で選んだんじゃないですよね?』と中馬が耳打ちするのに『たまたま条件の合う子を紹介してもらっただけよ。親の顔も知らないし物心つく前の子の顔なんて変るものだから選べるわけないでしょ』と2人には聞こえない様に返す。

正直なところ季恵も驚いているのだが、成長するにつれ梓とはるは『これぞ美少女』と言う見た目になってきた。

母の面影は今でもくっきりと目に浮かぶが、増岡の血が入って少々間延びした季恵の顔よりも2人の方が毬絵に似ている気がする。

毬絵を少しだけキツメにしたのが梓で、少しおっとり目なのが華。

不思議なもので実際の性格は華の方が少し気が強いのだが、それはともかく自分の養子が母そっくりに育つのを見て季恵は何らかの因縁めいたものを感じずにはいられない。

小学校では二卵性双生児と信じられているそうで、同じ月生まれの2人はお互いの誕生日のちょうど中間の日を誕生日として公表していて、いつの間にか家での誕生祝もその日にするようになった。


 翌日昼前の本葬にはかなり余裕を持って移動を済ませた。

通夜から戻る際に駅前にカラオケボックスを見つけていたので、3時間延長ありの設定で部屋を借りる。

季恵はそこで喪服に着替えて葬儀場へ向い、2人はカラオケ三昧で彼女を待つのだ。

やはり本葬には見知った会社業界関係者の顔が多く、読経と焼香の間以外は江西たちと一緒に挨拶に追われる事になった。

江西と中馬も着替えて帰りたいと言うので3人でカラオケボックスに向い、2人分の追加料金を払って部屋に入る。

梓と華は2人を見て一瞬歌声を止めるが、季恵から『続けて良い』の身振りを受けて気に留めずに歌い続けた。

どうやらあと3曲ほどは予約を入れているらしい。


「本人より確実に上手いわねぇ」

「ほんとだわ。ダンスまで2人用に変えてるのね」


 某女性アイドルのヒット曲なのだが、本来の歌には無い和声がふんだんに折り込まれている。

しかも主旋律がどちらかが決まっておらず、阿吽の呼吸でコロコロと入れ替わるのに音程や和声に寸分の狂いも無い。

オリジナルのアイドルらしい簡単なダンスもアレンジして最近出始めたダンスユニット風のストリート系の振付になっているのだが、江西と中馬にそこまでは分からないだろう。

物心ついた頃から季恵が教え込んだのは算盤だけだが、ピアノ教室とバレエ教室には幼稚園の頃から通わせた。

自分が鍵盤楽器と踊りが苦手なので出来る方が楽しいに違いないと思っただけだが、2人共性に合っているようで辞めたそうな素振りは見せた事が無い。

女性アイドルの曲が続いて最後は先月デビューしたばかりのKi⊡ki Kidsの【硝子の少年】がかかる。

これは元々デュオの曲なのでダンスアレンジは無いらしく、和声もほとんど原曲通りなのは作曲者山下▢郎の『編曲がいいからよね』と季恵は独り納得している。


「「ふぅぅ」」

「お疲れ。満足した?」


 着替えと荷造りを終えた季恵が声を掛けると、おそらく3時間近く歌い通しだった2人の満足そうな上気した顔が頷きを返した。

パチパチと音がするので振り返ると、後ろで江西と中馬が拍手をしている。


「直ぐにでもデビューできるんじゃありません?」

「出来るでしょうけど、孤宮常務が許さないでしょ」

「えぇ、許さないわよ。それと常務はしてね」

「あぁ、済みません。つい昔の癖が」


 2人はまだ10歳。

少なくとも中学卒業までは【普通の】生活を送らせたい。

その後で自分なりにやりたい事が見つかるならそれもいいだろう。

その頃には季恵も70台半ば、そこまでは何が起きても頑張るつもりだが、その後どれだけ2人の事を見守れるかは正直分からないので、彼女等がしたいようにせざるを得ないかも知れない。


     *


「「ただいまぁ!」」


 東京の自宅に戻って梓とはるが元気に声を上げるが、休日はお手伝いも居ないので返事はない。


「新幹線速かったねぇ」

「でももっと速いのがあるんだよ」

「知ってる、500系って言うの。でも、まだ走ってないって大倉君が言ってたよ」

「うん。大阪の向こうは走ってるのに、こっちはまだなんだって言ってたね」


 生まれて初めて乗った新幹線に興奮気味の2人だが、東海道新幹線に500系が登場するのが間に合わなかったのが少し残念なようだ。

ピアノ教室はいつも2人だけだしバレエ教室も女子しかいないようだから、大倉君はクラスの男子だろう。

500系が間に合っていたとしても今回2人が乗る機会は無かった。

鉄道好きの男子ならこだまだけの停車駅に500系が停まらない事は知っている筈だ。

そこまでは言わなかったのかも知れないが多分2人が聞き逃しただけのような気がする。

いくら好きな男子相手でも、そのウンチクを全部憶えている女子は一人だって居ない。

『あたしは好きにはならないけど、意味のあるウンチクはちゃんと憶えてたわ。顔は忘れちゃう方が多かったけれどね』

そう思った季恵の脳裏に20年前に見た男性の顔が浮かび上がる。


 あれは羽田空港だった。

驚く程綺麗な顔立ちの男性で、二言三言話しただけの季恵に確か『ようやく折り返しですからね。頑張ってください』と言われた記憶がある。

あれはどういう意味だったのだろう。

羽田からの出発前で折り返して帰りの事なら千歳からだ。

折り返しと言えば【還暦】を想像しなくもないけれど、あの時はまだ10年も早かったし、暦が一巡りした事を折り返しとは余りに取って付けた言い方だろう。

『50歳が折り返し地点ならゴールは100歳なんだけどね』

それなら梓とはるを充分に見守る事もできるのだが、流石にそれは都合よく考えすぎなのだろう。

お読みいただきありがとうございました。

明日もまたお待ちしております。

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