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第ニ挿話 その4  もう恋なんてしない

お読みいただきありがとうございます。

「あっ、西瓜だ!」

「えぇぇ、昨日も西瓜だったよ。アイスがいいのにな」

「ちゃんと食べてしまわないともったいないでしょ。明日はみんなでアイスを買いに行こうか」

「「うん!」」


 エンディングテーマの【HEART MOVING】が終わり、お気に入りの【セーラームーン】に齧り付いていた2人がテレビから目を離したところへ、夕食後の洗い物を片付け西瓜を切った季恵がリビングに戻った。

昼間はお手伝いの女性がいるが、夜は一軒家に3人だけだ。


 60歳直前に退職を決めた季恵は直ぐに住宅用地を探し始め、三鷹に80坪程の土地を買い、仕事で付き合いがあった工務店に設計を依頼した。

土地の購入にはそれまでの預金と退職金を当てて、建築費はマンションの売却で大方を賄うつもりだった。

4LD・K+Sと言うのか、1階は広いリビングダイニングに続きのキッチンと水回り、玄関近くに和室と階段とトイレを配し、2階に洋室が3部屋と納戸の間取りを決めた。

現金を使い果たす事になるが生活に不安はない。

人並み以上の年金収入がある上にタネマス製油の相談役の給与もあるし、株の名義書き換えが完了して株式を公開したのでかなりの資産家に成ってしまった。

その上相談役として業績の維持に努めれば、株の配当も見込める。

当面増資の予定は無いが、ある程度の増資なら筆頭株主の座が揺らぐ事も無いだろう。


 家の着工が決まると、季恵は養子縁組について調べ始めた。

退職を決めてこれからの事を考えた時、急に侘しさが込み上げて来たのだ。

生活に追われる日々なら考えもしなかったかも知れないが、それなりに余裕のある立場で老後を迎えようとしている自分には何を残す相手も居ない事実を突き付けられた。

それまで意識にも上がらなかった事で何の知識も無かったが、調べてみると単身で年齢も高い自分が直ぐに養子縁組をするのは無理な事は簡単に分かった。

子供を養育するだけなら里親制度がある事も知った。

その制度にも資格認定が必要なようだが、養子縁組のようにはなから門戸を閉ざされている訳では無い。

狭い門でもこじ開ける方法はいくらでもあるのが世の中と言うものなのだ。

コネや伝手をフルに活用して季恵は2人の女児の養育権を手に入れた。

本来同時に2人を里子にとる事も例外的な措置だが、1対1で子供と向き合うのは却って怖い気がして3歳直前の2人の里親になる事を認めてもらった。

勿論普通に通る話では無いので以前から付き合いのある議員や行政職員の手を煩わしたのは確かだ。

物心つく前に新築の家にやって来た2人はそれから3年を経て季恵との3人暮らし--平日昼にはお手伝いも居るが--を当たり前の事として受け入れている。

来春小学校に上がる前に何とかと、3年間養育の実績を楯に根回しと言うゴリ押しを通して、養子縁組まで成立させてしまった。

世間からすれば非常識な年寄りと呼ばれるのかも知れないけれど、もう2人と別れては生きていけない季恵にとってそんな事はどうでもいい。

ついでに言うと里親の時に貰っていた手当や養育費が支給されなくなったが、それこそ要らぬお世話なのだ。


 2人を連れて公園デビューした後しばらくして『なんでハルちゃんとわたしはお母さんとお父さんがいないの?』とあずさに聴かれた時に、どう答えようかと考えた。

『おばあちゃんは結婚しなかったからね、子供がいないの。でも一所懸命生きてきて、可愛い子供が欲しいってお願いしたら梓とハルがウチに来てくれたの。だから2人はあたしの宝物なんだよ』と2人を抱きしめた。

季恵が彼等に与えられる物は限られるのに、2人は季恵に人として歓びを教えてくれた。

養子縁組が成立して法律上は季恵の子供になった2人だが、彼等にとって季恵はやっぱり『おばあちゃん』だろう。

その枠組みを毀さずに梓と華に感謝の気持ちを伝えたくて一所懸命言葉を探したけれど、出てきたのは月並みな台詞せりふだけだった。

それでもいいと思う。

どんな言葉を並べても季恵の気持ちには足りないが、そんな茶番でも積み重ねたその先には届くものがあるかも知れない。


     *


「ねぇ、【ムーライト伝説】は出来たの?」

「そうよ、【もう恋なんてしない】も【部屋とワイシャツと私】も【決戦は金曜日】もあきちゃったわ」

「出来てるわよ。【HEART MOVING】もね」

「やった! ねぇ、歌ってもいい?」

「朝ご飯のあとでね」

「えぇぇ、今じゃ駄目?」

「ご飯はちゃんと食べないと。それから歯磨きと着替えもね」

「「はぁぁい!」」


 梓と華が催促したのは季恵が作る楽曲データの事で、2人にとってはカラオケに他ならない。


 家の建築と里親申請と並行して退職後の暇に飽かせて季恵が取り組んだのがデジタル音源の選定で、結果としてロー▽ンドのMT-32を買った。

これを当時の愛機PC-98XAで機械語を駆使して四苦八苦して鳴らしていたが、とにかく面倒な事この上ない。

そうこうする内にMIDIシーケンサのMC-500が発売されて飛びついた。

操作性は比較にならない程向上して、やっとコンピュータではなくて音楽に取り組む環境が出来上がり、購入した楽譜をデータとして打ち込むところから始めた。

出来上がったデータをあれやこれやと手直しして満足の行く楽曲に近付ける作業も楽しかったが『マッキ▷トッシュみたいにパソコンでデータを扱える使える手頃なソフトは出ないのかしら』と思ったのは、やはりコンピュータマニアでもある季恵ならではだろうか。

そう思っている矢先にロー▽ンドが【ミュージくん】と言うシーケンサを含む音楽ソフトと音源MT-32をセットにしたパッケージを発売した。

『えぇぇっ! MT-32は持ってるわよ』と眉をひそめていると、引き続いて【ミュージ郎】が売り出された。

これに付属されているCM-64は楽器生音なまおとの波形を扱えるPCM音源が搭載された優れ物で、季恵は即決で購入を決めた。

それ以降MC-500から【ミュージ郎】に乗り換えて今に至っている。

作曲の才能などは無いと分かっているが、感覚的な音作りの訓練になればと楽譜の打ち込みを止めて耳コピを始めたのもその頃からだ。

CDを買う事もあったが、耳コピの素材はエアチェックで録音した物がほとんどだ。

機材はラジカセで、今使っているのは3代目のパナ▽ニックCDラジカセ。

初代はモノラルでステレオになったのが2代目、CDを買うようになって今のに買い替えた。

初代は処分したが2代目は今、梓とはるの部屋にいる。


 主旋律から打ち込んで、リズムパートをざっくり組み立て、ギターやキーボードの和音を拾っていく。

ドラムの音色や各楽器のエフェクトまで完全再現出来る訳が無いので、違和感が無い物に仕上げるにはかなりの妥協と工夫が必要で、それが難しくもあり楽しみでもある。

伴奏が完成してから主旋律を歌手の歌い方に合わせて仕上げるのだが、その音を止めればそれはカラオケそのものだ。

家の設計で防音性にはひどく気を使ったので、延々と生のドラムソロでもしない限り近所迷惑になる事はない。

梓も春も物心つく前から季恵が聴く流行歌の中で育ったので、歌好きで音感もいい。

季恵が作る音楽データをカラオケ代わりに歌い始めるのにそう時間は掛からず、今では好きなアニメの曲をリクエストするほどだ。

テレビの端子を2代目君に繋いで【ムーライト伝説】と【HEART MOVING】をカセットに録る位はお手の物で『はい。これ、お願いね、おばあちゃん』と手渡されたのが半月前だった。


 朝食をとりながら3代目でFM局の朝番組を流していると槇▢敬之の【もう恋なんてしない】がかかった。

『失恋かぁ。あたしには縁が無かったけど、どんな気分なんだろう? あぁ、梓と華は普通の恋愛観で育ってくれればいいんんだけど』などと要らぬ取り越し苦労も、はりあい気分な養母さんだ。

今週もお付き合いいただきありがとうございました。

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