第一章 商都の孤児少女 6話 お祭ナンボ
ナムパヤは商都と呼ばれる。
これは神都マズマトおよび教都カンツォと並び称される際の通称だが、イクァドラット全域でこれらの呼び名は通用する。
東西に長い島国のイクァドラットは赤道直北の熱帯に在るが、外周の海岸線付近からすぐに急斜面が立ち上がってほぼ全域が標高3000メートル以上の台地になっている為一年を通して過ごし易い気候が続く。
当然台地も東西に長く、それを穏やかな山なみがざっくりと3つの平地に区切っている。
平地部はそれぞれ【西平野】【中平野】【東平野】と呼ばれていて、西と東はほぼ同じ面積で中央がそれらの約半分だ。
3つの平野はそのまま【西イクァタ】【中イクァタ】【東イクァタ】と言う自治行政区となっていて、イクァドラットとは三行政区の連合体の事を言う。
自治行政区は憲法のみを共有する独立行政単位であって、それぞれの自治政府に統領が居る。
外交的には総統府を有する【首都】が存在するが、行政機関を有するのみで政治的には憲法改正と対外政策に関する拒否権以外、ほとんど影響力が無い。
話を戻すと、ナムパヤは【東イクァタ】自治行政区の首都で、マズマトは【中イクァタ】、カンツォが【西イクァタ】の首都だ。
マズマトが神都と呼ばれるのは中平野の中央に聳える高さ2000メートル強--標高約5500--の霊山に昇龍神社が在るからだし、 カンツォが教都なのはイクァドラットの最高学府デュラグラ学院が在るからだ。
それぞれ信仰と教育の中心地だからこそ呼ばれる名とすれば『商都』も意味は歴然としている。
広大な大地の外周は前述した通り殆んどが切り立った急斜面なのだが、【東イクァタ】からのみ島の東端に向けて大河が流れている。
【東平野】の東半分を南北に分断する【清龍川】は次第に深い渓谷を為して標高を下げ、やがて海に注ぐ。
他の河が台地の端から急流や滝を連ねるのとは異なり、唯一船舶での遡航が可能な河川なのだ。
もちろん他国の大河より多少流れが急なのは否めないが中流の標高1500地点平地部に総統府が置かれた【首都ダジフ】が在るので、そこまで遡航や川沿いの登坂は他国にとっても欠かせない。
それならば利益の為交易にもう半分を行き来するのはそれ程苦にはならないだろう。
つまり【東イクァタ】は対外貿易唯一の窓口として商業の中心に成らざるを得ないのだ。
ながながと書いたのはタンレン中にカザムさんがこの国について教えてくれた話だ。
しょうじき知ってることばかりだからタンレンにもっと力を入れてほしいけど、入門者に教えれることはあまりないのでたいくつなんだと思う。
あたしみたいな小さな娘がいろいろ知ってるのもおかしいから知らないふりをして、ときどき分からないふうに首をかしげておいた。
そんなことよりタンレンをドンドン進めてくれるとうれしいんだけど『基礎が大事』だそうでまだ同じことのくりかえし。
まぁあたしのとしならあたり前だからしようがないよね。
それでカザムさんの話にもあったけど、イクァドラットには神社がある。
総本社は神都の【昇龍神社】だけど、どの町にも【御辰さん】とよばれる小さなおやしろがあって、かわいらしい石の龍がまつられている。
何百年か前に世の中のしくみがかわるまでこの世界に神社はなくて、アマラ神とかの6柱の教会があるだけだった。
その信心は今でもつづいているんだけど、それとは別に【清龍様】のおやしろができて、みんなが手をあわせるようになった。
6柱の神様が手のとどかない畏れとかあこがれの行き場だとしたら、清龍様はもっと身近に【御利益】を願うあいてだ。
もうすぐ、そんな【御辰さん】のお祭りがある。
きまり事はおやしろのまわりに花をかざるのと音楽やおどりでにぎやかにする事だけ。
イクァドラットにはほとんど四季がないので、じつは年中どこかで【御辰さん】のお祭りがひらかれている。
町によって日がちがって、その日は町みんなでさわぐ。
音楽やおどりも町によってちがうのよ。
むかしからそんなお祭りにはたくさんの屋台がでて、みんなはそれを夜店とよんでる。
いろんな町のお祭りを追いかけて出店でかせぐ人達がいるんだ。
あたしもお祭りはだいすきだけど、夜店は見るだけだった。
これまであそぶお金なんてどこにもなかったけど今はお給金をいただいてるので、はじめての夜店がたのしみでしかたない。
お祭りの前の日、夕方のタンレンおわりに離れにもどると居間でお嬢さまが待ちかまえていた。
しかられるような事はないと思うけど『知らないうちに何かしでかしてたかな』と頭をひねっていると、少しつっけんどんな感じの綺麗な瞳がテーブルへむく。
『何だろ?』と見る前に声がかかった。
「あげるわ」
「??」
「小さい頃のお下がり。もうこれしか残って無いのよ」
テーブルの上には小さな服とクツが2セットのっていた。
なんだかすごくキレイであたしなんかが身につけるもんじゃない。
「これまで私より年下の奉公人が居なかったからお下がりはエノラが最初で最後ね。上等なのは取引先のお嬢さん達に譲ったから安物しか残ってないけど」
「いぃぇ、そんな。いただけません!」
「貴女ね、まさかメイド服でお祭りに行くつもり? 何かしでかして『バクルットのメイドです』って言い触らすつもりなのかしらねぇ。それともうちの店で買い揃える? 夜店で何も買えなくなるわよ」
そうなんだ。
孤児院のは服って言えるもんじゃなかったからバクルットでお世話になる時にすてる事になって、今あたしの洋服ダンスにはその時いただいたメイド服と下ばきが2セットあるだけだから、お祭りに行くための服なんてない。
雑貨屋のうちの店にはあたしに合う服もあるけど、それを買えばお給金をぜんぶ出すことになる。
またお金無しで夜店をながめてお祭りがおわってしまう。
「私の小間使いになった時点で既に特別扱いなんだから、こんな事で変に気を使わない! さぁ、袖を通して。寸法を抓んであげるから、直しは自分でするのよ」
「はい」
針仕事は大好きだ。
ここに来てピカピカの針とキレイなたくさんの糸を見たときはワクワクした。
孤児院じゃぁ、つくろいものをするにも何かをほぐさないと糸が使えなかったもの。
ものごころがついた頃から針仕事ができたのは少しおどろかれたけど、みんな生きてくのに大変で気にする人はいなかった。
ゆうげのあとで針をつかう。
まつり縫いの手ぎわを見ていたメルノアさまから『どこで覚えたの』ときかれたので、また【近くのもの知りなおばあさん】の出ばんになった。
手をうごかしながら『いくらくらいするんだろう』と思うけど、うちのお店においてあるのはもっと手がるな品ばかりで見当もつかない。
失礼でしかられるかとこわごわたずねるとニッコリ笑顔がかえってきた。
『商家の奉公に入ったのだから、物の価値についてはもっと堂々と訊ねなさい』から始まって『この材料は○○産の▢▢で△△は良いのだけど××が難点。○○からの窓口は☆☆が一手に扱っててイクァドラットでの扱いは▽▽1店だったけど、ウチが参入してから仕入れる機織店が増えてね。この服はその生地を使った最初の既製品。既製品はあまり買わないんだけど着心地をみるようにってお父様が買って来たのよ。既製品だから売り出しはこれくらいで、今の古着ならこのくらい。それからこっちの靴は……』と次から次へと話はつづく。
『なるほど、古着ならあたしたち奉公人でも手がとどくのね。お祭り前だから買えないけど』とあたしもソロバンをはじく。
それにしてもお嬢さまはずいぶん年下のあたしにわかると思って話しているんだろうか。
『もしそうなら気をつけないと』
とくいな話にむちゅうになってるだけならいいんだけど。
明日もよろしくお願いいたします!