第ニ章 神都の見習少女 23話 そくし、さける
今週もよろしくお願いします!
深層だからと言って、洞窟型魔窟の様相が一変する訳じゃない。
岩盤の露出よりも鍾乳石の割合が少しだけ増えたのと、壁面が発する燐光が若干弱くなった気がする程度かな。
場景は変わらなくてもそこに居る存在の違いは甚だしい。
現に洞窟の奥から姿を見せたムカデ型魔獣は長さ4メートル足らずで大きさこそ超大型に譲るけれど、あたしが受ける威圧感は禍々しさを放って圧倒的だ。
「よく見とけよ!」
旦那様が前に出た。
背嚢からいくつかのパーツを出して組み立てた金属製の仗を手にしてる。
自身の捻扱突打に最適な武具として練成したそうで、背嚢に収まる組み立て式だけどクワガタやカブト型魔獣の甲殻に負けない強度を誇るらしい。
見た目は直系3センチ強、長さ1メートル余りの単なる棒なんだけどね。
歩きながら仗を振るうと『ばぅろぅぅぅん』と唸って空気を裂いた。
ムカデ魔獣も気付いて近づいて来る。
頭の先に大きく開いたハサミ状の顎肢が『ワシワシ』と動く様がおぞましく、尾先にも似た様なカギ状の針が飛び出ているのが一瞬頭はどちらかを見間違え兼ねない。
身体は数多くの節に1対ずつの足があり『ゾワゾワ』と蠢いている。
旦那様との距離が詰まったところで魔獣は蛇が鎌首を擡げる様に前部を持ち上げた。
4メートル近い長さなので人の背ほどは頭を持ち上げる事もできそうだけど、実際には1メートル程度の高さで、後半部の多足がしっかりと地面を捉えている。
本物のムカデは目が退化してるんだけどこいつは左右の顎肢付け根の上に大きな複眼があり、ゆらゆらと頭部を揺らしながらも相手をしっかりと捉えてるみたい。
間合いとも思えない数メートル先から、突如魔獣が跳びかかった。
その見た目からは思いもしない挙動にあたしは面食らったけど、旦那様には旧知の事だったようで、跳躍の起動も多節体のうねりも想定した体捌きで回避しながら魔獣の後ろへスルッと回り込む。
空中で逆反りに頭が追おうとするが跳躍の最中では身体ごと遠ざかる。
着地のタイミングで魔獣の背に飛び乗った旦那様が仗を深く引いた。
両拳と指の捻りで猛スピードの回転を得た仗が魔獣の背に突き立てられると『キュゥゥゥン』と小さく響いていた回転音に『ぎゅわぁぁぁむ』と大きな切削音が被さり、仗が外殻に突き立ったのが見える。
仰け反った魔獣の顎肢が反撃を試みるけれど、頭の顎肢も尾の針も身体を低くするとぎりぎり届かないのね。
仗が何度か捏ねられると反っていた魔獣の身体がバタンと地に落ちて動かなくなり、そのまま消えて行った。
とっくに魔獣の背から降りて横に立っていた旦那様がうずらの卵程もある魔核と仗を拾ってあたしの方へ戻ってくる。
「どうだ。少しは参考になったか?」
「凄いです! 最初の回り込みが肝心なんですね。でも、背に乗られた魔獣はなぜもっと暴れなかったのかしら。振り落としさえすればあっちの方が有利かも知れないのに」
「魔獣には個性や遺伝的学習の類がほとんど無いからな。だから攻略法を見つければその種に限ればずっと通用する。『ムカデ型はああ言うものだ』って事だな」
「捻扱突打で貫いた体節の位置は決まってるんですよね?」
「あぁ、ムカデ型も体節数の違いで数種類いて、それぞれ個性が微妙に違うんだが。どれも体節数が奇数で、急所が真ん中の体節の中央付近なのは共通だ。それと、あそこに乗って身を屈めれば攻撃が出来ないのもな。ただし乗られると暴れる種類もいるが、そいつは暴れている時に引っ繰り返せばしばらく動けなくなるので腹の方から突き刺してるな」
「そっかぁ、おおまかに『何とか型』って言ってもその中でまた種類があるんですね。憶えるの大変そう」
「やってるうちに嫌でも覚えるがな。死なずに続けられれば……だが」
そうこうするうち次の魔獣が姿を現して近付いて来る。
とにかくあたしの攻撃が通用するかが分からないと、このまま進めるかどうか判断がつかない。
「やるか? さっきのと全く同じ魔獣だ」
「はい!」
あたしは刀を抜いて震動空間を纏わせ、魔獣に向かって歩きだす。
『何て気持ち悪い形なのよ』と眉根に深くシワがよってしまう。
この造形と、黒光りする流線型の昆虫、この2種だけはどうしても生理的に好きになれそうにない。
理由は分かってるけど、どうしようもない事なのでとにかく我慢ね。
さっき魔獣が跳んだ間合いに入る前に空創系着装結界を発動。
間近でその大きさを実感すると嫌悪を危機感が上回って自然と要らない力みが消えたのは天地流の鍛錬で繰り返す【無心脱力】のおかげかな。
魔獣が動いた!
さっきと違って高く跳ばずに地面すれすれの跳躍から多足をフルに使った高速移動であたしに迫るけど、これはまぁ想定内。
スピードは相手の方が上だし足が地についているからさっきより攻撃の自由度も高い筈。
元々旦那様よりスピードに劣るあたしだと、さっきみたいに後ろに回り込むのは無理よね。
ここは拘る事無く浮遊の応用で高く浮き上がりながら納刀。
飛翔はまだ上手く使えないから高いと言っても2メートル余り。
魔獣が反り上がって跳べば届くだろうけど、相手も高速で多足走りの最中だから多少の余裕はある筈。
空中で姿勢を整えて試しに居合で震動空間を飛ばす。
目には見えないけれど狙った頭部の外殻に弾かれる音がスキルに響いた。
ただ斬れはしなかったけど、こちらへ向いて擡げかかった頭の位置が数十センチ下がったのが見えたから物理的な効果はあるみたいね。
『そう言えば』と、狙いを定めてもう一度震動空間を飛ばすと首の付け根がざっくりと斬れた。
外殻の継ぎ目が弱いって言うのは本当みたいで、この距離なら狭い継ぎ目も狙える。
もっとも急所じゃないようだから完全に斬り落としでもしないと効果はなさそうだけど。
2連続の衝撃で少しだけ魔獣の動きが鈍っている間に、飛翔の真似事で魔獣の背に降り立った。
あたしの背丈なら少し屈むだけで魔獣の頭や尾は届かない。
奇数体節の真ん中なのを確かめて刀を振り上げた。
スキル付加で力みなく会心の振り下ろしだったけど、外殻には僅かにキズが残っただけ。
まぁキズが入っただけマシよね。
当然このままじゃ駄目だから次の手を試す。
捻扱突打が効いたのはなぜか?
威力ももちろんだけど、それを一点集中したからじゃないかな。
あたしは刀の切っ先を見た。
なんだか突き技って優雅さに欠けるから好みじゃなかったし、魔獣の場合は急所を断たないと即死しないから一点集中の突きだと微妙なズレで倒し損ねそうで使えなかった。
でもこいつは外殻を突破できるかが問題で、急所を狙うのは難しくないのよね。
腰を落とした姿勢で拝む様に柄を逆に握って、真っ直ぐ下に外殻を狙う。
今まで刃全体に意識していた魔力付与を刀の切っ先寄りに集中させた。
『エイッ!!』と突き下ろすと、一瞬凄い抵抗を感じた後にズルズルと刀が魔獣の身体へ入り込んでいく。
突き当たったのは腹側の外殻で、それ以上刃先は進まないのに魔獣はまだ倒れない。
微妙に急所を外したんだろうと、外殻の所を支点にグニグニと刀を捏ねると急に魔獣が動きを止めた。
スゥッと魔獣が消え去って乗っていた足場が無くなったけど、刀が数センチ下の地面に突き立ったのでそれを支えにして無様な格好を晒さずに済んだわ。
言葉にすると長いけれど、倒すのに掛かった時間は旦那様とそう変わらない。
でも『やった!』って感じじゃなくて『何とかなったわ』よね。
急所を教えてもらっていなければどうにもならなかったし、そもそも違う蟲型魔獣だとあんなにゆっくり急所を狙えないもの。
先には進まず、やって来るムカデ型魔獣をもう3頭倒して、外殻を突くコツを覚えたところで深層からは退散することにした。
実は2頭目で攻撃を避け損ねて顎肢の直撃を首筋に受けてしまった。
タンクトップの襟で守られない静脈部で、空創系着装結界が威力を下げてくれたから即死を避ける事はできたけど、倒すまでの10秒足らず血をダラダラ流して闘う事になって、真っ青な顔の旦那様が再生を大慌てでかけてくれた。
魔窟で初めての負傷は何とかぎりぎりで事無きを得たけれど、防御と攻撃のどっちも底上げしないと深層を進むのは無理みたい。
お読みいただきありがとうございました。




