第ニ章 神都の見習少女 22話 ぞくり、猛る
今日もよろしくお願いします。
各層の終わりと言うか魔獣領域の切り換わりの手前は、沢山の魔獣が降り口を守るように群がっているみたい。
霊山魔窟ではどうだったか良く憶えていないけど、少なくともこのコガネ魔窟ではこれまでの3度ともそんな感じだった。
深層への降り口には何と、剣歯古虎、竜如大蛇、巨怖古鰐、暴巨古象、大短面熊、長角凶犀の6種各1頭が屯しているだけでなく、双頭巨鷹4頭がその上を守るように旋回していた。
「10頭かぁ、今日はやけに多いな。いつもは五六頭なんだが。ひょっとするとここまでの探究速度と関係があるのかも知れんな。それで、どうする?」
「深層に挑戦はしてみたいですけど、あれはちょっと無理ですよね。残念だけど引き返しましょう」
「あぁ、良い判断だ。深層挑戦は上級者同士がパーティーを組まないと無理だってのが常識だからな」
「それに、もう引き返さないとと今日中に神都店に戻れませんよね。夕餉の開始には間に合わないけど、今ならまだ残り物には有り付けそうです」
「まぁ、店の方には戻りは明日になるかも知れんと言ってある。そこで相談なんだが、ここは俺も戦闘に参加して、2人でパーティとしてやってみんか?」
「えっ! いいんですか?!」
「近付く前に俺とお前で双頭巨鷹2頭ずつ堕としてしまえば、後は1人3頭ずつだ。何とかなるだろ。初撃を外しちまったら、スタコラと逃げ出そうぜ。あいつらそう簡単に降り口から離れないから逃げ切れる筈だ」
「やった! 上手くいったら、今日は降り口の中で泊まりですね」
「そうだ。実は泊まりの予定は1つ前の降り口だったんだがな。どっちにしても、もう1日分の燻製肉は持って来てるから飯の問題は無いぞ」
あたしは居合の基本姿勢で鯉口を切り刀身に震動空間を纏わせる。
旦那様の魔法の発動の間を計ってタイミングを合わせたいのに、その発動準備が短いので気を抜けない。
業火榴弾の目標を一瞬で見極めて別の双頭巨鷹に魔力付加の震動空間を飛ばす。
2頭が墜ちて、残る2頭の飛翔魔獣があたし達に気付いたようにこっちに向いて飛ぶ向きを変えた。
旦那様が左の双頭巨鷹へ絶零凍砲を放ち、あたしは残る1頭に向けて居合を振るった。
4頭の撃墜を受けて漸くあたし達が敵として認識されたようで、地上の6頭がこちらを目標に動き始める。
あたしが堕とした2頭目は右翼を切り裂いたものの急所ではないので、消え去る事無く6頭の後に続いて来る。
あたしは旦那様の目を見る。
良かった、残り6頭が6頭半になったけど逃げ出しはしないみたい。
至近距離になるまでにもう一度遠隔攻撃が出来る。
剣歯古虎へ放たれた極致襲雷を確認して、あたしは竜如大蛇を標的に決めた。
今度はうまく急所に命中して4頭半が至近に迫る。
あたしが空創系着装結界を発動する数瞬の間に旦那様は魔薬を使い終わり、長剣を抜いて左前へ走った。
近付いてくる彼に暴巨古象が長大な鼻を振るうのを障壁で受け止め左足へ襲雷、麻痺した脚の陰に回り込んで鼻に凍結、踏み付けと鼻の攻撃を封じられた魔獣の背中に飛び乗って首の後ろから脳髄へ長剣を突き立てた。
暴巨古象が消えた頃、あたしには巨怖古鰐と大短面熊が襲い掛かってきた。
巨大なワニの顎が下半身を右から、クマの厳つい右腕が左から上半身を狙ってくる。
居合の切り上げでクマの右掌を斬り飛ばし、上に伸びた腕をそのまま返すように逆向きに振り下ろしてワニの鼻から顎を切り裂いた。
止まらない2頭の前進を2歩踏み出してぎりぎりで避けて、クルっと回る勢いで右下から刀を左上に振り上げるとワニの喉から首の付け根までが切り裂かれた。
脊椎の急所を斬る事ができたようで巨怖古鰐の動きが止まり、そして掻き消えた。
右掌を失った大短面熊が噛み付きにくる鼻先を打ち下ろしの柄で叩いた反動で飛び退り、瞬時に納めた刀を居合に構える。
飛び退いた距離は一歩で詰められ、左腕の凄まじい横薙ぎを身を低くしてやり過ごして柄口から右上への抜刀で鳩尾から右脇までを切り裂く。
心臓を両断された魔獣が蔽い被さって来て、押し潰されそうになったその時に巨躯が消え去って魔核が転がった。
あたしの視界には長角凶犀の猛進を障壁で受け流して回り込んだ真横から長剣を突き刺した旦那様とそこへと向かう片翼の双頭巨鷹が見える。
ダッシュ一閃、駆け出すあたしに双頭巨鷹の左頭が振り向いた。
旦那様の長剣はわずかに急所を外れたようで、長角凶犀の動きは鈍っているがまだ消えそうにない。
あたしと違って、消費魔力の少ない障壁を上手く使って戦う旦那様だけど、止めを刺す前に双頭巨鷹のくちばしに襲われ兼ねない。
あたしは走るのを止め、息を整え、鯉口を切って、抜刀から震動空間を飛ばした。
低く狙った震動空間は狙い違わず双頭巨鷹の右腿を両断し、魔獣が前のめりに転がった。
駆け寄るあたしを残った左翼で叩き飛ばそうとするのを浮動で跳び越えて、双頭の間へ深く切り込むまで刀を振り下ろした。
脊髄を裂かれた魔獣は息絶えて掻き消える。
見やると長角凶犀も魔核に変わったところだった。
「ちょうど5頭ずつだな」
「はい!」
「急いで魔核を集めて降り口に入っちまおう。今日はもう戦闘は要らんよな」
確かにその通り、あたしは慌てて魔核を拾いに走った。
*
「さぁ。朝の燻製肉も食ったし、そろそろ行くか」
「はい」
昨日は早めの夕餉後、獲った魔核を魔石に精錬する旦那様を見ている間に寝てしまった。
おかげで今朝の目覚めはバッチリで、お目めパッチリ頭スッキリ。
「いぃか。深層は第一層だけだぞ。蟲型はこれまでの魔獣と段違いの硬さだからな。特に甲虫系は輪をかけて硬い。初めの多足類は繋ぎ目が多くて攻撃が通りやすい。多足類中心の第一層なら何とかなる筈だからな」
「戻りの時間を考えるとそんなに長居も出来ませんから」
「うむ、それもある」
緊張していないと言ったら噓になる。
深層が桁違いと言うのは世界の常識で、探究者も深層に踏み入らずに引退する者が殆ど。
どんなに卓抜した武芸者が特別な業物を使っても蟲型魔獣の外殻を割る事は不可能で、特大魔法さえ単独では通じない。
関節や胴の継ぎ目に傷をつけて、そこから外殻の中へ魔法を注ぎ込む以外普通の探究者に倒す術は無いんだそうよ。
もちろん普通じゃない者はどこにでも居て、天地流には捻扱突打って言う技がある。
【仗】という真っ直ぐなツエ状の武具を物凄い速さで回転させて突くんだけど、これが使えれば蟲型魔獣の外殻を貫けるらしいわ。
私どころかメルノアお嬢様も無理だけど、旦那様はこれが使える。
使えるから探究者になったのか、探究者として【練成】を追求するために天地流を極めたのか、あたしには想像も付かないけどね。
前方遠くに姿を見せたのは全長数メートルのムカデ型魔獣ね。
超大型魔獣よりは小さいけど、威圧感が比じゃないわ。
『ぞくり』と肝を冷やす感じと『猛る』気持ちが同居する中、あたしの初めての深層探究が始まった。
今週も読みいただきありがとうございました。




