第ニ章 神都の見習少女 19話 口開けは何?
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『過酷になってもいい』なんて考えた自分が馬鹿みたいに思える。
あたしと刀の相性が良いのと同じ位、魔窟と刀の相性も悪くない。
実戦での刀の一番の難敵は【血糊】で、これは基本的に脂の事。
血は酸化鉄の水溶液で放置すると錆の元になるけど、水分で切れ味が落ちるなら雨の日に刀は使えない。
ただ刀身に脂がのり過ぎると刃の切れ味じゃなくて肉を切り裂く刀身の抜けが悪くなる。
つまりいくら血糊を浴びても切れ味は落ちないけど、刀の振り抜けに微妙な差が生じて来る。
極限で闘いを続ける場合に限って言えば、これは結構大きなハンデになるのよね。
で、魔獣にだって血も脂もあるんだけど、血は魔核に吸収されてしまうし脂は身体同様に消え失せてしまうから魔窟の魔獣をどれだけ倒しても刀身には何にも残らないのよ。
長剣を重さ任せに叩き切る道具に使うなら脂がどうこうなんてどうでもいい事だけど、刀を振るってひらひらと斬って捨てたいあたしにその違いは大きい。
何せ一階層を一気に抜けると百人斬りどころで済まない数の魔獣を両断する事になるんだから。
低層で気分良く小型魔獣を切り落とし続けて少し心配になった。
『いくら切れ味が良くても刃が持つのかしら?』
魔獣の身体は皮肉骨どれをとっても普通の獣の比ではない。
もちろんそれに対応した武具が作られて必要に応じて魔力で強化されているけれど、いくら何でもあたしみたいに休みなく魔獣を倒し続けることは想定していないでしょう。
天地流の捌きで負荷を減らしているから小型魔獣なら問題なさそうだけど、これからどんどん魔獣は大きくなる。
何かいい方法は無いかなって刀を振るいながら思案していると【レーザーメス】とか【超音波カッター】って言葉が頭に浮かんだ。
『レーザーって原理は解っても今の【天鳴】で扱えそうにない。でも超音波は【音】のうちよね。音なら今の【天鳴】で何とかなるんじゃないの?』自問自答で思考を進める。
刀身そのものを震わすのは綺麗な拵えの事を考えると得策じゃない。
空間を震わすって魔法でやるのは大変だけど、スキルはそんな時のためにあるのよね。
それも何もないところに空間振動の刃を作り出すんじゃなくて現物に沿わせてやれば良い。
そんなに難しくは無い筈。
まずは振るう刀に意識を向ける。
刀が空気と魔獣を切り裂く音が【天鳴】を響かせて、その形状と軌跡が意識の中で具象化されてくる。
現実から微妙に遅れていた具象化が徐々に刀を振るうあたしの意思と一体化して、現実を追い越し始めた。
完全に意識と同期した【天鳴】が具象化された形状と軌跡に対応する空間自体を震わせ始めて、やがて音の伝播速度を越えた震動となった。
寸分の狂いも無く刃に纏われた震動空間が魔獣の皮を肉を骨を切り裂く。
同じ様にすれば長剣にも震動空間を纏わす事は出来るけど、あの肉厚の刃だと沿わせた空間の角度が鈍くて【超音波カッター】じゃなくて【超振動ハンマー】になっちゃうよね。
それはそれで使う場面があるかも知れないけど、今はその時じゃない。
とにかく『あらぁ、出来ちゃった! どうしましょ』なんて思いはどこかに消し飛んで、大事な刀が痛む心配をせずに済むあたしは益々調子を上げて魔獣を一刀両断、魔窟を進み続ける。
「こらぁ、ちょっと待て! いくら何でも飛ばし過ぎだぞ」
あたしの探究を後ろで見守る旦那様が『待った』を掛けた。
自分が渡した武具の事は知り尽くしているから、あたしのペースが【暴走】に見えたに違いない。
あたしは立ち止まって振り返り、ニコッと笑って横に立っている魔窟の石筍に刀を振るった。
魔窟の構造物の強度は魔獣の身体どころじゃない、並の武器なら撥ね返されるし刀みたいな華奢な武具なら折れるのが目に見えている。
「おい! 止め……」
旦那様の制止が終わる前に石筍が真っ二つに切り分けられて、上の部分が断面に沿って滑り落ちた。
落ちた部分は溶け去る様に消えて石筍が復元するが、問題はそこじゃない。
あんぐりと開いた口が閉じないのを受けて、あたしは説明した。
「そうか。スキルで刀身を守ってるのか。やっとお前のスキルが本格的に働き出したんだな。しかしなぁ、初めての成果にしては効果が凄過ぎるぞ。まぁ、分かった。問題は無いようだから探究再開と行くか!」
再開直ぐに中型魔獣の領域に入ったが状況は小型魔獣のところと変わらない。
これまでならば倒す時間は同じでも小型と中型ではかける手数が違ったり強度を上げたりするんだけど、そんな気を使う事も無く中型魔獣も小型魔獣と全く変わらずに斬り捨てられて消えていく。
そうこうする内に気が付けばもう中層は目の前だ。
*
低層から中層への安全域で昼餉の予定だったけど、余り早く進み過ぎてまだお腹が減っていない。
結局休憩もそこそこに中層に入る事にした。
「本当に良いんだな。超大型領域の手前まで休息は取れないぞ」
「今は行けるところまで行ってみたいので出来るならこのままお願いします。もしあたしが通用しなく成ったら助けてくださいね」
「ふん! なんて勝手な言い草だ。まぁ、骨は拾ってやるから、好きな様にしてみろ」
「ありがとうございます!」
中層へ出て進むと程無くアカゲヤギュウが2頭同時に頭を下げて突っ込んで来た。
前方左右から同時なので逃げ場が無くて焦る場面だけど居合の構えで待ち、間合いに入った瞬間真横に一閃、角と目の間の急所を切り裂いた。
迫る巨体があたしに届く直前に消え失せて魔核だけが2つ足元に転がる。
「おいおい。急所を外してたら消えずに押し潰されてたぞ」
「正面から簡単に両断できる大きさじゃないから急所は外せませんね。緊張します!」
魔核を拾って腰の密閉袋に入れていると眉を顰めた旦那様が声を掛ける。
安全策でなく最短を目指しているのでぎりぎりの闘いが続く。
いざという時助けてもらう為に魔核の精錬は後になるから密閉袋で保管する。
袋は幾つも腰に下げていて、膨れて邪魔になる前に背嚢に放り込むの。
歩きながら袋の口を閉じると間無しにナタヅメクマが3頭現れた。
近寄るまでは四つ這いだけど数メートル手前で立ち上がり前肢を大きく広げる。
掌の先から飛び出したツメは1つ1つが鉈に思える程大きく鋭い。
四つ足の時にはどこに隠していたのか不思議に思えるわ。
ここはあの巨爪と刀のスピード勝負で、3対1なのが大変。
わざと攻撃が集中する様に少し前を歩いているあたしは左右と前から取り囲まれた。
頭から突っ込んできた野牛と違って、正面からだと急所に届く前に巨爪が襲って来る。
左の1頭が前肢を振り上げて迫る。
少し後ろに下がってぎりぎりで鉈爪を避ける。
大きく下がると旦那様に攻撃が分散しちゃうからね。
大きなクマはあたしよりずっと背が高い。
跳び上がりながら刀の鞘を返して刃を上に抜刀し、そのまま首筋に打ち下ろす。
斬った首が落ちきる前に右の1頭が襲い掛かるのを、棒立ちの首無しが消えるまえに踏み台にして更に高く舞い上がる。
伸身の宙返りの間に納刀した鯉口を切って、あたしを見上げる眉間から喉元までを幹竹割りに真っ二つ、消える巨体の前に着地した。
最後の1頭は既に間近で、着地で少し屈んだあたしに覆い被さるような体勢。
爪を避けても圧し掛かられただけであたしは押し潰されてしまう。
更に身体を低くして鯉口を切り、右前に飛び出して相手の左脚の付け根へ刀を走らす。
致命傷じゃないけど、脚を無くした巨体は立ち上がれない。
三肢で這う背中へ振り下ろした切っ先が心臓に達し、納刀したあたしの足元へ最後の魔核が転がって来た。
スキルって不思議だ。
相性は悪くないと思った程度の刀が、【天鳴】が関わる事でまるであたしと繋がって一体になったように思える。
たぶんスキルだけじゃなくてこれには天地流も絡んでいるに違いないけど、この組合せには何か運命の様なものを感じるわ。
とにかく今は絶好調!
どんどん進んで中層中間の降り口手前まで一気に進んだ。
さあ、昼餉の後はいよいよ初めての特大魔獣領域で『口開けは何がくるの!?』なんて言いたいところだけど、その前に中層前半最大の難関が待ち構えていたのよね。
明日もよろしくお願いします♪




