第ニ章 神都の見習少女 17話 あの武器買おうと
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背嚢はシルファに預けて帰路を急ぐ。
往来が混み合う時間帯らしく人が多くてダフネを速足で進ませるには少し街道を外れないといけなかった。
路肩って言うか、街道の両外側は元の地形を街道に整備した盛り土や切削の痕でお世辞にも平坦とは言えないけどダフネは器用に駆け続けられる経路を見つけるので、変にあたしが手綱を捌くよりはと馬なりに任せ切ってぼんやりと思いに耽る。
『あの足は絶対腫れるよね』って新任責任者さんの事がちらり浮かんだけど、あれは病気じゃないんだから治したければ誰かに治癒でも掛けて貰えばいいんで、旦那様が言った通り放っておいて正解だったよね。
うん、朝みたいな凄い青空じゃないけど今だって天気が良くて気持ちがいい。
行きも帰りもお日様を背に進むとまるで自分達の長い影が道案内をしてくれるみたいだし、眩しくないから走り易くてあたしは嫌いじゃない。
あぁ、土産に持って帰る魔石をマチアは気に入ってくれるかな。
宝飾に使うには大き過ぎるけど、その分価値はあるからマチアならきっと大丈夫。
えっとぉ、次は超大型魔獣の領域に辿り着いて倒すのがノルマだよね。
剣歯古虎と竜如大蛇の実物も見たいし、巨怖古鰐や長角凶犀とも闘ってみたい。
そうそう、双頭巨鷹の空中攻撃ってどんなだろう。
そう言えば、霊山魔窟の様子は余りよく憶えていないけど、未踏経路の探索って凄く興味がある。
ここに居る間に行けるかな。
本当に取り留めない事ばかり目に映る景色と一緒に頭の中を通り過ぎてく。
ちょっとぐらい新しく知った大事な話を思い返しておかないとね。
魔石の買い上げの時に初めてギルドに預託金制度があるのを知った。
魔窟からは宝箱からのギフトと魔獣の魔核を獲る事が出来るんだけど、宝箱は特殊な魔窟でない限り各階層の初回踏破のご褒美みたいな物で、コガネ魔窟みたいな超古い魔窟には縁がない。
だから探究者が魔窟から持ち帰るのは基本的に魔核だけと言って間違いが無いのよね。
探究者はそれを生活の糧にしてるんだから換金のルールがとっても大事なのも当たり前。
昔は地域のギルドに魔核を持ち込んで換金してたらしいけど、魔核に名前が書ける訳でもないから道中で何か起きて折角の探究が毀になる事だって結構あったみたい。
それに魔核には経時変化が付き物だから、個人的な理由とかでギルドへの持ち込みが何日も遅れると魔核が小さくなって探究者とギルドどっちにとっても悪いことだらけなのよ。
だから自然と魔窟の傍で買い取りをする事になった。
大きな魔窟ならすぐそばにギルド支部を建てて人材を派遣できるけど、そうじゃない魔窟の方が多い。
だから買い取りを魔窟の受付でするようにルールが統一された、少なくともこのイクァドラットではね。
只、魔窟の受付に大金を置いておくのは誰が考えても無謀だから日銭稼ぎの探究者に支払う程度の現金だけを準備して、それ以外はギルドへの預託金とする事になったんだって。
今日は旦那様と一緒だったから獲った魔核を全部魔石に精錬できた。
魔石は基本的に経時変化しないから全部持ち帰って保管しても探究者側に問題は無いんだけど、ギルドが運営されてる理由の1つが公共機関の魔導具に使う魔石の確保なので、魔核や魔石を全部探究者が個人使用するとギルドが成り立たなくなってしまうのよ。
だから、基本的に魔核やそれを魔窟内部で精錬した魔石は全てギルドが買い上げるルールが出来た。
でも力のある探究者にとって魔石を全部売ってまたそれを買い直すのは面倒を通り越してロスに過ぎないでしょ。
それでギルドに対して発言力が強い探究者達の意見が通って、一定値を超える量を獲った場合は一部をそのまま持ち出す事が出来る事になったんだって。
今日ギルドの記録にはあたしの預託金がかなりの金額で記録されたと思うけど、あたしはバクルットに居る限りそんな大金を使うことなんて無い。
お金が要るのはバクルットを出てこの国を離れる時なんだけど、その時には預託金を下ろして現金を持ち歩かないと駄目なのかを訊いてみた。
今各国のギルドは全て連携してるけど当然国家間の状況によってその度合いは異なるの。
イクァドラットはどの国からも遠いからリアルタイムにギルド情報を共有するのは難しいけど、ライセンス証やそれに付随する情報の共有化はある程度の頻度で行われている。
ギルドに預託してる魔核の売上金もリアルタイムの共有化は出来ないので、その全てを世界中どこでも自由に使うのは無理なのよね。
でも最新共有情報の預託金額の最低三分の一まではイクァドラットのギルドが保証する事になっていて、ギルドがある国ならどこに行ってもその範囲内で引き出したり、ギルド内で使うことが出来る。
ちなみに最低三分の一って言うのは一番情報共有頻度が低い国での条件。
頻度が高い国だとそれが二分の一だったり三分の二だったりする訳よ。
お嬢様が『探究者になれば国外に出ても困らない』と言ったのは、どこでもお金を稼げるって言うだけじゃなくて、現金が無くてもイクァドラットのギルドに貯めたお金を使えるって事でもあったみたいだけど、さっき旦那様の話を聞いて初めてそれが解ったわ。
*
何とか夕餉時分に間に合ったあたし達はごく普通に食事をして各自の部屋に戻った。
魔窟での活動は使用人や奉公人にとってほとんど関係ないので話してもしようがないの。
地上の魔獣はギルドや政府の物じゃないから、狩ればそれをどうするかはほとんど個人の自由で、店で売っても構わない。
でも魔窟は国が管理しているからそこで得られる魔核やそれを精錬した魔石はギルドの専売品扱いなのよ。
探究者が持って帰れる分は専売品を再購入する手間を軽減する特例措置なので、それを個人的に譲渡する事は認められてるけど商いとして販売するのは禁じられている。
もちろんギルドでの購入品も転売すれば手が後に回るわ。
地上の魔獣を狩って初めて持って帰った時はそれを店の者達全員で味わう事ができたし、狩りを業務の一環として店で素材の販売をする事もできたけれど魔窟の場合それは無理。
だから話だって個人的にするしかない
「やったね、エノラ! おめでとう! これでやっと魔窟に入ったって大手を振って話せるじゃない」
「うん、ありがとう。それでね、これがぁ……じゃぁぁん! 公式初入窟のお土産なのです!」
「うわっ! すっごく大きな魔石ね。これ絶対あたしのお給金じゃ買えないよ! ありがとう、エノラ!」
「ふふっ、マチアは絶対そう言って喜ぶと思った。精錬は旦那様のお手製だから大事にしてね」
「うん、明日食べる物に困っても売ったりしない。今日食べる物が無かったら売っちゃうけど」
「何よ、それ!」
「「あははははぁぁ」」
*
鍛錬の合間に旦那様に頼んで探究者ギルドに付き合ってもらった。
委託金を実際どんな風に使うか一度試しておきたかったのよね。
神都マズマトのギルドはバクルットと同じ街の中央部だけど、その中でも南寄りなので北寄りのバクルットとは少し距離がある、と言っても歩いて半時間は掛からない。
少し曇り空の午後、既に住み慣れた街は特に観る物もなく足早に歩いて20分程で立派な建物の前に着いた。
あたしが来るのは仮ライセンス認定試験の時以来。
正面の大きな扉を入るとそこは広いフロアで、正面側には沢山の丸テーブルが並んで立食の探究者達で賑わってる。
旦那様が右の方に向かったのでそっちを見ると長いカウンターがあり、中で数名の職員が探究者の対応をしている。
そう、試験の時は今誰も居ないカウンターの隅で受付してもらったわ。
私達は一番短い列の後ろに並んで順番を待つ。
若い探究者も多いけど流石に私みたいに貧弱なのは他に居ないので少し物珍し気に見る人もいる。
順番が来てライセンスを提示すると職員の前の小さなボードに魔窟での実績が表示される
上下左右が囲われていて本人だけに見える様になってるみたいだけど、あたしは少し背伸びしないと見えなかった。
訊けば小銭程度で紙に刷り出してくれると言うので頼むと、直ぐにライセンス証の倍程の紙を手渡された。
入窟した魔窟と魔獣のランク別の討伐数と預託金について細かな字が並んでいて、改めて預託金の額に驚いた。
食事は済ませてるのでどうしようかと考えていると『まずは武器でも見るか?』と旦那様がカウンターの反対側の壁際を指した。
武技類が売っているのは当たり前だけど何せ初めてなので珍しくて小走りにフロアーを横切る。
沢山の探究者で賑わっているけど、探究者の中にぶつかる様な愚図は居ない筈。
売店の武器のコーナーの前に立ったあたしの目に一番奥に飾られた武器が飛び込んで来た。
引き付けられるように近付いてじっと見詰める。
「どうした? 気に入った武器があるのか?」
後ろから声を掛けた旦那様の所に戻り頷いて指差した。
「はい! あの武器買おうかなって」
明日もよろしくお願いします。




