第一章 商都の孤児少女 5話 買う者武技
5度目の投稿です。
4話までをお読みでない方はそちらからどうぞ。
クリナと言えばかるく使うだけで体やキモノがキレイになるとても簡単な魔法なので、ふつうに魔力がある人ならみんな知らず知らずに使ってしまう。
それも使わずにあんなに汚れているのはもともと魔力が多くないか、魔力がもどらないほどぐあいが悪いかじゃないのかな。
なんて思っている間にお供さんは道ぎわに馬車をよせて大きな岩の横にピタリととめた。
荷馬車はもともとはやく走るために作られていないし、野良仕事しかしない年よりの馬が1頭だから、どんなに急いでも人のかけ足ほどしか出せない。
逃げきるのは無理なので2人で私たちを守ると決めたようね。
もとから小さな荷馬車なので、お嬢さまとあたしが岩ぞいの荷台のはしに座って大きな2人が立ちふさがれば、2人を倒さないかぎり男たちは馬車に上がってこれない。
片がわが岩でふさがれているので6人にかこまれると本当に逃げだすすきまもない。
お供の2人は逃げだすつもりなんて有るわけもなく手にした長剣をギラリと抜きはなつ。
あたしはお嬢さまの前で手をひろげていようと半歩前に出たけど、あっと言う間にお嬢さまのうでの中に引きよせられて身うごきができなくなった。
こんな時は小さなからだがうらめしい。
馬車を取りかこんだ男たちがケモノじみたわめき声を上げてナイフから持ちかえた丸太やこん棒で台上の2人を攻めはじめた。
長剣の間あいに入るのはやっぱりこわいのね。
お供にえらばれる使用人さんは店でもそういう役目の強い人ばかりだけど、今はあたし達を守っているから間合いに入ってこない男たちをむりして倒すのはむつかしそう。
だから長引くのはしかたないんだけど、それにしても男たちまでのんびりに思えるのはなんでかな。
言葉もかけずにおそってきたのは、こっちがお金をだしたって放す気がないからよね。
にがさないのはじぶん達の事がバレるのを気にしているから?
この道ってたしかに人通りはすくないけど、だれも通らないなら道はない。
長引いたらだれかに見られるかも知れないのに気にしないのはなんで?
目の前のたたかいを見てても分かりそうにないので、スキルで耳をすませた。
荷台で起きてるさわぎを目で追いながら音をさぐる。
「上よ!!」
背にした岩をよじのぼるわずかな音を聞きとって、あたしはさけんだ。
お供の2人が『あうん』の息をあわせて1人が前に出てもう1人が上を見る。
岩のてっぺんから飛びかかってきた男が長剣のはらで引っぱたかれて追いはぎたちの上へ落っこちた。
そのいきおいで半分がくずれると、数がたのみの追いはぎをお供さん2人が苦もなく倒してしまう。
首すじへの手刀で気をうしなった男たちを荷台にあった荒なわで数珠つなぎに馬車にしばりつけてナムパヤまで連行することにした。
お嬢さまが無事でよかった。
スキをねらった男を見つけてほめてもらったのはうれしいけど、あたしだって強い魔法でおそわれる心配がないならお嬢さまと自分をまもるくらいはできる。
耳がつぶれそうな音や目がくらむ光を当てられて平気なのはそれを感じられない人だけだし、どちらも感じられない人が追いはぎをするなんてありえないもの。
そこまでした事はないけど言葉のいみや絵がらを気にしないなら、ねらった人だけに思いきり当てる音や光にはだれもたえられないと思う。
それにこのスキルは何人かにならまとめて使えるから、お嬢さまに手出しなんてさせない。
でもそれが通じるのもちゃんとした魔法を使えないあいてだけ。
魔法のショウヘキで身をまもられれば、あたしのスキルは役に立たないんだ。
やっぱり武技をならわないとダメね。
*
ナムパヤに入ってすぐの役場へ追いはぎをつき出す。
成りゆきを話しているとカザムさんが店の馬車でかけつけた。
バクルットのお嬢さまは街はずれでも知られていて街なかまで走った人はお礼のためだろうけど、それでも知らせが早いのはありがたいわ。
次の日にはあらましが分かったみたいで、お嬢さまといっしょに聞くことができた。
追いはぎはずっと西にある小さな村々の出で、何年か前の干ばつで食べていけなくなった人たちだそうよ。
ふつうなら色んな災がいにそなえているものだから一度の干ばつとかでそんな事にはならないんだけど、いいかげんな考えの人はどこにもいるものだし、もともとゆたかな土地がらじゃなかったから手を差しのべる人もいなかったのね。
食べあぐねたいいかげんな者たちがあつまれば、考えるのはあまり良いことじゃない。
と言ってもサギとか横取りとかをする知恵なんてないから追いはぎみたいな事しかできなくて、そんなのをくり返しながらここまでたどり着いたみたい。
はじめはもう少し人がいて数をたよりにおどし盗ってたのが、とどけ出られて追われるようになって、口ふうじに殺してうめるようになった。
それなりの女はなぐさみ物にしたあと殺すらしいから本当にひどい。
きずついた仲間も殺すようになって人数がへって、このごろは勝てそうなエモノが見つからなくて食べるのもままならなかったんですって。
男が2人と女と子供、久しぶりに楽なエモノだと思ったらとんだ見こみちがいだったわけね。
「そう。ふむ、襲われたのが私達で良かったわね」
「冗談ではありません、メルノア様。一つ間違えば大変な事だったのですから、これからは気を付けていただかなくては」
「そうね。ナムパヤを出る時は合図するから、お供を増やしてもらおうかしら」
なりゆきを話してくれたカザムさんは街を出るのをやめて欲しいんだろうけど、そんなつもりはさらさらないお嬢さまがわざとらしく話をすりかえてしまう。
「いや、しかし!」
「あぁ、そう! エノラが武技を習いたいそうだから、早速今日から始めてちょうだい。ちゃんと強くなるように教えるのよ。いいわね!」
日ごろから頭があがらないカザムさんが口ごもりながらも『思いなおすように』言いつのるのを、あたしの武技のことで話をおわらせてしまった。
『旦那様に報告いたしますから』なんてまだブツブツ言っているカザムさんは、お店での堂々としたあの感じととても同じ人とは思えない。
あたしが『習いたい』と言ってもだれもとり合ってくれないだろうけど、お嬢さまが『教えろ』と言えばこの家では絶対だ。
しかも『強くしろ』とまで言われれば、お茶をにごしておしまいにはできない。
なんと日に2回、あさげ前とゆうげ前にお店の強い人たちが日がわりであたしのタンレンを見てくれることになった。
日がわりができるのはみんな同じ武技を身につけているからで、バクルット家にはむかしから伝わっている武技があって奉公に入った男の子はみんなそれをおそわるそう。
やっぱり向き不向きはあって特に強くなる人はかぎられるけれど、そうでなくてもバクルットの使用人は強いと言われているみたい。
何百年か前に世界のしくみが大きく変わったころに、魔法のありかたを変えるのに役だった武技があったらしいわ。
でもその武技は役目をおえるとわざと人前から消えていった。
一部の王族と商家だけがそれを伝えることになったんだけど、世界のしくみが変わる中で王族はどんどん力を手ばなしていったから、けっきょく商家にしか武技は残らなかったのね。
そのころはまだイクァドラットに国は無くて、あとあとその商家から出たバクルットが新しくできたこの国にやって来たの。
もとの商家からちゃんと許しをえた一人立ちだったから、武技をつたえることも許されたのね。
話はかわるけど、王族がおさめていたころの世界はもっときびしく取りしまられていたから、悪いことをする人は少なかったみたい。
そんな世界のほうがいい人もいるだろうけど、人がじぶんの考えで生きている今があたしは好きよ。
明日もよろしくお願いいたします!