第ニ章 神都の見習少女 10話 駄魔具の競演
今日もお付き合いいただきありがとうございます。
昼餉の後は騎乗のまま中型魔獣の領域に移動。
馬達から離れた所で使用人さん達全員を旦那様とあたしとで挟んだ状態で、しばらく待つと中肉中背の人ほどのアオゲザルが8頭の群れで現れた。
弓でそれぞれ1頭ずつを倒し、魔法でまた1頭ずつ、近寄った残り4頭を手玉に取ってコロコロと転がし続ける。
人型なので天地流の技が使い易い。
皆にその辺りの手際を見せていると、少し離れた藪の中から2人の男が飛び出して来た。
見るとカミキツネ3頭に追われているらしい。
2人共大事そうに何かを抱えて走っている。
あたしが眉を顰めて旦那様をふりかえると『ありゃあ、魔道具だ。魔獣を寄せ付けない奴と、万一の場合に魔獣を倒す攻撃を出すんだが、どっちも小型魔獣にしか効かん。まぁ俺にすれば玩具の類。言うなら2つ揃って駄魔具の競演ってトコだなぁ」
「放っておく訳にはいきませんね。皆をよろしくお願いします」
「あぁ。ご苦労さん」
2人の男は必死の形相でカミキツネ3頭から逃げている。
一応あたしとギルァム様ならその魔獣を始末できるのを分かって、こちらへ逃げてきているのだろう。
いつ死んでも可笑しくない状況でまだ逃げ続ける事ができているのは、旦那様が駄魔具と呼んだ2つの魔導具が多少なりとも効果を発揮しているからかも知れない。
助けるのは簡単なのだけど、立場上こちらとしては迷惑この上ない輩なので痛い目に遭って貰わなければどうにも気が済まない。
直ぐに死ぬ事はなさそうなので『放っておけない』と言って歩きだしたものの、数歩で振り返る。
「あれってやっぱりスパイですよね」
「あぁ。ありゃあ、トルボアの偵察だな」
「へぇ、あのトルボアですか」
「そうだ。まぁ他にも可能性が無い訳じゃないが。まず間違いない」
トルボア家ってバクルットを目の敵にしてる、商都南方の街ザカイの大商家だ。
お嬢様達と一緒にザカイからの帰り道、ツノヤマイヌの群れに襲われたのにも関与してるんじゃないかって言われてた。
当然神都や教都にも足場は有る筈で、バクルットの動向を窺っててもおかしくない。
特に最近バクルットが魔獣の素材を扱い出したのには神経を尖らせてるに違いないけど、どんなに調べたところでトルボアに限らず天地流の素養がない商家に魔獣狩りが出来る使用人は育たないから、どう転んでも自前で狩りが出来るようにはならない。
普通だと大型魔獣が狩れるようになるには探究者しか道が無くて、どんなに大きな商家でもそんな人を雇うのは難しい。
お金で釣るにしても相当な金額が必要だから、原価高でバクルットの相手にならないのは誰にでも分かる。
『あれっ? でも魔導具を使うのはどうなのだろう?』
「あの魔導具ってどんな物なんですか?」
「1つは中型魔獣に似た気配を出す奴だな。小型魔獣が逃げ出す程じゃないが余程の群れじゃないと嫌がって寄って来ない。もう1つは近付いた魔獣に電撃を喰らわす」
「そんな魔導具があるんですね」
「昔な、探究者の魔獣排除体勢が整うまでは、ああ言う魔道具で身を守りながら町の間を移動してたんだ」
「へぇ、そうなんですね。そんな魔導具を持っているなんて、凋落寸前とは言え流石の大商家ですね」
「うむ。うちは天地流で魔力を育成するから滅多に魔導具を使うことはないが、大概のところは余裕が出来れば魔導具を集め出すな」
「へぇ、そんなもんなんですね。始めてお世話になったのがこちらだから、それが普通だと思ってました」
「世の中そんなもんだな。自分の料簡なんて多寡が知れてるってことだ」
「小型魔獣にしか効かないんですよね?」
「あぁ、だから追われてる。中型魔獣に似た気配と言っても実は全く別物だから中型魔獣にも違和感があって用心してるようだ。勿論もう1つも起動しているから魔獣が近づく度に電撃を放っているが、中型魔獣相手だと嫌がらせ程度の効果しか無い」
「なるほどね。全く効いてない訳じゃないからああして逃げ続ける事ができてる。でも逃げる体力が切れれば御終いですね」
「あぁ。だから駄魔具だと言うんだ。討伐範囲外を移動するには最低でも中型魔獣対応でないと玩具に過ぎんからな」
憤然と言い放つ旦那様にもう少し質問。
「駄魔具じゃない魔導具もあるんですよね」
「あぁ、在るには在るが非常に高い。昔の王侯貴族ならともかく、一介の商人が手に入れるのは大変だぞ。昔は魔法の体系が今よりずっとややこしくて、一般人の魔力量も少なかったから魔導具に頼る場面が多くてな、魔導具を作る職人も山程いたらしいが今はほとんど居ない。居るのは職人と言うより創作家、いわゆる芸術家だな。現実の問題を直視せずに自分の思いだけで物を作るから実用性が低い。実用的なのは昔に作られた物がほとんどで希少価値が高くて取引価格も高騰してるよ」
「何だかギルァム様の【練成】で何とかなりそうな気もしますけど」
「それは……ものによるな。それより『おじさま』だと言ったろう」
「はぁ、なかなか慣れなくて」
「まぁ良いが。あぁ、そろそろ行かんと死にそうに成ってるぞ」
「あっ! 本当だ!」
慌てて駆け出しながら魔法を飛ばす。
灼熱投槍が男の1人に止めを刺そうとしていたカミキツネの側頭部に突き刺さった。
2人共血だらけになりながらも何とか急所を守って生き存えている。
更に近付いて投げたナイフがもう1頭の喉を切り裂く。
最後の1頭がこちらを向くところを更に回り込んでナイフを拾い、人で言う『盆の窪』へ突き立てた。
息も絶え絶えの2人に治癒を掛ける。
再生を使わないのは2人に掛けると魔力残量が少なくなるから……もあるけど、死にさえしなければ良いと思ったから。
止血は出来てるし致命傷も消えたので神都までは連れて行ける。
これ以上の治療はトルボアに任せよう。
必死に保っていた意識が安堵で失せ飛んだらしく2人とも気を失っている。
大事に抱えていた魔導具が転がり落ちたのはそのままに、少し離れた所で草を食んでいた2人の馬を引っぱって来た。
浮動で馬上に持ち上げて馬の背に直接縛り付ける。
魔導具を拾って2頭の手綱を曳き皆の所へ戻って、魔道具を旦那様に差し出した。
「どうですか?」
「ふん、同じ者の作らしいが。なるほどぉ、魔石を使わずに自前の魔力で運用すると一般的な魔力量の者なら直ぐに魔力枯渇に陥るのでわざと出力を抑えたのか。どうやら買い主を馬鹿にしていたんじゃないか? リミッターの部位は……っと、あぁここか。それなら、これで。よし! これで中型魔獣にまで有効になったぞ。魔力消費は大きくなるがエノラなら大丈夫だ。討伐範囲に着くまでこっちを起動させておけ」
「はい」
上位魔獣の気配を醸し出して下位の魔獣を寄せ付けない機能の魔導具を手渡された。
起動するとごく僅かな作動音がスキルに響くが、普通の人の耳では完全な無音室にでも居なければ聞き取れないと思う。
これで帰りの道は魔獣が寄って来ない筈。
魔力消費もあたしには無理のない範囲なので『これって元は駄魔具ではないんじゃ?』と訊くと『そもそも基本設計の燃費が悪すぎるんだよ。戻ったらじっくり調べてうちの使用人達が使えるように改造する』そうよ。
そうなれば目的の猟場までの道中が凄く楽になるから、狩りのチーム編成やメンバーの能力の設定も見直す事が出来るかも知れないわね。
今日は荷馬車を曳いていないし空馬はシルファだけなので、積める獲物は限られる。
各自自分が狩った小型魔獣のうち売り物になりそうなのをいくつか振り分けにして鞍の後ろにぶら提げるくらい。
皆の狩りの間に旦那様とあたしが始末した小型魔獣はほとんど放っておくしかない。
でも最後に倒した中型魔獣をシルファに載せて戻れるから、神都店全員で魔獣肉を味わうには充分過ぎる量があるし、素材を売り場に並べる事もできそう。
初回の体験演習としては充分な成果だと思う。
問題は助けたスパイ2人の扱いをどうするか。
神都に入るまでに決めなきゃ駄目よね。
*
帰り道で旦那様と相談して、2人が襲われているところを偶然助けた事にする。
あたし達バクルットが魔獣狩り計画に沿って体験演習をしていたことは隠す必要が無い。
スパイ行為に気付いていた事はあたし達しか知らないので、突然現れた2人を追っている魔獣を倒して人と馬だけを連れて戻ったので他には何も気付かなかったってね。
当然魔導具なんて見も触れもしていないのよ。
2人はまだ目を覚まさないので魔導具を回収した事も旦那様が手直しした事も知らないし、旦那様とあたしが背嚢に入れて背負ってしまったから持ってるのも分からないからね。
……と言う筋書きで神都で最初の役所に2人を届けた。
旦那様がベテラン探究者だから魔獣を倒して2人を助けた事だって何の不思議もない。
あたし達の話はすんなりと受け入れられて、これにて一件落着ってね。
今年もあと1日ですね。
大晦日もよろしくお願いします♪




