第ニ章 神都の見習少女 5話 かがやきならば…
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マカゴから霊山までは一日の旅程としてはちょっと短いし、お昼は魔獣肉の燻製を齧りながら移動するので昼過ぎには霊山に着く予定だ。
前に狩ったツノイタチはその日の宿に持ち込んだ。
小型魔獣なんてあたし達にとってそれ程の値にもならないし捌くのも面倒なだけなんだけど、宿の人達は欣喜雀躍で宿代は只になって一番いい部屋を回してくれた。
その日の夕餉では献立が変って同宿の人たちが狂喜乱舞、あたし達を囲んで乾杯の渦が巻き起こった。
あたしとマチアは生果汁だったけど旦那様は注がれるお酒が止まらない。
それで分かったのは旦那様が驚く程お酒に強いこと。
周りの何倍も呑まされてるのに少し血色が良くなっただけで泰然としてる。
あたしは酒乱が大嫌いだからこれは大歓迎だった。
その日の夜一晩燻した魔獣肉を宿を出る時に渡してくれたのが、今食べてるのなの。
*
マカゴからもはっきり見えていた霊山が間近に視界を遮るように迫って来て、もうほんの二三十分で麓に着くのは間違いない。
なだらかな山裾に丘程度の隆起があるだけの単峰だから綺麗な稜線を描く全景を隠す何もなくて、威容ってこんなのを言うのよね。
でも2000メートルの山がこんなに大きいのに、この広大なイクァドラット全体が海上から3000メートルもそそり立ってるなんてとても信じられない。
もしも本当に国を出ることになればあたしも見るんだろうけど多分大きいとかそんなものじゃないんだろうな、今はまだ想像もつかないわ。
麓の手前まで行けば南北に道が分かれて左は昇龍神社の参道、右は霊山魔窟へ向かう。
あたしたちは当然左に向かうんだけど、その分岐の方から凄い勢いで騎乗の一群が駆けて来る。
いぃぇ、よく見ると一群じゃなくて、2頭の騎馬を5頭が追っている。
じっとそちら見ていた旦那様が真剣な顔であたしの方を向いた。
「エノラ。前の2人を助けるぞ! 魔窟に派遣されているギルド職員だ」
「はい! でもどうすれば?」
「道から外れて待つ。2人が通り過ぎ次第、障壁を展開して後続を止める」
「解りました」
「私はどうすればいいの?」
「俺の後ろで馬達をまとめておいてくれ」
「了解!」
事情は分からないけど、旦那様の言うことに間違いはないと信じる。
ダフネから降りてマチアに預ける。
旦那様がマチアと街道の右に出たので、あたしは左だ。
障壁は普通、自分の正面に展開する。
そうすると均一な強さの透明な防護壁が形成される。
物理的にも魔法面でもかなり強固な防御になるんだけど、これは形成された空間に帰属する性質があるから戦闘とかで頻繁に移動する場合に上手く使うのは難しい。
ある程度の距離からの経路が予測できる攻撃を防ぐには問題無いけど、自分が移動するには障壁を貼り直さないと駄目。
光学的には透明なんだけど魔法が使えれば魔力を輝きとして感じるので張られていることは魔力の無い人以外なら誰でも分る。
正面じゃない位置に張るとどうなるかだけど、自分から遠い所ほど強度が下がる。
単純に距離に比例はしないけど、徐々に弱くなるのは間違いない。
道の外から道の方へ展開すると反対側が弱くて効果が薄れるので、今回は両側から重ね張りして弱点を無くすのよね。
ちなみに空創系着装結界って言う魔法は、障壁を自分を取り囲む結界にして発動魔力を落として行くことで空間帰属性を弱めて自分の体表面に帰属させる魔法で、使う事は難しくないけど、本人の魔力量が相当大きくないと防護性能が下がり過ぎて役に立たない。
準備している間にどんどん彼等は近付いて来る。
2人があたし達の間を擦り抜けた瞬間に旦那様の目配せて障壁を発動させた。
追いかける男達は障壁の魔力に気付いて避けようとするが駆足ならまだしも襲歩の馬はそう簡単に止まったり方向転換する事は出来ないから、次々とぶつかってくる。
6頭もの巨体の衝撃に魔力が途切れそうになったけど、何とか持ち堪えた。
倒れた馬の命に別状はなさそうでほっとする。
男達も馬の下敷きになって動けない1人以外は起き上がった。
4人で顔を見合わせると1人があたしを指差す。
どうやら馬の状態から追跡は不可能と判断して取り敢えずこの場を制圧する事にしたようで、一人きりの子供からになるのは当然だろう。
「動きに誤魔化されるな! 戦闘スキルを持ってるぞ!」
旦那様の声が飛ぶ。
4人共素人丸出しの歩き方で楽勝かと思ったら、なるほど戦闘スキルでぶいぶい鳴らしてる輩なのね。
旦那様と違ってどんなスキルか分からないから気を付けないと。
一番近かった男がパンチを繰り出し、凄いスピードと力で拳が襲い掛かる。
これがスキルなら【剛腕】とでも言うのかな、当れば当然タダでは済まないけど軌道の読める攻撃は天地流の敵じゃない。
避けざまに強めの撃雷を撃ったのは雷攻で死にでもされたら困るから。
結果を見る暇もなく次の男が凄まじい蹴りを放つ。
【烈脚】--かな?--が届く前に強打で吹っ飛ばした。
少し距離があったから死にはしない筈。
残るは2人、1人が後腰に差した大きなナイフを抜くともう一人が雷攻を撃ってきた。
魔法を小さな障壁で防ぐと飛んで来たナイフが障壁を揺らして下に落ちた。
【投擲】と【魔力補強】かな、同時に使う飛び道具なら位置は変えた方がいいと思う。
2人の鳩尾へ飛ばした最大値の打撃が命中すると、悶絶して倒れてしまった。
「素人には充分な攻撃だが、相手が悪かったな」
旦那様が言う『相手』は当然あたしじゃなくて【天地流】の事。
シルファの積荷からロープを取り出して6人を縛っていると、逃げて行った2人が戻って来た。
追ってくる相手をたまに振り返るのは当たり前。
すぐに気付いたけれど安全を確認するまで戻るのは不安だったってとこかな。
「ギルァムさん、ありがとうございます」
「あぁ、それはいいが。何故、魔窟の受付職員がこんな奴等に追われてたんだ?」
「明日が清龍昇りの日じゃないですか。主だった探究者が皆その準備で参道の方へ行ってて、残ってるのは自前で中魔核が獲れない半人前ばかり。そんな時にライセンスも無いのに魔窟に入らせろって騒いだ集団が居ましてね」
「なるほど、それがこいつらの仲間なんだな」
「そうなんです。ちらっと記録を見たら、どうやら一旦ライセンスは取得したけど揉め事を起こして剥奪された奴ばかりみたいで。なまじ力があるから残った半人前じゃ押さえられなくて、半分ほどに魔窟に押し入られてしまって、残りの奴等は魔窟の外の施設を壊し始めたんですよ」
やっぱり旦那様は有名人だった。
受付係は男女1名ずつの若者で男の方が説明をしているけど、多分旦那様は彼の名前を知らないと思う。
昇龍昇りは探究者が直近で獲った魔核を持って麓の参道から社殿までの約2キロ半を競争する儀式で、1年間の魔窟の安全と探究者達の健康を祈願する神事だ。
奴等の狙いは別ルートで今夜のうちに社殿前まで登り、探究者達に先んじて魔核の奉納を済ませてやろうと言うのだ。
「彼女と2人抜け出して、施設破壊と儀式での狙いを報告しに参道まで走ろうとしたのですが、気付かれて追われてしまいまして。参道側の分岐も押さえられていたので仕方なくこっちへ逃げて来たんです」
「そうか、大変だったな。それじゃ、魔窟にはまだ奴等が入ってるんだろう」
「えぇ、儀式で鼻を明かすなら大魔核が必要でしょう。奴等数に飽かせて大型魔獣を狩る気なんでしょうが、こんな奴がそこまで行けば無事に済むとは思えない。魔窟に入ったのは2時間ほど前ですからまだ安全圏だと思いますが」
「判った。これから参道まで報告に行って、そこから上級者達が行ったんじゃあ間に合わないだろう。チンピラだとしても死人が出ては寝覚めが悪い。俺が何とかするから、一緒に来て半人前共に事情を説明してくれ」
「分かりました」
「緊急時特例措置の最上級者権限で俺が指揮を執るから任せてくれるな!」
「はい!」
*
魔窟に着いて早々に暴れている奴等を捕縛した。
旦那様の天理流はあたしの目でも追い切れないくらい凄かった、武術も魔法もね。
それから半人前君達に号令して、低層に人の列を作って、そこから先は旦那様とあたしの2人で進む。
マチアは受付職員達とあたし達が戻るのを待っている。
【緊急時特例措置】ってあたしが魔窟に入ったことも帳消しにしてくれるんでしょうね!
明日もよろしくお願いします!




