第ニ章 神都の見習少女 3話 放ちし気、サヨナラ
お読みいただきありがとうございます♪
自分でも驚くほど体の動きがスムーズ。
商都を出た頃でも同じ事はできたと思うけど、所々で今よりずっとぎこちない力が入った筈。
今は何をするにも力みを感じず澱みなく動ける気がする。
相手がこのレベルで、あたしがしているのも高度な技じゃないから出来ているのは確かだけど、それでも思いのままに体が動くのは凄く気持ちがいい。
それに疲労の溜まり方も軽いように思うのよね。
今の動きならどんなに続けても全く疲れを感じないんじゃないかな。
相手を翻弄して動き回るのが楽しくて長引かせてしまったんだけど気付いたら相手は疲労困憊、ガックリ頭を落とし肩で息してあたしを睨んでいる。
どうやらあたしが遊んでいることにやっと気付いたみたいだ。
「うぐっ……。手加減して……やったらぁ、舐めや……がってぇ。はひぃぃ、ふぃぃぃ。はぁはぁ、きりがないからぁぁ、しようが……ない。全員でへぇ相手ぇしてへぇやぁる……。皆ぁはぁ、掛かれへぇぇ!」
息が続かず気の抜けた掛け声だけど意味は通じたみたいで、残る5人が前に出る。
どうやら勢いで攻めて翻弄されたのはちゃんと見ていたようで、5人で取り囲んで逃げ場を無くす作戦らしい。
大きく広げた腕であたしに迫ってくる男達。
技ならともかく力だけでは1対1が精一杯だから捉まる訳にはいかない。
完全に包囲の隙間が無くなる前に1人に向かって突っ込んで行く。
突き当たる寸前で瞬時に後方へ下がり、組み付こうとした相手が空を攫んで前のめりに崩れたところに半身を入れ、足車の要領で肩越しに投げ落とす。
身長差があるので背負い技の方が掛け易いが、背負ってしまうと自分の態勢も崩れてあとの移動が難しいから、タイミングが嵌ればほとんど立ったまま投げれる形を選んだ。
上手く包囲の真ん中に1人を投げ倒して、空いた隙間からクルリっと抜け出てしまった。
囲みを抜ければ素早さが決め手。
全体の動きを読んで、常にその時々に相対するのが2人を超えないように最低限の運動量で相手を捌いて行く。
そうなればもう最初の男との一対一とすることは変わらない。
完全に空を切らすのは無理だけど、最小の接触だけで相手全員を翻弄する。
最初の男も何とか回復して相手は6人に増えたけど、手玉に取るように相手ばかりに大きな動きをさせ続ける。
ものの数分、そろそろ全員に疲れが見え始め、息が上がって体勢が崩れて頭の位置が下がってきた。
これを待ってたのよ。
相手を倒すにも完全に意識を刈らないと後が面倒で要は気絶させてしまいたいんだけど、これが中々に厄介。
気絶させるには急所を攻撃して悶絶させるか脳震盪を起こさせるか二つに一つで、その場を綺麗に終わらせたいなら脳震盪の一択だと思う。
でもまたこれが難しい。
急所攻撃ならある程度の誤差があっても倒れて苦しむか死なない程度の負傷の範囲に治まるんだけど、脳震盪の場合は同じような誤差でほとんど効き目がないか死んじゃうかの差が出ちゃう。
よく物語にあるみたいに首筋を手刀でトンっと叩いて相手を気絶させるには脳幹の中枢部に絶妙な振動を起こさせる必要があるのよね。
ところが人の脳幹を守ってる頭蓋骨や筋組織の強度は人それぞれで千差万別、その中に絶妙な刺戟を加えるって一瞬でその強さを見抜いてそれを実行しないと駄目な訳。
防御が弱い人は死んじゃう力でも強い人なら全く平気ってこともある。
それを今からやろうとしてるのよ。
実際の行動は簡単な事で、それこそ物語の格闘シーンの様に相手の横手に回り込んで首筋に手刀を打ち込んで回る……ただそれだけ。
ほら、こんな風に。
くるりと回り込んでトン、するりと斜め横に入り込んでトン、ぱっと跳び寄ってトン、ふわっと近付いてトン、ズバッと割って入ってトントン、瞬く間に6人の意識を刈ってしまう。
『難しそうに見えない』って?
そう、本当に手刀の打撃だけでするのは至難の業だけど天地流には【気】があるから。
要は魔力のことだけど、天地流は【魔力制御】で魔力を魔法にしないで【気】として使うことが出来るの。
脳幹を守ってる首全体の強さは千差万別でも脳幹自体の強さにそこまでの差はないから、手刀に載せた【気】を脳幹に直接送り込めれば誤差は最小限で済むのよ。
ただ『気を脳幹に直接送り込む』のも相手が元気で動きが激しかったり、あたしみたいに身長差が大きくて跳び上がらないと首筋を叩けないとか条件が悪いと当然その誤差が大きくなっちゃうのよね。
だから相手を疲れさせて動きを鈍くして、頭が下がって来るのを待ってた。
「やっと終わったかぁ。遊び過ぎだぞ、エノラ!」
「そうよ。楽しそうに跳び回っちゃてさ」
「だって、首の位置が高いんだもの。鳩尾突いてゲロでも吐かれたら気分悪いじゃないの」
「まぁな。鍛錬の成果は解ってるみたいだから及第点はやってもいい。もっと簡単な方法があるのも分かってる癖に時間を掛けたのは成果を試す為だとしておこう」
「はい!」
落第じゃなくて良かった。
そう胸を撫で下ろした横でマチアが女子達の方へ歩いて行く。
「もう片付いたから安心していいよ。あぁ、さっきはキツイ事言ってゴメンね。勝手に逃げ出すと奴等が息を吹き返した後で何かあるかも知れないからさぁ。ねぇ、旦那様」
「そうだ。次の休息所を今夜担当する探究者に君達と奴等の事を引き継いでおくから、もう大丈夫。この子に名前を教えたら出発していいぞ」
呆気に取られて言葉が出ないのか、軽く頭を下げるだけで感謝も告げずに街道を歩き始める。
「担当の探究者って直ぐに連絡できるんですか?」
「あぁ。街道周りの討伐順路は大体決まってるから直ぐに捉まるさ。この辺りの探究者の情報なら任せとけって」
「じゃあ、討伐範囲に入るんだね。小型魔獣なら私にも狩れるかな」
「俺とエノラが数を減らした後なら何とかなるだろうな」
「うふっ、楽しみだわ」
「それより、こいつらとさっきの子達を【幻想】で出せるか?」
「大丈夫だけど」
「そいつを幻影にせずに俺に送り付けるのはどうだ?」
「あぁ、サリヴィナ様が言ってた奴ね。要領だけは聞いてるけど、初めてだから出来るかなぁ」
「要領を聞いてるなら試してみよう。ちょっと待てよ。うん」
旦那様は荷物を漁っていくつかの魔石と金属塊を取り出した。
金属塊はそれほど重くも堅くも無さそうで今まで見た事の無い質感をしている。
旦那様は金属塊と魔石を1つずつ取り上げて左右の掌に載せて目を閉じた。
マチアがその向いに立って、金属塊と魔石に手を掛ける。
「始めるよ」
「あぁ、いいぞ」
マチアは目を閉じると集中した表情になる。
すると2人の掌に包まれた金属塊と魔石から淡い光が放たれた。
数十秒後、マチアが手を離すと魔石は消えて、金属塊が形を変えている。
「それって……」
「うん、あの女の顔」
「幻影系のスキルと俺の【練成】を組み合わせるとこんな事ができる。この金属は俺の思い通りに変形するように練成した物なんだが、俺には造形の才能が無いんでな。簡単なナイフや金槌くらいしか作れんが、形状が再現できるスキルが組み合わさせばその形状のまま形を変えるんだ」
「驚いた、凄いわ!」
「さぁ、全員分作って出発するぞ」
9人分の胸像が出来上がるまでにそれ程の時間は掛からない。
作る物の大きさで時間と消費魔力が決まるそうで、今回は掌サイズだから時間は短くて済んだ。
魔力は魔石があれば2人共スキル起動の分だけで済むらしい。
胸像を荷の中に仕舞い込んだら騎乗で出発だ。
少し駆けると3人娘に追いついた。
そこから探究者を探しに街道を外れる。
「「「ありがとう! さようならぁぁ!!」」」
ようやく落ち着いたのか、あたし達に大きく手を振った顔に笑顔が溢れている。
明日もまたよろしくお願いします!




