第ニ章 神都の見習少女 2話 守ってあげない
第二章の2話です。
今週もよろしくお願いします。
あたし達が進む商都ナムパヤと神都マズマト間は、15の町を辿って移動休みを挟むと三週間も掛かる。
これでも最短ルートなのよね。
それほどにイクァドラットは広大で、町を外れた原野は途方も無く広い。
町と町の間は馬や高速馬車を使ってやっとその日の内に着ける距離だから、歩きだと早くて2日普通は3日かかる。
だから街道には所々に休息所が作られていて魔獣討伐の探究者が順繰りに宿泊することになってる。
お巡りさん--って言ってもここじゃ通じないけど--が泊まってるようなものだから、馬や馬車が使えない人も安心して旅ができるのよね。
只、徒歩で首都同士を行き来すると町での休みも含めて片道2ヶ月の大旅行になるから、一念発起して一生に一度の【霊山昇龍神社詣で】の参拝旅行に踏み切った人以外は想像もしなくて当たり前。
それでも町と町の間の移動はそれなりにあって、あたし達も日に幾度も徒歩の人達を追い越し擦れ違って進んでいる。
*
休みなく日ごとに町を進んで二週間、神都の3つ手前の町サエトに着く。
ここまで大きな問題も起きずに来て、毎夜の鍛錬も順調でやっと普通に形や所作を熟せるようになった。
5日前から3日前に掛けて【東平野】と【中平野】を区切る山地を越えて、既に【中イクァタ】に入っている。
寄り道すれば魔窟の町にも行けたみたいだけど、まずはとにかくマズマトの神都店に着かないと話にならない。
マチアもあたしとは別メニューだけど毎夜鍛錬はしていて、本店の若手使用人くらいのレベルにはなってる。
武術を知らない男の人や小型魔獣1頭相手なら負けることはない強さの筈。
本格的な鍛錬は旦那様達とザカイへ向けて出発してからで、一月足らずの事だから優秀だ。
まぁ、先生が最高だから使用人達とは比較できないけど割と向いてる方みたいね。
鍛錬は宿近くの空地とかの適当な場所で、特に隠したりはしない。
どうせ知らない人が見たって何にも分からずに『変な体操をしてるよ』とか思うだけだから。
宿の部屋はいつも3人一緒で、ベッドが在る様な上等な部屋には泊まらない。
テーブルや椅子を片して、床に搔い巻きでごろ寝が普通。
適齢期以上の御令嬢でもなければ女子だから別の部屋なんてあり得ないし、特にあたしたちは遠縁でも旦那様の身内扱いだから当然。
どんな部屋だってクリナがあれば清潔だし、あたしとマチアは鍛錬で疲れ切って爆睡しちゃうから気にした事もないしね。
本当ならバクルットのご主人は最上級の部屋に泊まるんだろうけど、魔窟三昧の旦那様はとてもそんな風に見えない。
宿の人達も折角最上級の部屋が埋まる機会を逃してるのに気付きもしないもの。
翌朝サエトを出発してヒュガへ向かう。
1つ目の休息所を過ぎてしばらく進むと林の木立ちが疎らになって、やがて草原に出た。
開けた視界の先で何だか騒ぎが起きているみたい。
「はっ!」
何も分からないのにマチアが牝馬の腹を蹴って駆け出した。
いや、一番弱いのにそれは駄目じゃ……って、旦那様と視線を合わせて後を追う。
近付いて行くに連れて様子は分かるけど『これって、どんな状況なの?』
成人間近だろう可愛い女子3名を倍ほど人数の男達が取り囲んでいるのだが、単に輪になった中に押し込められている訳でもなさそう。
うん、どうやら3対3の睨み合いに挟まれているみたい。
「ねぇ、何してるのぉ?」
マチアが無遠慮に声を掛ける。
全員が一斉に顔を向けたけど、どう見ても成人前の子供一人なので黙殺されてしまった。
女子3名の顔に一瞬浮かんだ喜色も瞬時に掻き消える。
「ちょっとぉ! 無視すんじゃないわ! こっち向きなさいよぉ、こっち!!」
「うっせえなぁ。ガキに用はねぇんだ。消えろよ! じゃないとケガすっぞ!!」
結構年上かと思ったら男達も成人少し前らしい。
あぁ、口調がべらんめぇなのは『そんな雰囲気』ってだけなんであんまり気にしないで。
「怪我してもかまわないからさぁ。何してるか話しなさいよぅ」
「……ったく、ガキがうっせぇなぁ。見たら分かんだろ! こちらのお嬢様がたを俺達が次の町まで送り届けて差し上げようってぇんだよ。その話をまとめようって時にこいつらが横から割り込んで邪魔しやがるんだ」
「何言ってるんだ! 彼女等は先に僕達が目を……じゃなくて、休息所から女ばかりは危ないと思って後をつけてきたら、案の定こんな奴等が集って来たんだ。当然追っ払って、僕等が送り届けないとね」
「ふぅぅぅん。それで、おねえさん達はどっちかに送ってもらいたいの?」
女子達は一斉にぶるぶると首を横に振りだした。
そりゃそうよね、片一方は昨夜の休憩所から付け回して来たストーカー紛い、もう一方は待ち伏せであわよくば一△狙いのナンパ師擬きだもの。
あっ、この辺の言葉もここには無いものだけど気にしないでね。
「ねぇねぇ、どっちも嫌みたいだけど。貴方等どうすんの?」
「うるせぇ! もう、そんなの関係ねぇんだよ! お嬢達は大人しく俺等の言う事を聞いてくれりゃあ、それで良いんだ。丁寧に天国まで送り届けてやるからよぅ」
「その考えに反対はしないが、1つだけ間違いがあるね。天国へのエスコートは僕等の役目だよ」
あぁぁぁ!
もう、体中を掻き毟りたいくらい『最っ低!』の気分だわ。
余程酷い目付きをしてたのかも知れない。
『おいおい、物騒な事は考えるなよ』と呟いた旦那様が、手前で停まっていた様子見の位置からマチアの斜め後ろまで黒馬を進めた。
「なんだよ、おっさん。俺等とやり合おうってのかぁ! おっさんだからって手加減はしねぇぞ!」
「いや。生憎俺はライセンス持ちでな、残念ながらお前達の相手をしたのがバレると大事なコレが取り上げられちまうんだ。だから相手するのは、ほら、あそこにいるあの娘だ。お前達6人全員でどんな手を使ってもいい、あの娘を動けなくしたらお前達の勝ちだ。俺等は黙ってここから消えるからあとは好きにするがいい。どうだぁ、悪い話じゃないだろ?」
あらあら、『物騒な事は』とか言いながら『1対6でどんな手でも』って充分以上に物騒だと思いますが。
まぁ、おかげであたしの方は少し虫唾の走りも治まって『手加減』って言葉を思い出す事が出来ましたけど。
とにかく『ライセンス持ち』の言葉に竦み上がりかけた奴等が、あたしの事を見て余裕を取り戻したのは確かだ。
あとは3人同士が合意出来るかだけど、全員やる気満々みたいだからそこはもう暗黙の了解が成り立ってる、で良いのかしら。
旦那様が肯いたのであたしはダフネを降りて歩きだした。
あたしがダフネの他にシルファを牽いてるのを見た男が『俺等が勝ったら、あの馬も寄越せ』なんて勝手な事を言っている。
『別にかまわんぞぉ』って二つ返事の旦那様もどうかと思うわぁ。
旦那様に手綱を預けて憮然と彼等に向かう。
入れ替わりに騎乗のままのマチアが旦那様の横まで下がった。
女子達は足が竦んで動けない様であたしが少し手前で立ち止まると、男達が彼女等を背で守るように一列に並んであたしを睨む。
『まるであたしが悪者みたいな構図じゃないの』と少々気を悪くしながら、腰に手を当て顎を突き出して言い放ってやる。
「さあ、準備はいいかしら。誰から来るの? 皆一斉でも構わないよ!」
男達が黙って顔を見合わす。
最初から話してるナンパ師擬きの1人が全員に目配せして前に出た。
「まず、俺がやる。 万が一、お前が倒れなかったらその時は全員で相手してやるよ!」
ふぅん余裕の積りかしら『律儀に口上なんか言わずに魔法でも飛ばせばいいのに』と、あたしは右手を前に伸ばして人差し指でクイックイッと手招きをしてやった。
「こいつ! 生意気な! うりゃああぁ!!」
男が彼我の距離を詰めようと一気に前に出た。
『へぇ、結構やるみたいね』と思ったのは、踏切りの速さや体のバランスが様になってたからで、多分バクルット本店の若手使用人程度は出来そうな感じ。
『うん、足の運びも悪くない』確かに素人相手なら自信を持っても可笑しくない。
神都の周りはレベルが高いってお嬢様の言葉は本当だったみたい。
でも所詮は【若手止まり】。
一瞬で詰まった距離から放たれた右拳をぎりぎりで避けて回り込んで背をトンっと突くと、相手は思わず踏鞴を踏んだ。
何とか2歩で踏み止まって振り向きざまに右足を軸に左の蹴りを回してきたので、間合いを詰めて相手の懐からその顎を掌底でほんの軽く突き上げると、仰け反ってバランスを崩し尻餅をついてしまうけれど、ダメージは与えてないから戦意は衰えない。
憤怒の表情で立ち上がり掴み掛かろうとするのを掻い潜ったところで……。
「こら! 逃げ出すならもう守ってあげないよ!」
見当違いな声が飛ぶ。
あたし達の闘いに皆が集中してるのに気付いたのか、そおっと後退りで逃げ出そうとしてた女の子がビクリっと固まったのが見えた。
『逃げ出したっていいじゃない、マチア。変なとこ厳しいのね、あんたは』なんて思いながら、組まない出足払いの要領で男を転がしてやった。
お読みいただきありがとうございました。
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