第一挿話 その10 大空と大地の中で
挿話も一旦此処で小休止、
明日から本編第二章に戻る予定です。
エノラはどうしているでしょうね。
久し振りに母の形見の三味線を取り出して弾き小唄を口遊んでみる。
子供の頃に毬絵に教わったので身に付いて忘れることはないが、これらの腕前と美貌に関しては毬絵に敵う訳もなくて当然人に聴かせたりしない。
ずっと歌や音楽が好きで電蓄作りとか色々と手を出していたが、楽器も多少は嗜んだ。
と言っても子供の頃から触れていたのは三味線だけで、鍵盤や打楽器に触れたのは大人になってからなのでものになる訳が無い。
多少自分なりに満足できるのは三味線と同じ弦楽器のギターやベースくらいのものだ。
もちろんそれも素人としての話で人様にお見せ出来るようなものではないし、男性不信のせいもあってバンドを組んだりする気にもなれなかった。
*
季恵は2年前に引っ越した。
長年住んだ公団住宅は立地面も人間関係も不満がある訳ではなかったけれど、唯一防音性に難があった。
好きな音楽を聴いたり歌ったりするのにどうしても遠慮が付きまとうのが長年小さな不満として積み重なっていた。
引っ越し先は新築マンション1階の2LDK。
購入後に防音施工をしてから入居、引っ越しは専門業者に委託した。
会社では肩書に取締役が付き、経理部門は監督責任だけで資産運用が主な業務と成っている。
運用面のサポートに初めて男性社員を部下にしたが、流石に子供世代の男性に恐怖を感じることはなかった。
取締役になって初めて給与面の男女格差が無くなり部長職の男性達の給与を追い抜いた。
また会社保有分のタネマス製油株の利益確保の為、取締役としてあちらの経営に参画することが業務の一環として認められた。
タネマス製油は元本家のタネマスを吸収合併しており、筆頭株主が季恵で、その次はこの会社名義、3位が本家筋の従兄となっている。
従兄は吸収合併以前にタネマスの社長を辞して、今は平取締役として閑職に就いている。
タネマス製油からの給与は税引き後の全額を会社への預託金としてあり、彼女の退職時に預託金額分のタネマス製油株式を譲渡される予定で、それまでは株式は公開しない。
会社の給与だけで充分な収入があるのでマンションの購入に関しては今後10年のローン返済と退職金で完済できるだろう。
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ごまも大豆も国内生産は僅かでそれらはほぼ全て食品用であり、自給率が高かった菜種も昭和40年代の農政転換でほとんど国内生産が無くなってしまった。
食料油の原料はほぼ100%輸入に頼っているので、タネマス製油の取締役兼筆頭株主として商社や流通関係との付き合いが急増した。
彼等から得られる情報は非常に有用で、分析勘案した上で社の資産運用に役立てている。
昭和48年の石油危機のあおりで一昨年から昨年にかけて紙パルプ業界は戦後最大の不況に陥り生産削減を余儀なくされたが、それまでの余剰資産を社長と季恵で運用してきた利益でその2年間を無事乗り切ることが出来た。
その事実が彼女の取締役就任に大きく寄与しているし、資産有用の正式業務化にも繋がっている。
製紙業界も材料の輸入比率は増えており、昭和40年頃までほとんど国内の丸太とチップで賄えていたものが、一昨年には半分以上を輸入に頼るようになった。
それでもまだ輸入量が抑えられているのは古紙回収による再生材の使用が需要増を補っているからだろうか。
実はこの夏、会社からの製紙工場視察の名目で北海道に行って来た。
50歳にして始めて飛行機に乗り羽田から千歳へ、苫小牧で製紙工場と関連の水力発電事業を見学して、翌日は札幌、次の日は小樽とほぼ観光旅行の様な出張を楽しんだ。
東京育ちの季恵は移動の間の雄大な風景に驚いたが、地元の人には『これを雄大と言っては嗤われます』と言われてしまった。
確かに地図で見ると北海道の一番くびれた狭い所を移動しただけで『本当に雄大な風景はどんなだろうか』と考えても想像も付かない。
いつかゆっくりとそれを確かめに来たいと思う。
但し、スキーとかウィンタースポーツに興味は無いので、今回と同じ快適な夏に限定で考えているに違いない。
札幌の街なかで夕方時間が空いたのでレコード店に入った。
何か北海道ゆかりの曲とかがないかと思って店員に尋ねると、北海道出身のフォークシンガーがアルバムを出したばかりだと言う。
松△千春という若者だそうで『絶対お薦めです』と力説されたので、試聴する時間はないけれど買って帰る事にした。
東京に戻ってマンションでトランクを開けて片付けを済ませた後で早速聴いてみると、なるほど『お薦め』されるだけの事はある。
特に2曲目の【大空と大地の中で】を聴くと未だ見た事の無い【本物の雄大さ】が目に浮かぶようで、思わず何度も聴いてしまった。
仕事の実務面では電卓の登場で算盤の出来ない経理社員が配属されるようになった。
更にPPC複写機が開発されて、数年前に会社に入ると資料作成が一気に楽になった。
1960年代にオフィスコンピュータが一般企業で導入され始めたが、まだまだ仕事をコンピューターの都合に合わせなければならない気がして季恵は導入に待ったをかけた。
数年前にリリースされた販売管理・財務管理・人事給与などの事務処理機能を搭載した日△電気NEACシステム100には食指が動いたが、まだまだ手仕事で困る事も無い。
自分自身がコンピュータを良く知ってから導入しないと折角の投資が無駄になる気がする。
TK-80と言う基盤にプロセッサや16進キーボードとLED表示器がついたトレーニングキットが発売されたのでそれを買ってみた。
剥き出しの基盤が以前の自作アンプとかに共通するものがある気がしてどこか嬉しい。
【月刊▽スキー】や【月刊マイ▢ン】とかを若い男子に混じって書店で立ち読みすると結構面白くて、それ以来愛読することになった。
今の状況なら本当に個人が扱えるコンピュータがそう遠からず発売されるに違いない。
それを待って『納得した上でオフコンの導入を検討したい』と社長に告げると『好きにして良いよ』と二つ返事だった。
話は変わるが、最近はどこに行くのも身構えることが少なくなったようだ。
今年50歳で季恵を見る男性の目が、女性を見る眼付きでなくなったのが大きな原因かも知れない。
今でも年よりは若く見られる季恵だが、40代前半で見た目30代の時は若い男性からもまだその手の視線を感じたが、見た目が40代となった今はほとんど感じることが無い。
大半の女性にとって歓迎できない変化なのだろうけど、季恵にとっては大歓迎だ。
だからと言って身だしなみや女らしさを疎かにするつもりはないらしいが。
話が行ったり来たりするが、北海道に向かう羽田での事。
建設中の成田開港を翌年に控え、羽田空港は国内国際ともにごった返している。
便は一昨年に念願の幹線乗り入れを果たした東亜▢内航空のDC-9だが、初めての飛行機旅行に念の入れ過ぎで製紙会社の随員との待ち合わせより1時間も早く着いてしまった季恵だ。
何せ彼女にとっての大型飛行機とは30年以上前に空襲で見た爆撃機の印象のままで、たとえ頭で理解はしていても緊張するのは致し方ない。
早く着いて時間があるからと勝手に散策でもして迷ったりしたら目も当てられない。
初めての空港なのでどこを見ても目新しい事ばかりだから待っている間も退屈はしないのだけれど、ぱっと見は所在なげに立ち尽くしているしかないのだ。
行き交う人々や目まぐるしく入れ替わる表示板を眺めながら立っていると『荷物はちゃんと手を掛けていないと駄目ですよ』と声を掛けられた。
『国内線と言っても色んな人が居るから、日本の街なかと同じと思わない方がいいです』
思わず足元のトランクを引き寄せて、目を向けると若い男性が会釈した。
「ありがとうございます。えっと、空港職員の方ですか?」
「いいぇ、そうではないのですが。少し気になったもので」
「はい、これからは気を付けます」
「えぇ、ようやく折り返しですからね。頑張ってください!」
「はぁ?」
言われた意味が分からずに思わず気の抜けた声を返した季恵を置いて、さっさと去って行く背中を首を傾げて見送る。
『何だか分からないけど、とにかく凄く綺麗な人だったわね』
目鼻立ちが整うとかのレベルでは無い。
化粧っ気など皆無なのにフルメイクの美人女優よりも綺麗な顔に見えた。
かと言って女性的な訳でもない。
何だかその背中を見送るうちに違う世界に引き込まれそうな妙な気分になってしまった。
『あの時の奇妙な感覚はずっと忘れないわ』と、一人マンションの部屋で三味を爪弾きながら思い返している。
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