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第十挿話 その1  ワダツミの木

お正月休み、ゆっくり過ごされたでしょうか。

今日から投稿再開いたします。

挿話ですが、孤宮季恵が主人公の第一挿話・第二挿話の続きです。

長らくエナレイシェ公女の挿話が続きお忘れの場合は、読み直していただいても10話だけなのでそう時間は掛からないかと思います。

 俗に言う【階段教室】、一学年全員を前提に150人程が座れるように中央4人掛けの左右に3人掛けの横長机が15段並んでいる。

大きな黒板の前の教壇は奥行きが2メートル余り、今は教卓が取り払われて黒い機材が幾つも置かれている。

真ん中から少し左寄りに組まれているドラムセットが印象的だが今は誰も座っていない。

中央前側にマイクが2本立っていて、それぞれの横にスタンドに置かれたギターとベースがある。

黒板には種々雑多なバンドポスターが張り散りばめられており、カラーチョークを使った画き込みも派手だが、誰の目から見ても全体に漂う素人っぽさは拭えない。

横長机の前半分に一卓二三にさん人が座り、全員で50人程だろうか。

素人ながらにロックのイメージを強調したいだろうステージと裏腹に、座っているのは制服姿の女子と上品そうな主婦風の女性がほとんどだ。


 その中でも一等上品そうな孤宮季恵こみやきえは年齢も群を抜いて高そうだ。

彼女は三列目左手の横長机右端へ背筋真っ直ぐ腰を下ろして、教壇の奥隅に置かれたPA機材の傍で作業する2人の少女をじっと見詰めている。

彼女に関係のある少女と言えば養女のあずさはるの他はない。

PAミキサーの前に教壇中央へ向けて置かれた小振りなデスクトップパソコンを操作しているのがはるでPAのヘッドホンで音を確認しているらしいのが梓。

事前に準備は出来ていたようで、前の演奏者がけて三四分さんよんぷんで2人は頷き合って教壇中央へ向かう。

華がギター、梓がベースを取りストラップを肩に掛けてアンプのスイッチを入れ、マイクの前に立った。

2人とも背丈が160台半ばを越えて楽器の収まりも良く、清楚な制服姿が却ってスタイルの良さを際立たせている。


「こんにちわ! 私達、ディアスクィエって言う2人組のバンドです。軽音楽部の正式部員じゃないんですけど、先輩達に誘っていただいて今日は特別に出させていただきます。曲はオリジナルで、ベースとギター以外の音は録音とかじゃなくて私達がコンピュータで作った音を使います。楽しんでもらえたら嬉しいです!」

「あっ、そろそろコンピュータのカウントが始まりそうです。それではお聞きください、【USJはバンクじゃない!】!」


 カウントと言っても音は出ないようで、パソコンのディスプレイの横に立てた小さなライトがカウントに合わせて点滅するようにしてあるようだ。

4度の点滅に合わせて2人が楽器の弦を弾いて、それぞれのアンプから出た音がパソコンが奏でる曲に重なる。

イントロの曲調は聴き易いかなりポップな感じだが、梓が歌い出したのは低い音程のラップで、はるのイントロに沿ったハイトーンのメロディーがそれに被る形の掛け合いになり、Aメロの後半にはそのまま役割が入れ替わった。

AメロとBメロのブリッジは梓のスラップ奏法と華のディストーションギターのオクターブユニゾンで一気に曲調がハードに切り替わる。

ラップはAメロで終わり、Bメロでは高音域の硬質なハーモニーがメロディアスな旋律を緊張感溢れたものに感じさせ、Bメロから直接サビへ雪崩れ込むと音域は更に高くなり、圧倒的な声量がリズミカルなメロディパターンを聴く耳へ刻み込む。

間奏のギターソロは高速フレーズが低音から最高音へと駆け上がり、瞬時のブレイクの後に2番のAメロはリズムだけをバックに完全なラップの掛け合いになる。

コミックソングじみた曲名や2人の見た目とはかけ離れた曲調と歌詞に呆気に取られている聴き手が、歌詞もメロディも完全繰り返しリフレインのBメロに軽い安堵を憶えたところへの変調で更にサビの音程が高くなり、聴く側の心を軽い緊張感へ押し上げたまま唐突に立ち消えた。


 突然の終焉に当然の如く拍手も歓声も起こらない中、間を置かずカウントの小ライトが点滅を始めた。

2曲目は超高速8ビートのベースに打ち込みのドラムが後追いで嵌り込むイントロのアップテンポロックで、カウントからのソロベース4小節が少しでも狂えば台無しになる打ち込みドラムならではのハイリスクな構成だ。

しかも単調なコード進行の癖にメロディ展開が複雑な上に、高速な8分音符にのせる母音数も歌詞によってマチマチで舌を噛む暇さえないハイトーンの掛け合い早口言葉が延々と続く。

ボーカル殺しと言っても過言じゃない難曲を2人は寸分の狂いもなく弾き語りで歌い終えた。


「2曲目は【内部告発は貸し剥がし】でした! ちょっとうるさかったですよね、御免なさい。なので最後の3曲目はしっとりバラードで締めたいと思います。」

「それでは最後の曲です。【ディズ▢ーシーで逢えたら】!」


 打ち込みとは思えない繊細なキーボードフレーズから始まるスローバラードに、大半の年長者の顔に『やっと理解できる曲が……』と安堵の表情が浮かぶ。

良く聞くと3曲のメロディに共通の独特な節回しがあり、それがこの2人の曲作りの特徴の1つなのだろうが、曲調が違い過ぎるので気付く者は少ないだろう。


 梓とはるの2人は6年間一貫教育の女子校に進学して中学3年生になり15才を迎えた--ちなみに養母の季恵きえは75になるがこの十数年見た目にほとんど変化が無く体力面でも衰えを知らないようだ--。

今日はその学園の文化祭で、この階段教室では【軽音楽部】の発表会が催されている。

学園の音楽系サークルでは関東大会常連のコーラス部が有名で収容人数の多い講堂では彼等を中心に演劇や吹奏楽など大きな舞台が必要な部の発表が行われる。

梓と華 が自己紹介で『正式部員でない』と断わったのは、この部が高等部を対象にした部で中等部では入部できないからだが、文化祭の催しには各主催グループの自主性も重んじられているのでルール違反と言うわけでもない。

学園の部活動にはABの2種類があって、週3が基本のA活動は学外の大会参加を目標にしているが、B活動にはその縛りが無い。

2人は学外でしたい事も多いので正式な部活動には週に1日だけ活動するB活動で華道部に所属している。


 そんなほぼ帰宅部状態の2人に軽音楽部から声が掛かったのには理由が無くもない。

高等部のみ活動のこの部に入部する者の大半がこうした中等部でB活動に所属する者達なのは当然で、自然とB活動の中3が勧誘対象になる。

梓と華 はピアノを習っている楽器メーカー系の音楽教室で中学入試終了と同時にギターとベースを習い始めて3年近く、それを聞きつけた高等部の先輩達から発表会参加の打診を受けた。

打診から当日まで1ヶ月足らずなので『ライブ体験でお茶を濁す程度でも当人達や周囲の帰宅組への勧誘効果が見込めるだろう』と声を掛けた先輩部員達が、プロレベルの仕上りを前に目を丸くしている。

2人の習ったピアノは純然たるクラシックだったがギターやベースはロック系の講師がほとんどで、2人の担当もスタジオミュージシャンをメインの収入源にしている現役ミュージシャン達だ。

この1年ほどは習い事と言うより、2人が来る日にはスタジオミュージシャンの講師連中が集結してセッション大会になるのが常になっている。

いわばプロから『プロ同然』のお墨付きを貰っているのだから、素人が目を丸くするのは当たり前だろう。

打ち込みに関してもDTMの黎明期から取り組んで来た季恵譲りで、1年半前に彼女が入手した【RE△SON】と言うバーチャルインストゥルメンツソフトを使わせて貰っている。

それまで別々だった音源とシーケンス機能を一体化したソフトで『これさえあれば今の音楽で出来ない事はほとんど無いよ』と義母から聞いた。

これまでセッションで聴いたスタジオミュージシャン達各楽器の【イケてるフレーズ】を打ち込んでいたりしたが、本格的に作編曲に使ったのは今回が初めてだ。

そう言えば【ディアスクィエ】と言うバンド自体が今回の発表会用に即席に拵えた物だし、3曲とも先週に間に合わせで作ったばかりだと知れば更に皆の驚きが増すのだろうか。

ちなみに【ディアスクィエ】は2人の共通の想い『大好き季恵』をもじった物らしい。


「付け焼刃にしては上出来だね」


 3列目で見ていた季恵がぽつり呟き満足気に微笑んで席を立った。

小さく手を振り2人が気付いたのを確認して階段教室を後にする。

高等部の校舎では飲食店の催しもあるらしく、喫茶の部屋では音楽も流れている。

聞こえてきたのは上半期に流行った元ち△せのワダツミの木だ。

『ロックも良いけど、あたしにはコッチの方がしっくりくるかな』と頬が緩んだ。

明日もよろしくお願いいたします。

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