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第一章 商都の孤児少女  3話 リンゴも歌

3話です。

1話2話をお読みでない方はそちらからどうぞ。

 バクルットのお店はとても大きな雑貨屋なんでもやさんだ。

お店ではお客さん相手に小売りをしているけど、路地でいろいろ聞いてみたら商店街にはバクルットから仕入れをしている店もたくさんあるみたい。

いそがしそうなお店のようすにおっかなびっくりでのぞいていると『いらっしゃいませ。何か御入用ですか』と声をかけられた。

『すごい』どう見ても客に見えないあたしは商店街ならどなられなくても困った顔で押しやられるのが当たり前なのに、ここの店員さんはほかのお客さんと同じあつかいをするよう教えられてるんだ。


「紹介状をいただいて来ました」


 やさしく見おろす店員さんにメルノアお嬢さまからもらった紹介状を差しだす。

よく見るとその人はほかの店員より落ちついてしっかりしているみたいで、あたしの事もこの人だからていねいにあつかってくれたのかも知れない。


「うん。これは奥向きの紹介だね。表じゃ受けられないから、少し待っててくれるかな」


 あたしの背をかるく押して店の奥の目立たないところへ連れていき『レベッサさんを呼んでくれないか』と若い店員に声をかけた。

あたしのほうに目をくばりながらお客さんの相手もていねいで手早いようすに思わず見ほれていると、店の奥から声がかかった。


「どうしたの、カザムさん」

「あぁ、このが奥向きの紹介状を持って来たんで任せても良いですか」

「えぇ。お嬢様から聞いているわ。お手間掛けました。こちらで引き取りますね」

「じゃあ、よろしく」


 話しながらジロジロと隅から隅まであたしの事を見ていたレベッサさんが『こっちよ』と奥に向かって歩き出したので、あわててついて行く。


「サイズの合わない古着だけどちゃんとクリナは掛かっているようね。身体も不潔な処は無さそう。痩せ過ぎだけど、顔付きは悪くない。頬がリンゴみたいに赤いのは治るのかしらね」


 歩きながら見たてを声にしてるのは、やとうのがもう決まっているからかしら。

そう、あたしもじぶんの顔は嫌いじゃないけど、このまっ赤なほおは大人になるまでになおってほしい。

すごく痩せてるのに小さな丸顔だから、孤児院ではエノラじゃなくて『リンゴ』って呼ばれることが多かった。

熱帯地方なのにリンゴがとれるのはこの島をひらいた人が丘の上にリンゴの木をいっぱい植えたからって聞いたけど、スモモとかじゃなくてよかった。

『スモモ』って呼ばれるくらいなら『リンゴ』のほうがずっとましだもの。

『エノラ』って名前はただ1つ、捨てられる前からあたしが持っていたもの。

孤児院の裏口にほとんど裸でおかれてた赤んぼの手に大人サイズのほそい銀のブレスレットがまきつけてあって小さな板のところに名がほってあった。

まだあたしの手には大きいからずっと足首にまいてある。


 お嬢さまと会った打ち合わせ室と似た部屋に通されたけど、部屋の大きさとカグが少しちがう。

通ったろうかもちがったけど、広すぎておやしきの造りがぜんぜん分からない。


「エノラ・ウズミヌね。私はレベッサ・ワムサル。バクルット家の奉公人頭よ。この家では奥向きで働く者を奉公人、表向きの仕事をする者を使用人と呼ぶの。奉公人を取りまとめているのが私で、さっき貴女が世話になったのが使用人頭のカザム・スウェーダよ」

「やとってもらえたら私もレベッサさまの部下になるんですね」

「建前上はね。貴女はメルノアお嬢様付きの小間使いになるから、お嬢様の指示だけを守れば良い……と言うかそれ以外の事に従っては駄目。この家の者は使用人も奉公人も全てバクルット家が雇っているのだけど、お嬢様が初めて個人的に雇うのが貴女なの。お給金もお嬢様の財産から支払われるし、住むのもお嬢様の部屋の控えの間になるわ」


 あらぁ、思ってたのとちょっと違うわね。

最初は奥向きの奉公でもそのうち表の仕事もおぼえてなんて考えていたけど、そう上手くはいかないみたい。

でも1人でシゴトするのは気楽だし、上の人が1人だけならその人のことだけ気にすればいいんだから。


「それと私の事を様付けで呼んでは駄目よ。私も皆と同じ雇われの身だから」

「はい、わかりました。どなたをどう呼べばいいのでしょうか」

「旦那様と奥様とお嬢様と大奥様。様を付けるのはこの4人だけ。奉公人と使用人は目上にはさん付けが普通よ。貴女は一番年下だから当分は全員にさん付けね」

「レベッサさん。教えていただいてありがとうございます」

「貴女本当に孤児なの? その物言いは誰に習ったのかしら。ひょっとして読み書きも出来るの?」

「はい。近くの物知りなおばあさんに教わりました」

「そう。でも良かったわね。いくら出来るでも孤児じゃあ、こんな大店おおだなに奉公するのは無理なのよ。普通はね」

「はい」


 この家に来てはじめて嘘をついた。

読み書きや話し方はだれに習ったのでもなくて、ここの言葉や文字を知るとしぜんにできるようになったし、四則ならかなりのケタまであん算できる。

これはそういう風に生まれついただけで、スキルが使えるようになる前からそうだった。

こんな力やスキルがあってもレベッサさんが言うとおり、孤児というだけでえらべるシゴトは限られてしまう。

つけるにしても、はじめはほとんど【力仕事】や【単純作業】。

そこでがんばれば、そのうち何かをおしえてもらえるかも知れない。

でもそこには向いたスキルの子たちがもう先にいるから、それから先はのぞみようがない。

そこからぬけ出すために、タリアンさんとメルノアお嬢さまにとり入ったのだもの。


「今まで小間使いを雇わなかったのは、お嬢様が殆んど何でも1人で出来るから。だから貴女が何をするかはお嬢様次第ね。嫌われて即刻首にならないように祈ってあげるわ」


 半年のあいだはダイジョウブだと思うけど、たしかにその先はどうなるか分からない。

あたしがどうなってもレベッサさんには関係ないのに、色々とおしえてくれるだけありがたいわ。


 そのあと、おおまかな間どりや奥向きのヤクワリとかいろいろとおしえてもらった。

そしてレベッカさんとの話がすんだのを見はからったように勢いよくドアがあいた。

勇士のような立ちすがたはメルノアお嬢さまのきゃしゃな体に似合わないけど、生き生きとしたようすから今はまだきらわれた感じはしない。


「来たわね、エノラ。じゃあ部屋に行くわよ」

「はい!」


 あたしをしたがえてさっそうとしたそのうしろ姿を見送るレベッサさんが『ぐび』と息をのむのがスキルに響いた。

なんだかあたしも少しほこらしい。

『そうよ! タリアンさんの声で愛をたしかめたからあたし・・・のお嬢さまはもうどこにも不安なんてないのよ!』なんてね。

うん、何もかもぜんぶあたしの思いこみなんだけど、これからあたしの人生をたくすことになる人が元気なのは、今のあたしにとって悪くない。

なので今日からメルノアさまは【あたし・・・のお嬢さま】になった。


 打ち合わせ室をはなれるお嬢さまについて歩くと庭に面したろうかに出た。

戸板をはめるみぞはあるけど今はぜんぶ取っぱらわれて、昼すぎのひざしがまぶしく差しこんでいる。

メルノアさまはろうかの真ん中で立ち止まった。


「最高の天気よ、エノラ。貴女もそう思うでしょう!」

「はい、お嬢さま! さいこうです!!」


 広い庭から目を上げると小さな白い雲をいくつも浮かべた青空が広がっている。

きつい日ざしがあたしのまっ赤なほおまであつくあぶるのも、思わず歌いだしてしまいそうなくらい気もちいい。


 さぁ、お嬢さまが幸せになるために、あたしはいったい何ができるのだろう!

明日もお付き合いいただければ嬉しいです!

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