第一挿話 その4 お祭りマンボ
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昭和27年9月、季恵は誕生日を過ぎて25歳になった。
もう誰から見ても立派な『行き遅れ』だけれど、当の本人は色恋沙汰に些かの興味もない。
休みの日も祖母のところに行くか、家の用事と日用品の買い物、たまに出掛けるのは秋葉原ぐらいだ。
久し振りの秋葉原は復興の流れで完全に電気の街になりつつある。
流石に沢山のラジオや電蓄が並んでいて、鳴らしているところも多い。
今、目の前で電蓄に掛かっているのは美▢ひばりの【お祭りマンボ】だ。
先月発売になったばかりで伸び盛りのひばりの勢いを象徴するかのような曲に思えた。
季恵はどうしても自分の電蓄が欲しくて一昨年春に自作の準備を始めた。
電蓄というと家具調の立派な物で、卓上品でも木製のしっかりしたキャビネットのイメージがあるが、自分が聴くだけの物なので初めから木工まで手を伸ばすつもりはなかった。
それでも電子工作の工具は必要で、ペンチやリマーにヤスリ、はんだごて等一式を揃えるのに積み立て貯金の数ヶ月分をつぎ込むと、最初は3球スーパーと言う簡単なラジオ製作に取り掛かる。
部品は金さえ出せば直ぐに手に入るが、電気店はどこも男ばかりで若い女が立ち入るだけで奇異の目で見られるのに困ったようだ。
秋葉原に出来たラジオデパートの中に、主の様な老人が店主の部品店を見つけてそこへ行くようになると、主に遠慮してか奇異の視線はともかく妙なちょっかいを掛けられることは無くなった。
少し親しくなると店主は厳つい見た目に関わらず温和な人柄で、季恵の相談にも丁寧に対応してくれる。
浅見老と言い、季恵が関わる老人に【外れ】は無いようだ。
見た目通りかなりの高齢なのだろうが、最新の情報にも詳しくて工具の使い方から回路図の読み方まで詳しく教えてくれた。
3球スーパーから手を付ける事を勧めたのも彼だ。
仕事があるので根の詰め様が無い。
会社の残業もあるしアサに会いに行くのも欠かせない。
空いた時間で少しずつ作業して3球スーパーを完成させるのに2ヶ月余り掛かった。
見てくれの悪さはおいて、最初に音が出た時の感動を季恵は忘れられないだろう。
アルミのシャーシに穴を切って部品を取り付けて裏側で配線を繋げる。
店主さんの教えは理解していてもこれまで工作は馴染みが無くて四苦八苦。
部品が剥き出しだから作業の上手下手が見た目にそのまま出るのだが、その不格好なところさえ何か愛おしいのだ。
店主さんに報告すると次は大きなスピーカを鳴らすためのアンプだそうで、こちらは去年回路図が出たばかりの【ウルトラリニアアンプ】で難易度は比べものにならない。
その分、音の特性が直線的で歪が少ない良い音が出るらしい。
季恵の様子だと多分また数ヶ月は掛かるので、その間にスピーカとターンテーブルの部品を見繕ってくれるそうだ。
ラジオやアンプは剥き出しのアルミシャーシでも性能に大きな差はないが、ターンテーブルはある程度重量が無いと音飛びや回転ムラの原因に成るし、スピーカはその特性に合った形状と重量でないと良い音で鳴らないと言う。
季恵に木工は無理だし、それなりの加工先に依頼すると費用が馬鹿にならない。
それでなくても、スピーカそのものやフォノモーター、ターンテーブル、ピックアップアームなど高価な部品が目白押しなので、製作期間より費用の捻出の方が問題になるだろうとの事だ。
アンプは真空管も他の部品も3球スーパーより遥かに多くてその分配線も複雑だけど、基本的な作業は同じ事だ。
部品点数で考えれば半年近く掛かっても可笑しくなかったけれど、3ヶ月足らずで形にはなって、テスト用の小さなスピーカが鳴るところまでは確認できた。
その間に何度か店主さんの店に通って作業の相談がてら進捗の報告もしていたので、彼も大体の日程は読めていたらしい。
木工所でもこの手の好事家達が贔屓にするところは大体決まっているそうで、そこに声を掛けてくれていたら、ある好事家が頼んでいたキャビネットが粗仕上げまで済んだところで一回り大きなスピーカが手に入って、作り掛けの物が実費だけでキャンセルになったと言う。
『形は出来てるんだが、ヤスリ仕上げとニス引きがまだだから人前には出せない。けど、あんたが家で使う分には問題無かろう』と既に物は押さえてしまったそうだ。
これまでの実費は元の注文主が支払い済みだから、その間の経費と配送費用だけで済む。
しかも木工所から連絡を取ってもらうと小さい方のスピーカはもう使わないので下取りしないかと言う事でそれも交渉して、こちらは引き取り済みで現物を見せられた。
小さい方と言っても季恵の元の予算で買えるものよりかなり高性能だが、中古価格で引き取ったので元の予算通りで納まる。
何せキャビネットとの相性が良くて『そこいらの自作電蓄よりずっと良いもんになる』んだそうだ。
次の休みにキャビネットが中野の借家に届いて思ったより大きくて驚く。
小さくても一軒家だからいいが、手狭な共同住宅を借りていたらとても置く所が無いだろう。
酷く重いのを頑張って持って帰ったスピーカを合わせてみると、下の内側にぴったりと納まる様になっていて『さすが誂えは違うわ』と感心しきりな季恵だった。
材質も木の名前とかは分からないが目の詰まった堅くて高そうな木材が使われていた。
実はターンテーブルの材料は店主さんの手元に有って、いつでも仕上げ作業に掛かれるのだけれど、手元のお金で少し足りないから翌月の給料待ちにした。
その間は『キャビネットを紙やすりで磨いてたらどうだ』と言われた通り、目の細かい紙やすりでキレイに擦ってやる。
ターンテーブルの作り込みに少し時間が掛かったが全体でほぼ7ヶ月。
6月から手を付けた電蓄自作も年末ぎりぎりで完成となった。
テストにかけるのは自作を思い立った時に買っておいた【買物ブギー】だ。
思ったより大きい迫力ある音にびっくりしてヴォリュームを絞る。
『わてほんまに よう言わんわ わてほんまに よう言わんわ あーしんど』と最後まで聴いてラジオに切り替える。
東京都区部は電波の状況が良いので3球スーパーでもしっかり受信できる。
大晦日には【紅白歌合戦】を聴くことができた。
第1回の前年は聴くことができなかった1時間半の歌の競演を堪能した。
紅組の3番目で笠▢シズ子が買物ブギーを歌った。
『アサばあちゃんなら「あーしんど」っていってるかな』と意味なくクスリと笑う。
半年余りの日々を思い返して、初めての事ばかりで大変だったけどとても充実していた気がした。
あれから1年半余りが経ったが、レコード盤の枚数はそれ程増えていない。
SP盤がそれなりに値が張るのと、針の交換が面倒なのでレコードをかけることが少なくなって殆どラジオを鳴らしているからだ。
季恵は久し振りに秋葉原を歩いて『久々にレコードを買おう』と思い立った。
買ったのはやはり【お祭りマンボ】、女性歌手は戦後歌謡界を引っ張って来た笠▢シズ子から徐々に若手に人気が移っている。
中でも美▢ひばりはその筆頭格で、スイングとブギしか歌わなかったシズ子と違って何でも歌う。
この手の元気でコミカルな曲調はシズ子のブギに通じるところがあるが、子供の頃からシズ子と同じ舞台に上がっているだけあって上手にこなしていると思う。
ラジオデパートの店主老は相変わらずの厳つい顔付きを崩して季恵を迎えてくれた。
話を聞いていると、なんでもアメリカで回転数が半分ほどのLP盤とそれより少し早いEP盤が売り出されているそうで、来年には日本でもLP盤を売り出すそうだ。
今のターンテーブルを回転数切り替えが出来る物に改造するか、専用のターンテーブルを追加するかしないと駄目らしい。
「その時はまたここに通わせてもらうから、よろしくお願いしますね」
「儂ももう歳じゃから、まだ生きて動ける間はここに居るがな。さぁて、どうだろうな」
「そんなこと言わずに。元気でいてくれないとあたしが困るんだからね」
「あぁ。いつでも来るがいいさぁ」
明日もよろしくお願いします♪




