第一挿話 その2 リンゴの唄
お読みいただきありがとうございます。
厚く暗い雲に覆われた空は真冬に逆戻りしたみたいに冷たい風を吹かせるけれど、季恵の足取りは軽い。
目白通りに在る紙問屋へ面接に行ったのは例の浅見老人の伝手で『浅見さんの紹介なら間違いないだろ。4月から来ておくれ』と二つ返事をもらえたので気を良くしている。
彼女の家が焼けて、母親を含めた近所の人々が防空壕内の呼吸困難で亡くなったのは東京大空襲だったが、その後数度に渡って大規模な空襲があり、あの時無事だった【タネマス】のお店もその後焼失してしまった。
季恵の実家と言えなくもない油問屋タネマスは店舗こそ失ったものの、経営者と従業員共に避難に成功しており元来の地盤だった小田原の店舗は健在で、なにより関西との取引ルートが確保できているので再建に問題はないだろう。
とは言え、大空襲から一年も祖母アサの隠居所で厄介になり続けているのは再建途上のタネマスに対して肩身が狭かった。
去年の9月に無条件降伏によって終戦を迎えてから未だ半年で世情は不安定なまま、就職などとても無理かと思っていたが杉並までわざわざ母に線香を手向けに来てくれた浅見老に駄目元でお願いしておいたのだ。
赤坂芸者だった母方の祖母を贔屓にしていた元実業家の彼は、アサより随分年上で枯れ切った風情の飄々とした老人だが見た目よりずっと元気で、昔の人脈も途切れずに相変わらず顔も広いようだ。
父親の家庭内暴力や精神的虐待で極度の男性不信に陥った季恵だったが、母に連れられて会った折、枯れて飄々とした様子の彼だけは無条件で信頼する事ができた。
またこの1年間、ご近所の農作業や役場仕事の手伝いなどをする中で、仕事上だけの付き合いであれば男性とも不自由なく応対が出来るようになった。
もっとも、男女の付き合い、ましてや結婚になぞ踏み出す気には毛頭なれそうにない。
それでも成人男性から声を掛けられる度に『ビクリ』としていた頃のことを思えば格段の進歩で、そうでなければ職探しなど夢のまた夢に過ぎなかったろう。
臨時雇いでも仕方ないと思っていたのに履歴書を見た総務部長に『ちょっと算盤を弾いてこの帳面に書き込んでくれるかね』と言われて、暗算でも出来る計算をわざわざ玉を弾いてペンで値を書き込んだ。
『おぉぉ、いいねぇ。差し支えなければ経理の正社員でどうかな』と願っても無い話が出て、とんとん拍子に話が決まっていく。
恐らく経理を見ていた社員が招集か戦災で居なくなったのだろう。
就職早々大変になるかも知れないが、忙しいのは願ったり叶ったり。
『母さんの事を忘れるくらい天手古舞になればねぇ』などと思う。
『そう言えばアサおばあちゃんは小田原の頃はずっと帳簿を付けてたって言ってたわね。今月のうちに付け方を教えてもらおうかな』と思い付いて独りポンっと手を打った。
アサは暇を持て余しているので、季恵が何か尋ねると喜んで教えてくれる。
まだ3月に入ったばかりなので一月の間に昔を思い出してゆっくり教えてもらえばいい。
終戦前の1年足らずで東京は再三の空爆攻撃を受けて都区部全域のほぼ3割が焼失してしまった。
中心部に至っては焼け残った所がほとんど無い地区も多く、被災を免れたのは半分に満たない。
爆撃は町家や町工場が密集している地域を狙って行われたので皇居や神宮周辺や上野公園などはほとんど被害を受けず、それを含めての半分なのだから被害の深刻さは推して知るべしだろう。
その中では目白通り界隈は比較的被害が少なくて営業を継続できている会社や店舗もそれなりに見受けられる。
ただそれも江戸川橋を越えて飯田橋方面に向かう辺りになると、終戦時には焼野原で今はまだ復興の兆しが見え始めたばかりだ。
それでも人々は生きている。
幾度もの爆撃で亡くなったり他所に移り住んだ人は数十万を超えると思われるが、東京都区部全体にすれば残っている人の方が遥かに多い。
住処が掘っ立て小屋やバラックでも、食糧や物資が全然足りなくても明日を夢見て何とか日々を凌いでいる。
『あたしは幸せだ』と季恵は思う。
父は戦死し母も空襲で亡くなったけれど、祖母のアサを訪れた事で自分は生き延びることができた。
アサの隠居所が在る杉並は田畑も多く贅沢を言わなければ食べ物に困ることもない。
母方の伝手を頼ってこれからの仕事も見つかった。
『後楽園でお昼にしよう』
もちろん自前のお弁当で、雑穀ご飯のおにぎりとアブラナの浅漬けを包んである。
空は暗いけれど雨が降る心配はなさそうだし、小石川後楽園の交番近くなら安心して弁当を広げられるだろう。
山手線ならどの駅で乗っても構わない。
今日は他に用事もないし、少し辺りを見て回ってから帰ろう。
少し遅めのお昼を済ませて公園を散策した後、どの駅に向かうでもなく山手線の方へ歩いていると子供や若者の姿が増えて来た。
『学校帰りかぁ』
戦災孤児や色々な理由で就学できない子供も沢山いるが、教育機関はそれなりに機能している。
「「「あ~かぁいぃ、リンゴにぃ、くちび~るよぉせぇてぇ」」」
女学生の一団が流行りの歌を声を揃えて口遊みながら近付いて来た。
暗い空や焼け焦げた街並みを忘れさせるような明るい歌声が心地良く耳に馴染む。
『音程もリズムも狂ってバラバラなのに気にならないのが不思議』
母の毬絵は三味線と小唄の名手だっただけあって音感が良く、季恵もその血を受け継いでいる。
日頃は素人の外れた歌を聴くのが大の苦手なのだが今日はそれも苦にならない。
就職も決まって浮きたった心地が元気な歌声に合っているからかも知れない。
『所詮は気分次第なんだからあたしもいい加減なもんだわ』と自嘲気味に呟いた。
『でも、この歌を聴いていると本当に戦争が終わったんだって気持ちになるのよね。多分皆も同じ気分で歌ってるんでしょうけど。歌詞のどこにもそんな事は書いて無いのに、歌の力って何て凄いのかしら』
飛び切りの美貌と芸事の才能が有りながら人前で目立つのが不得手で芸者にならなかった母の性格に似て、季恵も人目に付くのが嫌いな質だから歌手や音楽家を目指そうと考えたことなぞ無いけれど、こうした歌や音楽とはずっと寄り添っていければ良いなと思う。
*
杉並の【離れ】に戻ったのはもう夕方で、女中のイトが拵えた夕食を戴きながらアサに仕事が決まった事を報告した。
『お祝いせんとあかんね』と喜ぶアサがイトに目配せをする。
面接に行くことは話してあったのでアサも色々と考えてくれていたのだろう。
個人的な求職に勿体ぶって『返事は後日』なんてご時世ではないから、合否どちらにしろ返事を聞いて戻るだろうと予想は付く。
少しするとイトがお盆に小振りながら尾頭付きの鯛と燗徳利に盃一式を載せて戻る。
『お祝いを兼ねてお酒の練習や。仕事するならお酒に慣れんと。季恵も18やから下戸でのうたらお付き合いは断われん。人前で潰れんように呑み方を覚えんとなぁ』とアサが関西なまりでにこっと笑った。
練習と言われては断われないし、確かに初めて飲むのが人前なのは危ないだろう。
お正月に少しは呑んだこともあって全くの下戸でないことは確かめてある。
問題は酒好きのアサにどれだけ付いて行けるか。
神戸出身のアサらしく酒は灘の生一本、『戦争も終わったことやし』と去年の暮れに実家に頼んで一升瓶を10本も送らせたらしく、ご近所に振る舞った後もまだ5升以上残っている。
*
翌日目が覚めたらちゃんと着替えていて、二日酔いもしていない。
アサと同じだけ盃を重ねて二合徳利が5回空いたところまでは憶えている。
『おはようございます』と階下に降りると朝食の食卓の横に帳面が山積みにされていた。
「おはよう。まぁ、先にご飯にしぃ。半升呑んでその顔やったら合格や」
そう言うアサはまるでケロリとして昨日の酒のことなど全く感じさせない。
「藤次のことがあったんで酒癖がちょっと心配やったけど、綺麗な吞みっぷりやった。芸子はんやった御祖母さんの血かもなぁ。増岡のもんは3合程で酔いが回り出すから頼りのうてな。また節目には一緒に呑んでおくれや」
ご飯を食べながらなので声に出さずに大きく頷くだけだが、アサは嬉しそうだ。
「それからな。昨日言うとった帳簿の付け方、小田原時代の帳面と伝票でこっちへ持って来たのがこんだけあるからじっくり教えたげる」
山積みの帳面を見て季恵は思わずご飯が喉に詰まりそうになった。
暇に飽かせたアサの授業はきっと気が抜けないに違いない。
明日もよろしくお願いします。




