第一章 商都の孤児少女 23話 大虎と大蛇の中に
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高い板塀に囲まれた空地に巨大な魔獣2頭の間で呆然と立ち尽くすあたし。
銅鑼の響きと共に天幕が落ちた時、木戸も閉まっている。
逃げ出したいけど、背を見せればたちまち襲い掛かられるのが目に見えるようで2頭へ交互に目を配りながらじりじりと後退りするのがやっと。
『なんでこんな所に!』って頭にぐるぐる巡るのはこいつらが魔窟にしかいない筈の魔獣だから。
地上に現れるのは魔窟の低層に居る魔獣だけで、入ったばかりの所にいる小型魔獣や少し入り込んだ所の中型魔獣がほとんどで低層の奥に居る大型魔獣はそんなに数は多くない。
大型魔獣は魔窟の低層の奥だけでなく中層にも居るんだけど、こいつらみたいな超大型は中層にしか居ない。
バクルットでは地上に現れる低層の魔獣についてしか教えてくれないんだけど、お嬢様はあたしに中層から先の魔獣の事も教えてくれた。
その内容からしてこいつ等が剣歯古虎と竜如大蛇なのは間違いなくて、誰かが連れて来ない限りこいつ等がここに居る訳が無いのよ。
いくら『なんで!』を繰り返したってこの場を切り抜けることなんてできない。
なんとか助かる方法を考えないといけないんだけど、どうすればいいんだろう。
一人で狩りをするようになってあたしのスキルを色々試したけど、分かったのはうるさい音やまぶしい光なんて魔獣には全く効かないって事。
普通の獣と同じような体に見えるけど、物を見るのも音を聞くのもあたしたちとは違う仕組みがあるのかも知れない。
とにかく何か試すぐらいはしたいところだけどスキルにしろ魔法にしろ、今何とか襲って来ないのをわざわざ刺戟してしまったんじゃ元も子もないのよね。
問題はあたしの一撃で倒せそうにない魔獣が2頭もいることで、1頭を何とか倒そうとしても手間取っていたらもう1頭からの攻撃で死んでしまうに違いない。
いくら考えても逃げるしか助かる手立てはない。
『もっと色んな魔法を試しておけばよかった!』今悔やんでも仕方ないけど、狩りに役立つ攻撃系の魔法や治療に使える治癒を覚えるのが精一杯で、飛翔や界送系視認跳躍とか移動系の魔法は皆目試す余裕がなかったんだ。
2頭とも空は飛べそうに無いから 飛翔があれば逃げられたかも知れないし、界送系視認跳躍なら一瞬で高い板塀も越えられるんだけどなぁ。
それまであたしがじりじり下がるのに合わせて開いた間合いを詰めるだけだった2頭に急な動きが見えた。
どう見たってあたしに飛びかかってくるよ、あれは!
あたしは2頭めがけて灼熱投槍を飛ばしてひらりダフネに飛び乗った。
『出来ないことを嘆くより出来ることは何?』と考えてやっと自分が一人じゃないことに思い当ったの。
魔獣は人以外を襲わないから、巨大魔獣を見た瞬間から連れているダフネとシルファの事は頭から消え去っていた。
そう、あたしの脚では逃げきれないけど、一瞬の隙があればダフネなら追いつかれない。
灼熱投槍で魔獣が怯んでくれればまだ生きられるかも知れない。
魔法の結果も確かめずにダフネの腹を蹴った。
あたしが後退るのに合わせてダフネとシルファの向きは変っているのでそのまま一気に駆け出す。
魔獣が追ってくる気配はスキルにも響かないけど魔窟の巨大魔獣が何をするかなんて想像も付かないから、振り返りもせずに木戸へ向かって一気に襲歩。
剛撃を飛ばして間近に迫る木戸を破壊し、躊躇なく駆け抜けた。
シルファが少し遅れたけど、魔獣相手ならあたしから離れてる方が安全よね。
剣歯古虎と竜如大蛇の2頭と閉じ込められた空き地から命からがら何とか逃げ出すことができた。
『何でこんなことに』とか『誰のせい』なんて今はどうでもいい。
取り敢えず空地の高板塀沿いからは離れたのであいつ等が壁を崩して飛び出して来ても直撃は避ける事が出来る。
本当は何もかも放り出して逃げ出したい、あたし1人なら逃げるのは簡単だもの。
でもこんな街なかにあんな巨大魔獣を放っておいたらどれだけの人が殺されるだろう。
とてもこのまま逃げるなんてできない。
何故か今は大人しくしてるみたいだけど、その間にできることを考えなくちゃ。
『あたし1人じゃ絶対に倒せない』
『ここは魔窟に近い街じゃないから探究者ギルドもないし、強い探究者もいない』
『役所に駆け込む? 駄目っ……その間に暴れ出すかも知れない』
『誰か助けを呼びに行ってくれないかな。誰か、あれっ? マチアはどこ?』
今頃、マチアが居ない事に気づいた。
『まさかさっきのに巻き込まれたの? でも先に入って、あたしが入った時にはもう居なかったんだから大丈夫よね』とは思うけど。
「マチア、マチアぁ。居ないの? 居るなら返事してぇ」
小声で呼び掛けても反応はない。
『やっぱりそばには居ない……ってことは向こう側へ出てるか、まさかまだあの中にいる? 確かめないと』と思うけど中を見るには壊した木戸までは戻らないと。
恐々戻ろうとした処に背中から声が掛かった。
「お嬢ちゃん。さっきは誰を探してたの?」
驚いて振り返る。
だって全然気配がなかったんだから。
そこには声の主の女性とその連れらしい男の人がちょっと不信気な顔付きでダフネから降りたばかりのあたしを見下ろしていた。
2人とも若々しいけど30代かも知れない。
「はい。あたしくらいの背丈の女の子なんです! あっ、いいぇ! それより魔獣が居るんです、あそこの空き地に!」
「魔獣? まさか! イッカクウサギでも紛れ込んだのかい?」
連れの男の人が答えて相方と苦笑いを交わす。
「そうじゃないんです! 魔窟中層の特大魔獣が2頭も」
「そんな馬鹿な」
「あなた小さいから普通の獣を見間違えたんじゃない?」
「魔獣じゃなくて猛獣でもいいです。普通の人に危ないのは変らないから、役所に届けて辺りを避難させてもらえると助かります」
「それでお嬢ちゃんはどうするんだい?」
「あたしはここで見張っていないと」
「あなたがここに居て何とかなるの?」
「できないけど、何とかしなくちゃ」
「それが本当に魔獣なら俺達が何とかできるかも知れんが」
「えっ! まさか、探究者さんなんですか?」
「あぁ、専業じゃないがね。それで、その魔獣が何か説明できるかい」
「はい。剣歯古虎と竜如大蛇が1頭ずつ」
「何ですって! あり得ないわ」
「もしそれが本当なら中層魔獣が魔窟を出たことになる。1頭なら俺一人で問題無いが2頭は万が一も考えられるな」
「あたしも大型魔獣までなら狩れるんで、お手伝いできると思います」
「あなた、探究者志望なの?」
「はい、ライセンスは取りたいと思ってます」
「それじゃあ、まず確認だ。魔獣が居れば即席パーティ結成だな」
「はい!」
男の人が先頭で壊れた木戸に向かう。
ダフネとシルファは街路樹の柵に繋いで、3人だけ。
『あれ、あなたがやったの?』に『はい、逃げ出す時に』
『打撃系の魔法か。魔獣が狩れるのは本当みたいだな』『動作で開ける余裕がなくて壊してしまって』
板塀に近づいて自然と話しも小声になる。
壊れた開口部の脇で3人重なり背丈の順に顔だけ出して板塀の中を覗き込むと、やっぱり空地の中央こっち寄りに2頭の巨大魔獣がその威容を並べていた。
「マジかよ!」
「大変!」
魔窟の街じゃないから剣とかは持って歩かない。
素手のまま2人が空地に飛び出したので、あたしも後に続いた。
こっちに気付いた魔獣がそれぞれ威嚇の仕草で力を溜める。
「ばらけて魔法だ!」
男の人の声を合図に目を見交わしてあたしが右、女の人が左へ素早く数歩。
あたしは動きながら雷攻矢の準備を終える。
倒せなくても痺れてくれればいいと思ったんだけど、こっちが魔法を放つ前に2頭の魔獣が飛びかかってきた。
第一章もあと1話を残すだけとなりました。
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