第一章 商都の孤児少女 22話 大銅鑼の合図の中で
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エノラちゃん、絶体絶命の危機に!
屋敷の裏口を出たあたしは裏道を抜けて馬車庫の建物に向かう。
まだ日は昇らないけどこの半年で辺りの路地裏は熟知しているので薄暗くても迷う事なんてない。
「おう、早いな! ちょっと待てよ準備は出来てんだ」
馬車庫の下働きの少年--あたしよりだいぶ年上だけど--が正面の大扉を開けると4頭立て馬車の横を抜けてダフネとシルファが出てきた。
「朝早くからごめんね。ありがとう」
「お嬢様の言い付けだからな。職長も起きてシルファの面倒見てたんだけど、お前しか来ないからって寝に戻ったよ。きっと2階の窓から覗いてると思うぜ」
「職長さんにもよろしくね」
「あぁ、元気でな!」
「はい! 行ってきます」
ダフネとシルファもお嬢様からいただくことになった。
ダフネに乗れるのは長くてあと二三年だろうけど、この2頭とはずっと離れたくない。
ダフネに跨ってシルファの手綱を引く。
街外れまではゆっくり常足、そこからは速足で西に向かう。
目的地は神都カンツォだけど馬でどんなに急いでも数日は掛かるからいくつもの街を経由する。
まずは西方の街アワツで、その途中に魔獣を狩る予定。
街々のバクルットの取引先宛の紹介状をカザムさんから貰っているので、そこで魔獣を買い取ってもらって宿も紹介してもらえる手筈なのよね。
*
何とか明るい時間にアワツに着くことができてほっとする。
街道を辿れば確実に着けるのだけれど、それでは魔獣が狩れないのでどうしても原野に分け入らないといけない。
それも一気に大型魔獣の領域まで行くと位置なんてもうたちまち分からなくなる。
何故かって言うと、その領域の探し方に問題があるの。
まず排除領域から外れると小型魔獣が襲ってくるので、それを適当にあしらいながら移動を続けると急に小型魔獣が追って来なくなる。
そこからが中型魔獣の領域で、同じ事を繰り返すと大型魔獣の領域に入るんだけど、これがまた簡単には見つからなくて色々動き回るものだからそのうち位置が酷くあやふやになってしまうんだわ。
もちろん方位なんかを間違えることはないから街に着けるのは間違いないんだけど、お店が開いているうちに魔獣を売って宿を紹介してもらえるかどうかだけが心配。
それならさっさと小型魔獣を狩って行けばいいようなものだけど、こんな子供が空馬に売り物を積んで歩いてるなんて、質の悪い連中にすれば取って置きのカモにしか見えないじゃない。
でもその売り物が誰も見た事がない様な凄い魔獣だったら襲うのも二の足を踏むし、人目を惹くからちょっかいも出しにくいでしょ。
襲われたとしたって相手がカザムさん並みでもなきゃ負ける気はしないし、『カザムと同レベル以上なら真面な仕事で成功しているか魔窟の周りの街で魔獣相手に暴れてるか、どちらかだから神都に近付くまでは気にしなくて大丈夫』とメルノア様が言ってたからその心配はしていない。
ただ、人相手に揉め事が起きると大型魔獣を探す以上に面倒が付いて回りそうなのが嫌なのよね。
なんて考えながらダフネから降り、大型魔獣3頭を積んだシルファの手綱と合わせて引きながらアワツの街に入った。
東イクァタは商業中心の国だから街の出入りに面倒な手続きなどは要らない。
大きな街なら街道の街境に衛士を立たせてはいるけれど、貴族社会でなくなったこの世界で一番強いのは探究者達で次が武道家もしくは魔法研究者、街の衛士などは大商家の護衛よりも弱いなんて言われてる。
武道家や魔法研究家より探究者が強いと思われているのは、双方どちらもバランス良く使いこなせる者が探究者になる事が多いからで、武道家や魔法研究者は余程の例外でなければどちらか一方に偏っているのが普通だから。
武道や魔法どちらかで探究者より優れていたとしても実戦で勝つにはその1つが隔絶した域まで達していないと無理なのよね。
とにかく街の衛士は何か起きた時に役所に走るくらいしか能が無いって思われている。
そんな衛士に声を掛ける。
「こんにちわ! ダンバスに寄りたいんですけど、どこか分かりますでしょうか」
「はぁ、ダンバス? 聞いたことがないなぁ。悪いが他を当たってくれや」
門番の役に立たないならせめて道案内でもできればいいのだけど、その気も無いみたいね。
「ねぇあんた、探究者かい? その親爺に何聞いても無駄よ。はなから立ってるだけが仕事としか思ってないんだから」
「ええぇ! そうなの? 困ったなぁ」
「なんだ、まだ子供じゃない。探究者みたいな格好してさぁ、その魔獣まさか自分で獲ったの?」
「いぃぇ、師匠と2人で。それでダンバスで売るように託ってきたんだけど、この町は初めてで」
「へぇ、そんな用事を子供にねぇ。ダンバスなら街の反対側だから初めての人に説明すんのは難しいよ。手間賃弾むなら案内するけど、どう?」
あたしを子供と言ったけど相手もそう、2つ3つ上だろうけど背丈はあたしとそう違わない。
魔獣が高く売れそうなのを見越して小遣い稼ぎになると思ったのかな。
「それじゃあお願いしてもいいかな? 銀貨1枚くらいしか出せないけど」
「うひょっ、そんなに! なら、気が変わらないうちに行くよ。あぁ、こっちの事はマチアって呼んでね」
銀貨はちょっとはずみ過ぎなんだろうけど吐いた言葉は戻らない。
大型魔獣なら金貨何枚かになるから気が大きくなってたのと、孤児院の頃は使うお金がなかったからまだ自分が払う事にどうも馴染めないのよ。
バクルットの店先や仕入れの値段の事なら分かるんだけど。
此方の気が変わらないうちにと、あたしよりだいぶ肉付きの良い少女はさっさと歩き出す。
「ほら、こっちだよ! なんなら値決めの駆け引きもやってあげようか」
「いや、いいよ。商売ってわけじゃないから」
「そうかい。あんたじゃ、足元見られて値切られるのがオチだと思うけどねぇ」
「大丈夫、効き目のある紹介状を持ってるから悪い様にはされないと思う」
「へぇ、そんな紹介状があるなんて、あんたの師匠ってよっぽど凄い人なのかい?」
「まぁね」
師匠なんていないけど、バクルットが並じゃないのは本当だからいいよね。
こんな感じで途切れなしに軽口をかけながらマチアはどんどん歩いて行く。
それほどややこしい道じゃないけど確かに遠い。
何番目で曲がるとか説明するのも、憶えるのも面倒なのは本当だわ。
「ここだよ、手間賃は売れてからだよね」
「うん、悪いけど待っててくれるかな」
「いいよ。手持ちがないからって値切られるよりはずっといい」
半時間以上歩いてやっと着いたのはバクルットほどの大店じゃないけれど、しっかりした構えの店屋だ。
あたしがダフネとシルファの手綱を持ったまま店の中に声を掛けると、少し不審気に使用人が顔を出したのでバクルットの名と紹介状を託ける。
しばらくすると揉み手しそうな雰囲気で上役らしい使用人が店先に現れた。
「ほう、これはまた凄いですね。実際に大型魔獣を取り扱うのは初めてなんですが、1頭金貨2枚でいかがでしょうか?」
「えぇ、それでお願いします。金貨1枚分は銀貨と銅貨でいただけますか」
「はいはい、ありがとうございます。では、そのように」
「あっ、それと馬2頭を預けられる宿を教えてもらえませんか」
「はい、馬2頭ですか。それだと街の中心辺りで少々遠くなりますが」
「そうですか、行き方を教えていただければ」
「あっ、大丈夫。私が知ってるから連れってってあげるよ」
マチアが話に割り込んで、どうやら宿まで案内してくれるらしい。
「いいの?」
「うん。どのみち戻る方向だし、たんまり貰ったお礼にね」
「じゃあ、お願い」
いつの間にか日が暮れてしまった。
さっきと同じ調子でマチアの案内について行くと途中で『あっ、こっちが近道だから』と高い板塀にある木戸を押して入って行く。
『へっ?』と思ったけど疑うほどの事じゃ無いとそのまま塀の中に入ると、広い空地の両側に天幕が張られてその間が通路のようになっている。
『あれ、マチアはどこ?』と姿が見えない彼女を探して空地の中心方向へ進むと背後の木戸がバタンっと閉まった。
『ガジャン! ガジャン! ガジャン!』と間近で銅鑼の太い音が鳴り響くと、それが合図のように両側の天幕がバサっと落ちて、右手側に剣歯古虎、左手に竜如大蛇が姿を現したの!
明日もよろしくお願いいたします♪




