第一章 商都の孤児少女 21話 大△と大▢の〇で
今日もよろしくお願いします!
「ぶっふぁあぁ! ちょ……ちょっと休ませてください。まじっ、無理です」
あたしの横でだらだら隣で汗を流すテムスさんの向こう側、少し若くて大柄な使用人さんが息も絶え絶えに音を上げてる。
2度狩って戻った大型魔獣の骨や皮は大好評でバクルットの店先から飛ぶように消えて行いった。
探究者ギルドの討伐範囲で大型魔獣が獲れることはまずないから、大型魔獣の素材は値が決まっていない。
同じ手間で狩りに行っても明らかに儲けが大きいのに目を付けないカザムさんではないから、バクルットの狩りを大型魔獣中心に切り替える提案をお嬢様にしたのだけれど。
「目の付け処は悪くないわ。でも、今無事に大型魔獣を狩れるのは私と貴方とエノラだけなのを分かってる? 私は今更地上の狩りに出る積りもないし貴方は店を空けられない。それにエノラはもうすぐここを離れるのよ。誰に行かせる積りなのかしらねぇ」
「目ぼしい使用人をエノラの鍛錬に参加させていただけませんでしょうか。一人でも二人でも物になればバクルットの為になります」
「可哀想にねぇ、貴方やエノラと彼等が元々違うのは分かってるでしょうに。そうね、今より強くなるのは間違いないから本人が我慢できるなら駄目とは言わないけれど。まぁテムスが一皮剥ければ大型魔獣討伐のチームを組むのは無理じゃないけど人員固定になるわよ。店先から上位がごっそり抜けて大丈夫なの?」
「私が居れる時にだけ彼等が狩りに出るようにすれば問題ないでしょう。万が一でもお嬢様さえ居て下されば」
「仕方ないわねぇ。あたしに頼るのは半年だけにしてよ。それまでに下を育てるか、無理ならエノラが独り立ちした後お父様を呼び戻してちょうだい」
「いやぁ、それは難しいので何とか若手を育てる方向で頑張ります」
と云う訳でカザムさんに続く5人の強者が鍛錬に参加することになったんだけど、3人はとうに仰向けに寝転がってはげしく胸を上下させてるし、もう一人だってさっきの言葉通り今にも3人の仲間入りをしそうで、何とかついて来てるのはテムスさんだけだ。
スキルじゃなくても向き不向きは大事で、『好きこそものの上手なれ』って大器晩成で大物になれるのはそれを待っている余裕がある場合だけなのよね。
この世界じゃ何もせずに食べていける余裕がある人なんてほんの一握り。
あたしやカザムさんはかなり天地流に向いてるみたいだけど、それ以外の人がそれなりの腕前になるにはじっくり何年何十年鍛錬を続けるか、死ぬ気で頑張るしかない。
5人の中ではやっぱりテムスさんが一番向いてるみたいでお嬢様が言った『一皮剝ける』までもう少しだと思うわ。
*
気が付けばお嬢様の指導を受けるようになってもう一月、タリアンさんの受験も終わって結果を待つばかりになった。
受験時に体調その他の問題も無かったから合格は確実で、首席かどうかが口頭試問の審問官との相性に掛かっているだけなので本人やお嬢様始め誰一人気に病む素振りも無い。
あたしの天地流は何とかカザムさんと同レベルに達してお嬢さまから合格をもらった。
もちろん体格がまるで違うので1対1で互角に闘える訳ではないけれど『私と同じ体格になればカザムと互角に闘えるし、お父様の所でちゃんと鍛錬しておけばその頃にはあたしと互角になっているかも知れないわね』とまで言ってもらえたのは半分ご祝儀みたいなものだと思う。
テムスさんは天地流だけではカザムさんに及ばないけれど魔獣狩りの経験や知識を活かして大型魔獣討伐のリーダーとして充分な実力が認められたし、残りの4名も何とか鍛錬についてこれるまでになって、大型魔獣狩りチームが結成された。
チームはまだ中型魔獣狩りでの慣らしが終わった処で、明後日に初めての大型魔獣狩りに出る。
ちょうどその日がタリアンさんの結果発表と重なっているので、翌日に合格祝いとあたしの壮行会を兼ねて狩った大型魔獣の肉で焼肉パーティが開かれる予定。
馬車庫の使用人さん達や日頃買い付けとかの外回りで店に居ない人達も揃って裏の庭にバクルット本店関係者全員が集まるそうよ。
それだけ大層な催しになるのはその場でお嬢様の婚約を発表するからで、実際はそれが当日のメインで合格祝いや壮行会は名目だけの付け足しみたいなものに過ぎないのよね。
それから3日間は本当にあっと言う間で、タリアンさんは見事首席合格を果たし、チームの狩りも無事に獲物の大型魔獣を持ち帰って、今夜のパーティを待つだけになった。
あたしはお祭り前にお嬢様にいただいた2着のうち祭りで着なかった少しお淑やか目の服を着ることにした。
あの時より少し背が伸びたので今日はもう寸法を詰めずに着ることができそうね。
パーティではまずタリアンさんの首席合格が大々的に祝われた。
将来行政の主要部門の責任者になることが約束されたも同然で、そんな人物と繋がりを持つのはバクルットとしても意義があることなので大方の人達は訳が分からないままも賑やかに祝っていたけれど、そのあとにメルノアお嬢様との婚約が発表されると屋敷の庭園全体が歓喜の渦に巻き込まれた。
婚約自体は旦那様からも上位3席以内の合格を条件に許しが出ていて、『合格祝いと婚約発表を兼ねてパーティで使用人や奉公人に知らしめることも実は旦那様の指示だよ』って、あたしはその時初めてカザムさんから聞いた。
あたしの壮行会はパーティ全体とは関係なく、宴席が少し落ちついた頃にお嬢様中心に鍛錬仲間の使用人や奥向きのお嬢様に近い奉公人が集まって内々に祝ってくれた。
たったの半年だったけどあたしにとって生まれて初めて心を開ける人達がいるバクルットで過ごした日々が、ここを出るあたしにとって故郷になるような気がして涙を堪えるのが大変。
「お嬢様とこの場の皆から手向けの贈り物があるんだ。エノラが始めて狩ったオオイノシシの皮で作った探究衣だから、もし気に入らなくても絶対に着るように!」
カザムさんが少し赤い顔に満面の笑みを浮かべて包みを渡してくれる。
『開けて見ろよ!』とテネスさん達の催促で包みを開くとタンクトップ・キュロットスカート・ヘッドギア・肩当・脛当・手甲・ブーツの7点セットが落ちついた緑と濃いオレンジ色の2着入っていた。
魔獣の皮は防護性や耐久性が抜群の最高級素材で、小型魔獣のパッチワークの物でも凄く高い。
大型魔獣の皮は貴重だし繋ぎ合わせる必要が無く最低限の縫製で出来上がるから性能も格段で、少々稼ぎの良い探究者でも手が出せないと訊いた事がある。
「これをあたしに! 本当にいただいてもいいのですか?」
「自分で狩った素材なのだから堂々と受け取りなさい。身を守る物だから使い惜しみはしないようにね!」
「ありがとうございます! サイズが合う間に着潰すつもりで頑張ります! お嬢様、皆さん、本当にありがとうございます」
*
翌朝夜明け前にあたしは裏の勝手口からバクルットの屋敷を出た。
パーティで皆への挨拶を済ませ、そのあと離れでお嬢様と少し話して控えの間に戻って早めに休んだ。
当分戻る事はないけれど永遠の別れと言う訳じゃない、あたしのスキルと名前が判ったらお嬢様に見てもらうためにここへ戻って来る。
戻るために出掛けるだけだから後ろ髪を引かれることもないので、ぐっすりと熟睡して最高の目覚めで出発することができた。
お嬢様との話は2つ。
1つはバクルット神都店への紹介状の件で、もう1つはお嬢様からのお願いだった。
*
その日の夕方、あたしは特大の魔獣に挟まれるように立ち尽している。
剣歯古虎と竜如大蛇、ケンキバヒョウやオオイノシシが可愛く見えるほど巨大な魔獣。
サーベルタイガーが低い姿勢であたしを狙い、ドラコニックボアは無音であたしの背丈ほどの舌をびろぴろと出し入れしている。
何故あたしがこんな目に遭っているか!
こいつらが襲ってくる前に説明できるかしら。
明日もまたお付き合いいただければ幸いです♪




