第一章 商都の孤児少女 20話 ひとりで大を
20話です。
第一章も残り少なくなってまいりました。
あたしの今後についてメルノアさまが語ってくれたのはあまりにも漠然としてて、どう通っていいのかも分からない狭き路。
「スキルや苗字ってどうすれば見つかるものなんでしょうか?」
「さあね。私にも見当が付かないわ」
「それではどうしようもないじゃありませんか」
「慌てないの。見当は付かないけれど当てがない訳じゃないわ」
「???」
「さっきも言ったけれど。貴女は天地流の鍛錬と相性がいいみたいだからそれは続けるべきだし、続けるならイクァドラットで最高の師匠に教わるべしね」
「……? あっ、旦那様ですね!」
「そうよ。今頃たぶん神都周辺の魔窟のどこかに居るはず。貴女、相変わらず痩せっぽちだけど背丈だけは歳以上に伸びてるわね?」
「はい。この半年近くでだいぶ伸びました」
「あと半年もしたら行儀見習いの歳くらいには見えるようになりそうね」
学校に行かない女子は12歳前後で商家や職人のところへ奉公に入る。
それを行儀見習いっていうんだけど、確かにもう少し背が伸びればその中でも小さい方の女子になら見えなくもないでしょうね。
「じゃあその半年お父様にべったりくっついて魔窟に潜れるようにしてもらいなさい。あの人なら貴女の歳を誤魔化して探究者の仮ライセンスを取るくらい何の問題もない筈よ」
探究者ライセンスは成人の15歳にならないと取れないけど、仮ライセンスなら12歳以上でしっかりとした保証人がついて実力が伴っていれば発行される。
特例の年齢制限緩和措置なので、仮だからといって権限や義務が制限される事はない。
イクァドラットでバクルット以上の保証人を探す方が難しいから実力さえ追いつけばあとは歳の問題だけなのだけど、それもバクルットの名前で何とかなるのかも知れない。
「おそらくね、貴女の氏素性についてはイクァドラットの中だけでは判らないような気がする。早速イクァドラットを出ることになっても探究者の資格があればどこでだって食べていけるから」
「でも、旦那様は引き受けて下さるでしょうか」
「大丈夫。半年ぐらい私が何とでもさせるわ」
「ありがとうございます」
「でもその前に天地流をもう少し何とかしないとね。よし! 明日から私が鍛錬に付き合ってあげる。1ヶ月で最低カザムのレベルまで引き上げるわよ!」
うわぁ、お嬢さまと鍛錬は嬉しいんですけど、一月でカザムさんって目標が高過ぎる気がします。
絶対に無理な気がするけれど、ここでそれを言ったらきっと全部ぶち壊しよねぇ。
*
「どぅぅ、よく走ったわね。ここで休憩よ、ダフネ」
手綱を軽く引くと速足のダフネが数歩でピタリと止まった。
素早く降りてたてがみごと首筋を撫でながら話し掛けるとダフネが『ぶるるぅ』っと返事を返した。
ダフネの横には葦毛の立派な牝馬が並んでいる。
そのシルファが空馬で鞍も載せていないのは獲物を積んで帰るためで、空馬でもちゃんとついて来る賢い子なの。
お嬢様の鍛錬が始まって二週間、もうそろそろ1人で魔獣を狩るようにお嬢様からのお達しで騎乗のまま魔獣が出る地域に足を延ばしている。
ダフネは小さいし速さはあっても力が無くてあたしの他にはあまり荷物を積めない。
1人の狩りだと獲物を積む馬か馬車が要るのでカザムさんがシルファを用意してくれた。小型魔獣と中型魔獣の出現域を一気に抜けて大型魔獣が出る辺りで狩りをするように言われてるので、ここまで駈足と速足を繰り返して来た。
大型魔獣と言っても、熊や虎型の本当に大きな魔獣は魔窟の低層には居ないので、地上に現れるのはフタツノオオカミやケンキバヒョウくらいまでだけど、あたしよりは充分大きいし、普通の獣にすれば虎程度の強さは充分にある。
ただ小型魔獣みたいに沢山の群れを作らないから1人で狩りするのには向いてるのよね。
もちろん二三頭を一気に倒せるだけの力が要るのは当たり前。
一月であたしをカザムさんレベルまで引き上げると豪語したお嬢様は流石で、あたしはメキメキと強くなっていくのを実感してる。
その分すっごく大変で、鍛錬後の朝餉や夕餉でご飯を食べ切るのが苦しいって思ったのは生まれて初めて。
お嬢様が屋敷に居る時は昼餉前にも鍛錬が追加になったので、あたしはほとんど日がな一日鍛錬漬けの生活を送ることになった。
鍛錬自体は教える側の元気が無尽蔵かと疑うぐらいに密度が濃くて今までみたいに『愉しい』感じはしなくなったけれど、教えてくれるメルノアお嬢様の形や所作がそれはもう美しくて辛さを忘れてしまうの。
『あたしもあぁなりたい』って一心に取り組むと鍛錬の時間はあっという間に終わってしまう。
無理矢理ご飯を詰め込んで、次の鍛錬まで用事を済ませる間も頭の中ではお嬢様の滑らかな動きが再生されてる。
まぁ近頃はいつもの決まった用事しかしないからいいんだけどね。
そんなこんなで『地上の魔獣ならもう1人で何とかできる筈だから、覚えたことを実戦で身に付けていらっしゃい』と気楽に送り出されてしまった。
今着いた郊外の原野は薄曇りの柔らかな日差しがうむ岩や樹の影が徐々に短くなっている。
これから昼まで2時間程狩りの予定を大型魔獣の出現域と聞いたここで待つことにした。
目当ての魔獣が居るなら人の気配を嗅ぎつけてやってくる筈だし、変に出現域を外れて対象外の小型の群れに囲まれたりすると面倒なだけだから。
面白い事に魔獣は人以外の動物を襲わないので普通の獣はどんな魔獣が居ようが好き勝手に暮らしているのに、魔獣同士は分かり易く棲み分けているの。
魔窟は奥に進む程強い魔獣が居るそうだけど、その棲み分けが地上でも同じように出来上がる。
大型魔獣の出現域に中型以下は現れないし、そのまわりが中型で一番人里に近い辺りに小型が居る。
その昔世界の仕組みが変わって魔窟の外に魔獣が現れるようになった時、まるで人が突然強い魔物に出会さないように魔窟のルールを誰かが都合よく持ち出したみたいに思えるのよね。
前にザカイからの帰りに中型のツノヤマイヌに襲われたのは『探究者の討伐を歪な状態で中止したから出現域が混乱していたんだろうね』ってカザムさんが言ってた。
周囲を広くスキルで覆って音を感じると風や水の自然音から普通の獣の生活音まで色んな音が溢れているけれど、耳で聴いている訳じゃないから煩い訳じゃない。
只、必要な音を判別するのにかなり要領が要るだけで、それはもう慣れてしまった。
その凄く力強い足音は判り易くて、大型魔獣が駆けてくる方向にあたしは歩きだす。
ダフネとシルファから離れないと、この子達が巻き添えを食うかも知れないから。
姿を現したのはフタツノオオカミやケンキバヒョウでもなくてオオイノシシだった。
あたしを目にした2頭が凄い勢いで突進して来る。
どれも実際に見た事はないけど地上に居る魔獣は絵にされていて、その写しがバクルットには揃っている。
あたしが知ってる猪より一回り大きくて牙が鼻の先に大きく突き出ている。
しっかりした脚は方向転換も簡単に出来そうだけどまず真っ直ぐに突き進むのは変らなくて、スピードはあっても魔法の狙いは付けやすい。
1頭に氷結流を放って長剣を抜いた。
フリーズクラッシュで凍り付いた1頭が勢いのまま滑る横を追い越したもう1頭が迫るのを、ひょいっと回り込んで躱したつもりが器用に脚を使って詰め寄られた。
魔獣ならこその脚力に感心しながら、こちらも歩法を天地流に変え牙先を逃れて長い牙ごと下あごを叩き落とした。
大きく開いた口に逆手に構えた長剣をグサッと突き立てて闘いが終わる。
うん、大型魔獣の皮や骨はあまり出回らないから傷付けないように仕留めたかったの!
こんな感じでシルファの背一杯に振り分けた大型魔獣を持って帰ることができたわ。
これからも何卒よろしくお願い申し上げます。




