第五章 大都市の探究少女 11話 夜間飛行.
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少し粗い筆で薄く刷いたような雲が透き通った空の青を際立たせている。
眼下の景色が移り変わっても今日の空はどこまでも同じ絵柄が続いているよう。
飛空艇の風防は非常時以外閉め切りで風を感じることは出来ないけれど、日差しを受ける頬に導気口から流れ込む外気が心地いい。
熱射には程遠くても透ける雲では昇りつつある陽に歯が立たない。
「うぅぅぅん。日が昇っちゃうと陽射しが強くてエノラのスキルで照らしても何も変わらないみたいね」
「そうだね。朝焼けや夕焼けの時なら多少は分かるんだけど」
「明け方にエノラが試してた【画】は、さっき私の【幻想】で出す事はできたんだから、きっと大丈夫よ」
「うん。出来れば実際の視界に【画】を重ねて、どう変わって見えるかを確かめてから使いたいのよね」
「見えたのはいいけど、それが本当に使い物になるのかはやっぱり本番の前に確かめておきたいよね。でも、それじゃあチャンスは夕暮時しかないわ」
「うん。それでもぶっつけ本番よりはいいよ。じゃ、一旦連携は外そうか」
*
昨日、午後の売り場巡りを済ませて集まった時に使用人達を迎えに行く件を切り出したんだけど、うちの男共の興味は『新しい馬車を誰が屋敷まで御するか』で持ち切り。
『エノラに任せるから好きにしてくれ』って下駄を預けられたけど、それって多分あたしが『そうしたい』オーラを出してたのを感じてなんだろう。
ティリオは特にその辺りの空気を読むのが上手くて--って言うか、一緒に居る間にあたしとマチアに限って分かるように成っただけかも知れないけど--気を使ってくれるし、チャンクはそもそも【アルマージ】の管理面への興味やこだわりがほとんど無い。
それにフィリアスは今のところ何事もあたし達優先なので、朝のあたしの素振りで誰かが気付けば口裏を合わせて来るのも普通にアリなのよね。
で、そんな時にはあたしは気付かない振りをするのが一番だと思う。
まぁマチアには2人になった時にバツの悪い顔で『また気使わせちゃったよぉ』なんて言うのがお定まりになってたりするんだけど。
そんな成り行きで未明の屋敷から飛空艇があたしとマチアを乗せて飛び立った。
夜明け前のほの暗いうちに照射のタイミングや強さを調整していると、あっと言う間に夜が明けて朝餉の準備。
2人だと常にどちらかが操縦しているから摘まんで食べれるのが基本で、往きはサンドイッチに決めてある。
食材は昨日の午後にサマリーズで買い揃えて下準備まで済ませてあるので、挟む食材と味付けを決めればすぐに出来上がる。
今朝の具材はたっぷりの生野菜とハムで、味付けはバターにマスタード。
紅茶を淹れてミルクティーを冷却で冷ました。
操縦席に上がってマチアのトレイをシートの横に置き、あたしはナビシートへ。
東北東の進路だから朝日が斜め前から目に飛び込んで来る。
「けっこう眩しいね」
「うん、真正面じゃないから何とか大丈夫だよ」
「ねぇ、あとでちょっといいかな」
「ん? 今じゃダメなの?」
「ややこしいから、操縦代わってからでいいや」
「了解」
なんてところから話が繋がって結局夕方まで持ち越しになったのだわ。
*
夕暮時に確認したのはマチアの【幻想】が実際の風防からの光景にピタリ合わさるかどうか。
風防内の視点の位置によって実際に見える物が微妙にズレる、そんな事細かな補正が可能かどうかを見極めたかった。
これまでもマチアが【幻想】を多人数相手に起動した事はあって、個々の視点で見える物が違っているのも分かってたんだけど、操縦みたいなズレが許されない状況でピタリと補正が可能なのか……、正直不安だった。
でもやっぱり、スキルって凄いわ。
風防から見える前方の薄暗い風景に、【幻想】が描き出した【動画】がピタっと重なって、どう視点を動かしても寸分の違いもないのよ。
これって、夜になって照射の届かない遠景が目視も紫外線視もできなくなると確認のしようがない。
目の前に障害物が無ければ、夜には紫外線照射が届く数百メートル先までの地上と空の星々しか映らない。
遥か彼方の星々が正確に表現されても、数百メートルから数キロ先の様子が正しく再現されているとは限らないから使う前に確かめておきたかったのよね。
*
そして今は、スキルの凄さを実感しながら夜間飛行中。
目の前には何も映っていない、これが正常!
遥か下に薄ぼんやりと地上の様子が見えているのと上方の夜空に浮かぶ星ばかり。
大の月は今日は昇らない日だし小の月も今は西側にあって、紫外線視の埒外なんだ。
それにしてもスキルって……、あたしの【天鳴】が紫外線視を疑似表現で見えるように動画化しているのも凄いけど、マチアの【幻想】がその疑似動画を全視点対応--限られた空間内とは言え--で同時変換しているのは、今しがた記憶に浮かんだ【スパコン】--って何だっけ?--でも簡単にはできないとんでもなく凄い事らしい。
『インターフェースの部分が魔法化で負担にならないのを差っ引いたとしても』って前置きを含めて誰が考えたのかは分かんないけど、そうらしいわ。
あぁ、『疑似表現で見えるように』ってのは可視光線で見てるのと同じに見えるって事じゃないから。
紫外線はそのままじゃ見える訳がないから可視光に置き換えてるんだけど、可視光線を反射する場合と紫外線を反射する場合、部分部分の反射率が全然違うのよ。
例えばカラスは可視光線では真っ黒だけど紫外線だと模様のある個体が多いし、モンシロチョウは可視光線なら雌雄どちらも白いのに紫外線ではメスが派手に見えたりする。
それをわざわざ目視と同じに置き換えるのは無駄の極みだし、紫外線のこの波長を可視光のこの色になんてナンセンスこの上ないから、中間色をグレーとセピアに使い分けられるモノクロ画像として表現するようにしてあるんだ。
大概の物はそれで判別できる。
見えた蝶々が何アゲハかはわからなくてもアゲハ蝶みたいな形なのは分かるし、斑紋があってもカラスはカラス、少なくとも鳥である事は分かる。
あくまでも目的は安全飛行のためだからそれで充分だよね。
それとあたしやマチアの目を通して観た物を投影してる訳じゃないから、2人がその場--例えば風防の中--に居る必要はない。
操縦席まで魔力が届く範囲で2人連携して風防内を意識し、それぞれのスキルを起動する。
それだけでパターン化とでも言える道筋がついたスキルはちゃんと仕事をしてくれるの。
ちなみにあたしが単独で起動する場合を紫外線感知、マチアと2人で起動する他人も見れるのは紫外線視野って呼ぼうかな。
それと夕方まで暇があったあたしは反響定位もスキル化しておいた。
理屈はコウモリ先生と同じだけど、スキルでは受信位置が2つに限定されないから上下位置の判断を耳介内反射に頼る必要がない。
耳にあたる受信位置を正三角形の頂点3ヶ所に設定して上下左右一緒くたに判断出来るようにしてみた。
目視とかじゃないから慣れるのが大変そうだけど、飛ぶだけじゃなくて色んな暗闇の場面で役立ちそうな気がするのよね。
さぁ、紫外線視野のおかげで、就寝時間直前まで飛空艇を飛ばす事が出来た。
ヨキフから目的の街まで馬車や徒歩なら1000キロ近い道程だけど、直線距離はもっと近い。
山越えで山塊迂回の遠回りはあるけれど、それ以外は一直線だから実質600キロ程の飛行距離の筈。
時速35キロで17時間余り。
今日は14時間程飛んだから残りは3時間強ってところかな。
空中自然停止で寝ている間に風にどのくらい流されるかにもよるけど、ゆっくり出ても明日の昼前には着くんじゃないかしら。
明日もよろしくお願いします!